第134話 【尸解仙】ユーリィ


《一人称視点》


 【尸解仙しかいせん】に招かれた暗闇の道を、手さぐりに進む。

 ……前にもこんな事あったな。石化事件を解決する時にミュルドさんが影魔術で作ってくれた道だったっけ。


 五分ほど歩いただろうか。

 道なりに進んでいくと、前方に微かな灯りが見えた。

 それに誘われるように近づいていくと、光源の傍に人影がある事に気付く。


 地面に座り込み、漆黒のフードを纏った小柄な人影。

 周囲の薄暗さと格好のせいで容姿はよく見えないが、黒と白の入り混じった髪が僅かに覗く。

 そして金色こんじきに怪しく光る両眼が、その存在の不気味さを際立てさせていた。


「こうして顔を合わせるのは初めてだナ――ようこそ、私の隠れ家ヘ」


 少し掠れた特徴的な発音で、眼前の少女・・は――【尸解仙しかいせん】ユーリィは、歓迎の挨拶をしてみせたのだった。



「ここ、隠れ家だったんですね……Sランクの人達って、もっと迷宮の深部にいるものだと思ってました。普段は全く見かけないので」


「クク、あながち間違いじゃなイ。隠れ家といっても、ここは私が客室・・として用意した部屋の一つサ。同じような部屋は他にもあるし、お前の目の前にいる私は本体でもなイ」


 そう言われてみると、他の生物から感じる光るモヤ……魂の気配が、目の前の少女からは感じ取れなかった。

 ゴーレムのような、魂のない人工の肉人形だとでも言うのだろうか?

 見た目は普通の少女にしか見えないけれど。


「本体の私が出張ることはそうそうできないんダ。これでも私は忙しい身でナ……故に、早速本題に入らせてもらうとしよウ」


 そう言って目の前のユーリィさんの分身が、ひとりでにニヤリと笑ってみせた。

 どんな仕組みだろう。死者を操るという、噂の死霊術だろうか。


「一言でいえば、取引の申し出ダ。お前の持つユニークスキル、【解体】の力を見込んでのナ」


「僕の、ユニークスキルを……?」


「お前の【解体】スキルで手に入れた魔物の死体を、私に卸してほしいのサ」



 何が愉快なのか、ユーリィさんの上半身がゆらゆらと左右に揺れる。



「お前の力でたおした魔物は、死体が消滅せず残留するということは知っていル。そしてシテン、私の持つスキルの力を知っているカ?」


「死霊術……死者を操る力、ですよね」


 かつて戦ったアークリッチ、クリオプレケスがそうだったように、彼女もまた死者を操る。

 だがその練度は比べ物にもならない。

 ソフィアやジェイコスさんを助けた時は骸の兵を大量に呼び出し、Aランクモンスターのケルベロスとも互角に戦ったという。


「知っているなら話が早イ。これまで私は様々な死体を操ってきたが、その殆どはくたばった冒険者の死体や、外部から持ち込んだ死体ばかりダ。なにせ迷宮の魔物は・・・・・・死体が残らない・・・・・・・から、私でも操れないのサ」


 だガ、と呟き、ユーリィさんは話を続ける。


「お前の登場で話が変わってきタ。もしお前が魔物の死体を残してくれるなら、私はそれを操って手駒にできル。正直調達した死体では、いい加減に戦力が頭打ちだったのでナ。こうしてお前に目を付け、取引を持ち掛けたという訳ダ」



 ……なるほど。

 つまりユーリィさんは、自身が操る死者の軍団に、魔物の死体を加えたいのだ。

 彼女一人では死体を調達できないので、僕に魔物の死体を保存して持ってきてほしいと。


「無論、対価は支払おウ。Sランク冒険者に恩を売れるなど、滅多にある事ではないからナ。死体を持ってくる限り、一生金に困らない暮らしを約束しよウ」


「……少し、考えさせてください」



 ……願ってもない機会だ。

 Sランク冒険者に会える事なんてそうそうないし、その上向こうからの頼み事となれば、同じ経験をした冒険者なんて滅多に居ないだろう。

 恐らく彼女の言っている事に嘘はない。僕に一生金に困らない暮らしをさせてくれるというのも本当だろう。

 Sランク冒険者ともなれば、想像を絶する程の財産を持っていてもおかしくない。


 けれど。



「ユーリィさん。その取引に一つ、僕から条件を付け加えさせてください」



「……? なんダ? 一生遊べる程の大金という、この私の提示した条件だけでは不満カ? その条件とやらを言ってみロ」



 それは、僕の望むものではない。

 今、僕が欲しているのは財産ではなく、家族を守れるだけの力だ。




「僕を弟子にしてくれませんか」

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