第123話 勇者、追放(勇者視点)


(三人称視点)


(クソが……どうしてこうなった。俺の運命はどこから狂い始めたんだ)


 勇者イカロスは、薄暗い牢獄の中で自らの運命を呪っていた。

 シテンの【臨死解体ニアデッド】の力で首を切断され、残った胴体は部屋の片隅に放置されている。

 切断面である首から下は、イカロスの意思では動かすこともできない。


 ここは迷宮都市ネクリアの中央、冒険者ギルド本部。その地下にある犯罪者収容所。

 以前シテンを襲撃した四人組と同じ場所に、今度はイカロスが囚われていた。


(そうだ。あいつのせいだ。聖女ルチア・・・・・。あいつが俺を見捨てたからだ……)


 誰も居ない闇の中、イカロスは意識を過去に移していた。



 シテンとミノタウロスの戦いに決着がつき、彼らが迷宮を脱出した少し後。

 20階層の地面に、首だけになったイカロスが転がっていた。


 死闘の舞台となった第20階層。

 ミノタウロスの地形改変やケルベロスの襲撃など、さまざまな危険要素があったにもかかわらず、持ち前の悪運で彼はしぶとく生き残っていた。


 しかしイカロスはジェイコス達に救出されず、迷宮に置き去りにされていた。

 ケルベロス達との戦いで消耗していたのと、更なる追手が来る前に地上へ退避する事を優先したからだ。


(あ、ありえねぇ……あのゴミクズのシテンが、俺より先にミノタウロスを倒しただと……?)


 そして当の本人には、生き残った幸運を喜ぶ余裕などなかった。

 イカロスの頭の中は、シテンの事で一杯だ。

 なにせ間近で決着の瞬間を見てしまったのだ。

 自分の中で勝敗の結果を誤魔化すことも、もはやできなかった。

 決着が着いてからしばらく経ったにもかかわらず、あまりの衝撃にイカロスはまだ心の整理がついていなかった。


(俺は、俺は勇者の筈だろ!? 勇者っていうのは女神に選ばれて、世界を救う使命を背負った者のことだ! なんでその俺が二度も同じ相手に負けて……シテンにさえ負けて。……どうしてシテンが、ミノタウロスを倒せたんだ)


 イカロスの心は、折れていた。

 自分より格下だと思い込んでいた相手シテンが、自分には成し得なかった偉業を目の前で果たしてしまったからだ。

 同じユニークスキルを持つ者として、内心でいつも比較していたイカロス。

 そして、言い訳のしようがない完全なる敗北。

 ミノタウロスに負けた時も、シテンに負けた時も、彼はここまでの敗北感を味わったことは無かった。


 彼はこの時、生涯で初めてといえる挫折を味わっていたのだ。


(クソ……なんでお前が、俺より先に行くんだ。俺を置いて――)


 意識が散漫になっている彼は、接近してくる人影に気付かない。

 その二人組に、声を掛けられるまでは。


「あっ、みつけましたよー! これ勇者じゃないですか?」


 イカロスの耳に届いたのは、この迷宮には似つかわしくない、鈴を転がすような少女の声だった。

 視線を上にやれば、向日葵のような黄金色の短髪に、炎のようにきらきらと光る、蒼い目を持った少女が居た。

 まだ十の齢を超えたくらいであろう、少女の身には、ぶかぶかの法衣が着せられている。


(なんだ、この女……いやこの顔、どこかで見た気が)


「うわぁ、頭真っ二つだ……ルチア先輩・・・・・、コレ本当に生きてるんです? やっぱり死んでません?」


 そして向日葵の少女が話しかけた先には――幽霊のように体を透けさせた、聖女ルチアの姿があった。


(は!? ルチア!? なんでお前がここに!? シテンに首を斬られたんじゃなかったのか!?)


『生きていますよ。シテンがスキルの効果を解除すれば死ぬでしょうが、まだそうはなっていない。切断面から血も出ていないでしょう』


「あ、ほんとだー。てか断面が真っ黒で何も見えないよ! なんか膜みたいなのがあって脳みそにも触れない! ふっしぎー!」


 少女は無邪気に、半分になったイカロスの頭部を弄んでいたが、すぐに飽きたのかポイと地面に放り投げた。


『いけませんよ、フィデス。只でさえ勇者様は不安定な状態。不用意に刺激を加えないよう、丁寧に扱ってください』


「はーい、ごめんなさいルチア先輩」


(お、思い出した……このガキは七聖女の一人、【自由の聖女】フィデス! なんでこんな場所にいやがる?)


 向日葵の少女――フィデスは、既に興味を失ったイカロスから視線を外すと、何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回した。


「ん~、やっぱり聖剣はここにもないね! シテンって冒険者が持ってっちゃったのかな?」


『此処にもなければ、シテンが手元で保管している可能性が高いでしょう。私達の目を盗んで、聖剣を確保したのでしょうね』


 ルチアの推測は正しい。

 シテンはイカロス達を返り討ちにした後、真っ二つになった聖剣ダーインスレイヴを密かに回収していた。

 シテンは聖剣を保険・・として、念のためにマジッグバッグに入れておき、密かにそれをジェイコスに伝えていたのだ。

 マジッグバッグに収納してしまえば、聖女の【心眼】スキルに捉えられずに済むし、本人以外には取り出せなくなる。


 そうして聖剣をしちに取り、シテンが動けない間に聖教会が過激な行動に出ることを抑止していたのだ。

 後の話になるが、この保険のお陰で、聖教会はロクに手出しができず、シテンが目覚めるまで時間を稼ぐことができた。


『さて、本命・・の聖剣は手に入りませんでしたが、幸い勇者様は存命でいらっしゃいました。私達は、可能な範囲で仕事を遂行しましょう』


「はーい。――【開錠アンロック魂の解放ソウル・リリース】」


 フィデスがイカロスの頭部に手をかざした瞬間、イカロスの魂・・・・・・が引っこ抜かれた・・・・・・・・


『え? ハッ!?』


「ではでは勇者イカロス様。短いお役目ご苦労様でした。【施錠ロック永久追放エターナル・バニッシュ】」


『――女神様、お願いします』


 そして、肉体から強制的に引き剥がされたイカロスの魂は、帰り道を永久に閉ざされる。

 その瞬間、イカロスの魂にこれまでにない激痛と、喪失感が襲い掛かった。


『う、ギャアアアアアァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!!!?????』


『女神様からの神託です。勇者イカロス。現時点をもって、あなたの勇者としての・・・・・・任を解きます・・・・・・。お役目、ご苦労様でした』


『ル゛チ゛ア゛ァ゛ァ゛、な゛ん゛て゛』


『貴方は思惑通り、立派に役目を果たしました……貴方の役目はここまでです。その魂に、安らかな眠りが訪れますよう』


『う゛ら゛き゛っ゛た゛な゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛』


 全身に電撃を流され続けているような、激痛と喪失感に襲われながらも、イカロスは口のない身で絶叫した。

 イカロスの文字通り魂の叫びを、ルチアとフィデスは聞き取れているようだった。


『……裏切った? いいえ、私は貴方を裏切ったつもりはありませんよ』


 そして、イカロスはルチアに対し、致命的な勘違いをしていた。


『私は勇者様・・・に献身的にお仕えしてきました。決して貴方に、イカロスと・・・・・いう個人に・・・・・献身してきた訳ではありません』



 半透明になったルチアがイカロスを見るその眼差しは、人形のように無機質で、何の感情も宿っていないものだった。


「――はいっ、【勇者】のスキル、返還確認ー♪ これで私達の仕事は終わりだねっ! ルチア先輩、この元勇者はどうします?」


『捨て置きましょう。あなたのスキルで肉体にロックを掛けたのでしょう? ならば放っておいても確実に死にます。勇者の救出班が来ない内に、退散するとしましょう』


「はいはーい!」


 分離したイカロスの肉体と魂を置き去りにして、二人は立ち去ろうとする。

 そしてイカロスは、決して聞き逃せない言葉を聞いてしまった。


『ハァ……ハァ……勇者スキルの、削除……?』


 激痛が収まり、仮初の荒い息を吐きながら、恐る恐るイカロスは自身のステータスを確認した。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

【イカロス】 レベル:50

性別:オス 種族:人間


【スキル】

なし


【備考】

幽体離脱状態。肉体の生命活動が停止している。

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲



 ない。

 【勇者】のスキルが、なくなっていた。


『う、うわああああああああああああああああああ!!!!!!?????? 俺のっ、俺の勇者がああああぁぁぁぁ!!!????』


「……うるさいですねー。第一あなたのスキルじゃありませんし。元々女神さまから借りてた・・・・スキルなんですから、それを返してもらっただけですよ?」


 狂乱するイカロスの様子を見て、フィデスは冷たく突き放すように告げた。

 その表情には、イカロスに対する尊敬の念やいたわりの心など一切宿っていない。


「それに、スキルの心配してる暇あるんですか? このままだとあなた、二度と魂が肉体に戻れないまま、ゆっくり死んじゃいますよ? まあ今更助かる道なんてないですけど。 ――さよなら、今代の勇者さん。私、あなたの事正直大っ嫌いでした♪ グッバイ、クズ勇者!」


『うあああああああっ、返せっ、返せええぇぇぇぇぇ!!!!』


 駄々をこねる幼児のように喚くが、触れる事すらできない今の彼に、できる事など殆どない。


 イカロスはただ、二人がその場を立ち去るのを眺める事しかできなかった。



「ルチア先輩、地上の本体・・の方は調子どうです?」


『……やはり、独力ではどうにもなりませんね。肉体の方は全く身動きがとれません。しばらくは大人しく囚われるしかないようです』


「私のスキルで先輩の魂だけ抜き取ってきたけど、幽体離脱は時間制限あるもんね……ルチア先輩をこんな目に遭わせたシテンって人、許せない!」


『彼の【解体】スキルが、魂にまで影響を及ぼさなかったのを幸いと考えるべきでしょう。肉体は封じられましたが、密かに抜け出して後始末をすることができました。協力に感謝します、フィデス。この礼はいつか必ず』


「ほんと!? やった! じゃあ今度先輩にパフェ奢ってもらお! さっき迷宮都市で美味しいパフェの店見つけたんだー♪」


『今度、ですか。ではなるべく早く元の姿に戻れるよう、シテンに交渉を持ち掛けてみましょう』



 そして残されたイカロスはゆっくりと自分の死を待つことしかできなかった。

 自身の自我同一性アイデンティティを奪われた彼は、既に正気を失っていた。


『俺の……俺の、勇者……』


 ……死の恐怖も感じずに、このまま消え去った方が、彼にとっては幸せだったのかもしれない。


 だが、運命はイカロスの死を許さない。

 また新たな人影が、彼の下に訪れる。



『ほウ、まだしぶとく生き残っていたカ』

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