第122話 冒険者達の噂
(三人称視点)
「聞いたか? 遂にミノタウロスが討伐されたらしいぞ!」
「本当か? Aランクの冒険者でも勝てないって話だったろ」
「Sランク冒険者がやっと仕事したのか?」
「いや、倒したのはシテンっていうCランクの冒険者らしい。たった一人で立ち向かって、見事に討伐したって話だぜ!」
「シテンって名は聞いたことあるな。確か勇者パーティーの元メンバーじゃなかったか?」
「Cランク冒険者がソロで討伐? ありえないでしょ。俺の知人はミノタウロスと戦ったことあるんだけど、どんな攻撃も通用しなくて一方的にやられたって聞いたよ」
「でも同じ噂は私も聞いたよ。一人じゃなくて、聖女様と協力して倒したって話だったけどね」
「ギルドが正式に声明を出した! ミノタウロスが討伐されたのはマジだったらしいぞ!!」
「シテンが倒したって噂は間違いじゃなかったのか……正直未だに信じられない」
「魔物の生態系も元に戻りつつあるらしい。低ランク冒険者の進入制限も解除されるぞ!」
「ずっと迷宮に入れなくて困ってたんだ。シテンは俺たちの英雄だ!」
「『魔物の大移動事件、その主犯ミノタウロスの討伐』……これはいいニュースになりそうだ! 早速準備しなければ!」
「シテンって確か石化事件も解決してたよね? 三大事件のうち二つを解決しちゃうなんて、超凄い人じゃん」
「英雄っていうのはこういう人物のことなんだろうな。俺たちは新たな英雄の誕生を目撃しているのかもしれない」
「ギルドはなぜシテンをCランク冒険者の地位にとどめていたんだ? どう考えてもAランクはあるだろ。いや、もしかするとSランクにも……」
「俺はシテンが勇者パーティーに居た頃から、こいつは将来大物になるって予感してたんだよ!」
「シテンの事を『ゴミ漁り』とか馬鹿にしてた奴は報復されるかもしれないな」
「あいつはネクリアの英雄だよ。石化事件に続いて、魔物の大移動事件も解決して大勢の人たちを救った。もうあいつを馬鹿にする奴はこの都市に居ないさ」
「ていうか勇者は何してるの? ミノタウロスを討伐しにいったんじゃなかったっけ」
「失敗したらしい。それだけじゃなく同行した冒険者を囮にして、自分だけ逃げだしたそうだ」
「クズ野郎じゃん!! 前から黒い噂は聞いてたけど、実は全部本当だったのかな」
「今回ばかりは冒険者ギルドもお冠だ。ギルドマスターが直々に出張って、勇者達の身柄を確保したらしいぞ」
「支部長のアドレークが失脚したらしい。裏で勇者とつるんで、色んな悪事に加担してたそうだ。前からあいつの事は嫌いだったけど、ギルドを敵に回したならいよいよ終わりだな」
「あいつ俺達冒険者の事を、自分の都合の良い人形にしたがってたからな。態度でバレバレなんだよ。逆らえば冷遇されるし」
「アドレークから遠ざかるためにわざわざ他の支部に行ってた奴らも居るし、そいつらも戻ってくるんじゃね?」
「ていうか聖女ルチア様も共犯だったんだな。応援してただけにすげーショックだわ」
「勇者反対! 勇者反対! 冒険者ギルドは即刻、勇者イカロスの死刑を執行しろ! あんなクズを勇者に仕立て上げた聖教会も、迷宮都市から追い出せ!!」
「ここにきて勇者達への不満が一気に爆発してる。聖教会の連中にまで飛び火して、いくつか揉め事にまで発展してるらしい」
「正直気持ちは分かるなぁ。あれだけ優遇されておいて、ミノタウロスも倒せず冒険者を肉盾にするなんて。さすがにもう応援できないよ。死刑もやむなしかな」
「聖教会は相変わらずダンマリか。……実は勇者のこと切り捨てるつもりだとか?」
「どうだかな。最近聖国の動きがどうもきな臭いし、好き放題言われてるのを黙って見過ごすとも思えないな……」
「勇者もいよいよ終わりだな」
◆
(一人称視点)
「え……そんな噂になってるの?」
「ミノタウロスは地形改変で迷宮の生態系を滅茶苦茶に破壊して、甚大な被害を出していましたからね。それを討伐したシテンさんは、迷宮都市に住まう人にとっての英雄なんです」
「な、なんか気恥ずかしいな……」
僕が眠っている間に、とんでもない噂が広まっていたらしい。
相変わらず冒険者というのは、噂話が好きなようだ。
「シテンさんが評価されるのは私としては嬉しいですけど、今までシテンさんを馬鹿にしてきた人達まで手の平を返したのは、正直複雑な気持ちです」
「僕は大して気にしてないよ。人の噂なんて一時的なものなんだから、悪い噂も良い噂も、直に消えてなくなるさ」
しかしシアの話が本当なら、以前のように表立って敵意を向けてくる冒険者も少なくなるだろう。
孤児院に危害を加えられる可能性も、これで殆どなくなったかな。
そんな事を考えていたら、病室に近づいてくる足音に気付いた。
慌ただしく近づいてくるその人物は、僕らのよく知る人物だった。
「――シテン! 目を覚ましたって本当!?」
「あ、ソフィア。この通り元気になりました」
病室に入ってきた人物、ソフィアは珍しく私服姿だった。
普段は魔女の格好ばかりなので、こういったソフィアの普段着は新鮮だなぁ。
なんというか……いつもより女性らしさを感じる。
「良かったぁ……! どんな薬を使っても一向に目を覚まさなかったから、ずっとこのままだったらどうしようかと……」
「シアにも同じことを言われたよ。……助けに来てくれてありがとう。あと、勝手に行動してごめん。ソフィアの手助けが無かったら、きっとミノタウロスには勝てなかった」
「もうっ、急いでたなら仕方ないかもしれないけど、次からは出来るだけ私達にもちゃんと相談してよ!」
そう言って笑って許してくれたソフィアは、果物など様々なお見舞い品を取り出した。
シアとソフィアが以前のように談笑する姿を見て、僕は内心である決意を固めつつあった。
彼女たちが笑って過ごせる場所を、僕は守りたい。
ミノタウロスの言葉が正しければ、戦いはこれで終わりじゃない。
今回のように、僕や家族、仲間の生活を脅かすような存在が現れるかもしれない。
シア、ソフィア、リリス。彼女らが幸せに生きていくためには、この世界には障害が多すぎる。
その全てを、僕は解体したい。
そのためには力が必要だ。
今回みたいなギリギリの戦いを繰り広げるのではなく、誰にも負けないような圧倒的な力が。
それこそ、誰も手出しができなくなるくらいの。
ジェイコスさんの言葉を思い出す。
“人間の到達点などと言われているが、その先のSランク、人外の領域には立ち入れそうにない。だがシテン、お前ならあるいは。……そう思っている”
あの時は単なるお世辞だと思っていたが、今は違う。
ミノタウロスとの戦いを経て、僕は大きく成長したという実感がある。
今ならば、目指せるかもしれない。
「本気でなってみようかな……Sランク冒険者」
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