第129話 すてーたす
「ステータスがない……?」
シアの零した言葉に、僕は思わず疑問形で返した。
この世界の生き物はみな、ステータスを生まれながらに持っている。ウリエルにはそれがない……?
「ああ、『すてーたす』のことですね? 確かに私はそれを持っていません。何せステータスという仕組みができる前の生まれですので」
そしてその問いに答えてくれたのは、当の本人であるウリエルだった。
「『すてーたす』という仕組みは私が石になる前の時代、女神様と魔王が戦った大戦の時代には存在しなかったものです。恐らく何者かの手によって、大戦の後に生み出され、人々や動物に与えられたのでしょう」
「大戦の後に……? じゃあ、元々この世界にはステータスという仕組みは存在していなかったんですか?」
「はい。同じ境遇としては、『すきる』という仕組みもそうですね。私も目覚めてからその仕組みを知った時は、当時とあまりにも様変わりした世界に驚きました」
「……じゃあウリエルさんは、ステータスやスキルが生まれる前に石になってしまったから、それを持っていないということですか?」
「恐らくは。私も目覚めて日が浅く、仕組みや世界の現状を理解できていない部分もありますので、推測にはなりますが」
「…………」
ウリエルがシアの質問に答えると、シアは何かを考え込むように口元に手をあてて黙り込んだ。
ステータスやスキルが後天的に作られたものだなんて驚きだ。
よくよく考えれば、ウリエルは当時の大戦を知る生き証人みたいなものなんだよね。
こうして直接話を聞くと、まるで世界の真実に一歩近づいたような気分だ。
「……それで、どうでしょう。私の心の中は読み取れましたか? 私としては、本当にあなた達と敵対するつもりはないのですが……」
「あ、はいっ! ちゃんと読み取れました。ウリエルさんが危害を加えるつもりはないということは、よく分かりました」
そしてシアがウリエルの安全性を保証したことで、ようやく僕は警戒を解くことができた。
ウリエルもその言葉を聞いて安堵したのか、翼をはためかせながら胸を撫で下ろしていた。
「よかった……立場上仕方がないとはいえ、私も恩人に敵と疑われてしまうのは辛いものですので」
「そこは申し訳ありませんでした。でもその口ぶりだと、僕らと聖教会の確執についてはもう知っているんですか?」
「……はい。薄っすらとではありますが」
そしてウリエルーーいや、ウリエルさんは、石化が解けてから教会で見聞きしたことを教えてくれた。
神話に語られる熾天使を蘇らせた、という偉業に沸き立つ神官達に、目覚めたウリエルはまず感謝の言葉を述べた。
しかしその直後、彼らに向かってこう告げたのだという。
『率直に言って、今はあなた方と共に行動する事はできません。助けて頂いたことに感謝はしますが、私が聖教会を信用するかどうかは、また別の問題です』
驚くべきことにウリエルさんは、石化している時にも朧気ながら意識があったのだという。
熾天使ウリエルは、聖教会が擁する勇者イカロスの凶行をバッチリ見ていたのだ。
「
『私の知る勇者と、現代の勇者の間には、どうやら大きな乖離があるようです。あのような人物を勇者にするなど、現代の聖教会はどうなっているのですか? ……私が直に見定めるまで、あなた達とは別行動をとらせて頂きます』
そしてウリエルさんは縋る神官達を振り払って、迷宮都市を文字通り飛び回った。
数千年の間に起きた人類の発展に驚愕しながらも、まずは自分を救出するために尽力してくれた人達に、挨拶をすることにした。
そして真っ先に思い浮かんだのが、あの凶獣ミノタウロスに立ち向かった僕とシアだったらしい。
待ちゆく人に片っ端から声を掛けて、辿り着いたのがこの病室なのだという。
ステータスやスキルの存在も、この時知ったのだとか。
「――シテン、シア。改めて伝えさせてください。強大な敵に恐れることなく立ち向かい、私を永きに渡る眠りから目覚めさせてくれたあなた達に、この熾天使ウリエル、心よりの感謝いたします」
「え、あ、はい」
「ど、どうも……?」
真正面から笑顔でお礼を言われて、僕とシアは順番に両手で握手をされた。
この世界で知らない人はいないとも言われる、超有名な天使様に感謝を告げられて、正直僕は認識が追い付いていなかった。
多分シアも同じ気持ちだと思う。
「隣にいる魔女さん……ソフィアさんでしたか? あなたにも感謝を。あなたがケルベロスの群れを突っ切って薬を届けなければ、私も生きて脱出することは叶わなかったでしょう。ありがとうございました」
「えっ……? え、ええ。気にしなくてもいいわよ、それくらい」
そしてソフィアにもお礼を述べたウリエルさんだが、言われたソフィアの方が困惑していた。
普通、聖教会の人間は魔人や魔女を毛嫌いする。
かつての女神と魔王の大戦で、裏切って魔王側に付いた人間達が、魔人と魔女の始まりだと言われているからだ。
けれど大戦の当事者であるウリエルさんには、魔女であるソフィアを疎むような素振りは全くなかった。むしろ僕らと同じように両手で握手までしている。
……種族による差別意識がない? いや、していたのは僕の方だったのか。
もしかしてウリエルさん、めっちゃ良い人なのでは?
「さて、一番大事な用件は済みましたし、他にもお礼を伝えたい方は沢山いるのですが……まずは私の立場を、はっきりとあなた達に伝えておく必要がありますね。――私は女神様に生み出された、忠実なる僕。しかし今は違います。私は現在の聖教会とは、道を
「それってつまり」
「私は聖教会側の勢力ではない、という事です。……正直に言って、私には、今の女神様のお考えが分からないのです。あんな凶行に及ぶ人間に、勇者の力を授けるだなんて、一体何を……」
確かに勇者イカロスは、やり過ぎた。
身勝手な行動により多くの犠牲者を出し、僕の家族まで傷つけた。
僕の力で首だけになったイカロスは今、冒険者ギルドの地下に囚われているのだという。
「私はお礼の言葉を伝え終わった後、聖国へ向かい直接女神様にお会いするつもりです。そこで、次に感謝を伝えたい方の居場所を知りたいのですが……あのサキュバスの子は、どこにいるのか知っていますか?
◆◆◆
長らくお待たせいたしました。
更新再開いたします!
新作とかの準備をしてたら思ったより時間が掛かってしまいました。
新作にリソースを割く分、こちらの毎日更新は難しいかもしれませんが、まったりお付き合い頂ければ幸いです。
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