第124話 勇者、契約する(勇者視点)


(三人称視点)


『ほウ、まだしぶとく生き残っていたカ』


 まるで老婆のような、しわがれた声だった。


 魂と肉体を分離され、死を待つばかりのイカロスの下に――Sランク冒険者、【尸解仙しかいせん】が姿を現した。


『聖剣も勇者の力も失われていル……聖女に先を越されたカ。ヨルムンガンドの相手に時間を掛け過ぎたナ』


 とはいえ、【尸解仙しかいせん】本人がやってきた訳ではない。

 使役する骨兵士スケルトンソルジャー、その一体に遠隔通話用のマジックアイテムを持たせ、そこから観察をしているのだ。


『まあ良イ。抜け殻の勇者にも使い道はあル。おい、そこの元勇者。私の声が聞こえるカ?』


『――、あ……?』


『選ばせてやル。このまま死ぬカ、蘇って私の手駒になるカ。好きな方を選ベ』


 それは実質、選択権などない二択であった。

 冷静になれば、自分がいいように利用されていると気づけたかもしれないが、あいにく今のイカロスは冷静さとはかけ離れた状態だった。



『俺は……俺は……このまま、終わる訳にはいかない』


『ほウ』


『俺の邪魔をするあいつらに……ルチアに聖教会、そしてシテン。あいつらに俺が味わった苦しみと絶望を、同じだけ与えてやらないと気が済まない! そのためにも、俺はこんな所で死んでられねぇ!!』


『クク、良い返事ダ。交渉成立だナ』


 愉快そうに笑いながら、【尸解仙しかいせん】は作業を始める。

 死と魂を操る【尸解仙しかいせん】にとって、イカロスの魂を肉体に戻すことなど造作もない事だった。


『ひとまず、今は眠レ。お前は地上に連行されるだろうガ、案ずることは無イ。私が手を回しておいてやろウ』


『ぁ? ぅ……』


 死の間際にあった肉体に戻された事で、急激に反動が来たためだろうか。

 その言葉を最後に、急激な眠気に襲われたイカロスはあっさりと意識を手放してしまった。



 そして、イカロスの意識は現在にまで戻ってくる。


(俺は、あの得体のしれないSランク冒険者と契約を交わした。お陰で生き返ることはできたが、目覚めたらこの場所に囚われていた。クソが、なんでこの俺が囚人みたいな扱いを受けなきゃならんのだ……安全と言えば安全だが)


 彼が居るギルド本部の地下室は、多くの犯罪者を収容するために厳重な警備が敷かれている。

 Sランク冒険者【大賢者】が作り上げた、外界から隔絶した空間。

 流石の聖教会といえども、この牢獄に手出しをする事はほぼ不可能だ。


 そしてイカロスの腐った性根は、残念ながら一度死にかけたからといって治るようなものではなかった。

 名誉を失い、地位を失い、勇者としての力を失い、彼に残されたのは醜悪な精神と、自分を陥れた者たちへの復讐心だった。


(ここを出ればまた聖女達が命を狙ってくるかもしれねぇ。だから今のところは大人しくしておいてやる。……だが、俺は絶対に諦めない。俺の輝かしい未来を、運命を捻じ曲げたお前たちを地獄に落とすまで、俺は何度でも戦ってやる)


 かつて勇者だった男は、醜い復讐鬼となって、再びシテン達の前に現れる。


(覚悟しろよ、ゴミ共がああアアアァァァ!!!!)



『それにしてモ、想定以上だナ』


尸解仙しかいせん】は、シテンとミノタウロスが激突した場所を探りながら、楽し気に独り言ちた。


 その視線の先には、巨大な獣角が落ちている。

 ミノタウロスとの戦闘でシテンが斬り落とした角だ。


『シテン。お前は私の想像を超えテ、実に大きく育ってくれタ。……そろそろ直接私ガ、介入する必要があるだろうナ』


 どこからともなく骨兵士スケルトンソルジャーが湧いて出ると、ミノタウロスの角を大勢で運びだす。


お前と同じく・・・・・・、ユニークスキルの持ち主として――その器、私が直接見定めてやろウ』

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