第136話 リリスの正体


「え……えっ……?」


 目に見えて狼狽えるリリス。

 無理もない。リリスだってミノタウロスの所業は知っている。そのミノタウロスと同類です、だなんていきなり言われても受け入れられないだろう。

 なにせ彼女は、己の正体も分からず迷宮を彷徨っていたのだから。


「え、ちょっと言い方――」


「ちょっと……! いきなり何言い出すの!? リリスちゃんがあのミノタウロスと同じ!? どこがよふざけないで!!」


 ……僕の言葉をかき消す勢いで怒鳴り声をあげたのは、リリスと支度しているソフィアだ。

 相手が【尸解仙しかいせん】と分かっていても、彼女は臆さず立ち向かう。


「Sランク冒険者がいくら偉いからって、いきなり来て唐突にそんな事……何か証拠でもあるの!?」


『無論ダ。といっても、それをお前に説明するのは少し難しいガ。だがシアと……その様子だと、シテンもカ。お前たち、リリスの魂の形・・・・・・・が見えているんだろウ?』


「…………」


 ……そうだ。

 僕は今しがた、リリスと再会したばかりだ。

 ミノタウロスを倒してから彼女を目にするのは初めてだったから、今の今までそれに・・・気づかなかったのだ。


 彼女の体から立ち上る、光るモヤ……魂の形は、ミノタウロスのそれと酷似している。

 言われてシアも気づいたのだろう、顔が少し青ざめている。リリスは外見こそ全く異なるが、魂の性質がミノタウロスのそれと似通っている事に。


『二人の反応から察しただろうガ、リリスの持つ魂の性質は特徴的ダ。――それは魔王の魂を受け入れるための器。そして【墓守パンドラガーディアン】とは、人為的に作られた器に、魔王の魂の欠片を入れて生み出された狂気の人造生命体・・・・・・・・ダ。そして【墓守パンドラガーディアン】共がこぞって持つその魂の性質こそ、紛れもない証拠になル』


「わ、私が作られた命で、器……? 魔王の魂を入れるための?」


「リリス……大丈夫だ。落ち着いて。僕は何があっても、君の味方だ」


 唐突に自らの正体を突きつけられ、混乱の最中にいるリリスに対して僕ができることは、少しでも落ち着けるように抱きしめて、励ましの声を掛ける事だけだった。



『他にも状況証拠はあル。お前達が相手にした石化事件の主犯……クリオプレケスだったカ。実はアレを尋問するのにギルドから協力を頼まれたのが、私でナ。奴からリリスについて気になる情報を掴んでいたのサ』


 それもここにくる前、ユーリィさんに予め聞かされていた事だった。

 確かに考えてみれば、ユーリィさん以上に適任はいないだろう。彼女は死体に関するスペシャリスト。相手がアンデッドなら尋問などお手のものだろうし。


『ヤツの背後に協力者が居て、それがどうも【墓守パンドラガーディアン】に関わる勢力の様でナ。ソイツらから、『リリスの確保』という依頼を引き受けていたらしい』


「確保……? でも確かに、言われてみれば」


 ソフィアにも思い当たる節がある様だ。

 確かにクリオプレケスとの決戦時、奴はやけにリリスに執着しているような気がしていた。

 当初はリリスの【魅了】スキルの効力だと思っていたが、そんな背景があったなんて。


「ううん、クリオプレケスだけじゃない、ミノタウロスとの戦いでケルベロスの群れが襲ってきた時も」


『ようやく気づいたカ? あのケルベロス共もあの蛇……【墓守パンドラガーディアン】共の手によって送り込まれたものダ。奴らはシテンと共に、リリスを生捕りにする腹積りだっタ。まああのリッチのお陰で私とクララの横槍が間に合い、最悪の事態は防げたがナ』


「最悪の事態って……」


 不穏な言葉に息を呑むソフィア。

 そして沈黙していたリリスが、今にも折れてしまいそうなくらいか細い声をあげた。


「私は、どうなっちゃうんですか……? ミノタウロスが人間の皆さんを傷つけたように、私もそうなっちゃうんですか……?」


 今にも泣き出しそうな声だった。

 抱きしめている体を通して、リリスの震えが伝わってくる。


『案ずるナ。最悪の事態と言っただろウ。まだそうはなっていなイ。お前はあの【墓守パンドラガーディアン】のような、人類の敵対者にはならないし、させなイ。奴らに好き放題させるのは、私としても不本意だからナ』


 それを知ってかユーリィさんは、少しだけ……ほんの少しだけ、柔らかい声色でリリスに話しかけた、気がした。



『結論を言えば、お前には魔王の魂――その欠片が入っていなイ・・・・・・。【墓守パンドラガーディアン】とは、器と魔王の魂が揃って初めて完成するモノダ。その片方を欠いたお前は欠陥品であり、未完成品。空っぽの器だけダ。故に、いきなり変貌してヒトを襲いだすような心配はなイ』


「……えっ」


『奴らに何か、トラブルが起きたのだろう。お前は完全に人類の敵対者になる前に、奴らの手からすり抜け、まんまと逃げおおせタ。記憶が残っていないのも、その辺の事故が原因だろうナ』



 ユーリィさんの言葉を解釈し、飲み込むのに時間がかかったのだろう。

 ゆっくりと、確かめるようにリリスは口を開いた。


「じゃあ私は、今のままでいられるんですか……? シテンさんや、沢山の人と友達でいられるんですか?」


 その問いに対しユーリィさんは、無言で頷いた。


『……お前が現れた前後に奴らが活発化し始めたのを鑑みるに、恐らくミノタウロスには、リリスへの追手としての役割もあったのだろウ。奴らの追跡を振り切りシテンの元まで辿り着くとは、大した強運だヨ』


「……グズッ。びっくりしました……いきなり私の正体が、凶悪な魔物の仲間だなんて知っちゃって……」


「脅かしてごめんね、リリス。僕もリリスのためにできることなら、何でもするから」


「うわーん!! シテンさあぁぁん!!!」


 腕の中で泣きじゃくるリリスを、僕は宥め続けた。

 ……ユーリィさんも、正直もうちょっと言い方に気を遣ってほしかったなぁ。


 ひとまずすぐにどうこうなる訳ではない、と分かったお陰か、安心したような弛緩した雰囲気が流れ出した。

 そこで、今まで沈黙を保っていたウリエルさんが口を開く。


「ユーリィさん、でしたか。人間にしては、随分と物事に詳しいのですね。私たちのこともよく調べているようで」


『…………。クク、熾天使サマにお褒めに預かるとは光栄ダ。こう見えて私は長生きでネ。数千年も生きていると、色々な情報が耳に入ってくるのサ』


 え? 数千年? この人今何歳なんだ……?

 Sランク冒険者って本当に常識をぶち破ってくるなあ……


「……、リリスちゃんの正体だとか、石化事件の裏側だとか、他にも【墓守パンドラガーディアン】がいるだとか……正直いきなりすぎて、話が飲み込みきれてないけれど……」


 そして、弛緩した空気を壊さないように、やや感情を抑えた様子のソフィアがユーリィさんに問いかける。


「少なくとも貴方は、私たちの味方って解釈でいいのよね? リリスちゃんやシアの抱える困り事を解決するのに、協力してくれると」


『今のところはその解釈で問題なイ。私とシテンが取引した結果、もののついで・・・・・・に手伝ってやるというだけの話ダ。こう見えて私とて人間、魔物共の好き放題にされては面目も立たないし、色々と困るのサ』


 そう言ったユーリィさんからは、マジックアイテム越しに苦笑している雰囲気が伝わってきた。

 多分彼女は、全てを話したわけではないだろうけれど……それでも味方である、という事実は、今のところは信じても良いだろう。


『さテ。リリスが聖国に行く理由だったナ。あそこにはこの問題を解決できる、うってつけの人材がいるのサ』


◆◆◆

思ったより長くなってしまった……

あと1話で説明会は終わるはず!


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