第121話 ただいま


(一人称視点)


 知らないベッドの上で目覚めた。


「……前後の記憶がない。どこだろうここ」


「――シテンさん!? 意識が戻ったんですね!」


 僕の疑問を解決してくれたのは、隣のもう一つのベッドに横たわっていたシアだった。


「シア、無事だったんだね。とするとここは……」


「ネクリアの治療院です。助かったんですよ、私達」


 ……そうか、思い出してきた。

 迷宮でミノタウロスと戦って、ギリギリのところで勝ったんだ。

 そして僕はぶっ倒れて、地上まで運んでもらったようだ。


「……そっか、助かったのか。皆が助けてくれたみたいだね」


「もう一週間も目を覚まさなかったので、心配でした……よかったぁ……」


 安心したら気が緩んだのか、シアは喜びながら涙を浮かべていた。

 随分心配かけさせちゃったな。


「僕はもう、大丈夫だよ。……おかえり、シア」


「……! っ、はい、ただいまです!」


 アイスブルーの瞳に涙を浮かべながら、満面の笑みでシアは返事をした。


 離れ離れになった家族が、ようやく帰ってきた。



 あの後、シアから事の顛末を説明してもらった。


 僕が倒れたあと、ケルベロスに追いかけられてピンチのところを、Sランク冒険者【狂犬】に助けてもらったらしい。

 ケルベロスの群れを一方的に虐殺したあと、ジェイコスさんと合流。

 そのまま無事に地上へ帰還したというわけだ。


「【狂犬】だけじゃなく【尸解仙しかいせん】まで手助けに来たの? ……これまで魔物の大移動事件に、ほとんど関わってこなかったくせに、どうして急に現れたんだろう?」


「そこまでは私も……お二人ともいつの間にか居なくなっていましたし、私も【心理鑑定マインド・ジャッジ】で心を読めないくらいに消耗していたので」


 病衣を着たシアの蒼い瞳は、心なしかいつもよりかげっている気がした。

 シアはミノタウロスとの戦いで【鑑定】スキルを酷使した結果、後遺症として視力が低下してしまったらしい。

 とはいえ視力の低下は【鑑定】スキル持ちにはよくあることのようで、しばらくすれば元の視力に戻るそうだ。


 僕ら二人は帰還組の中でも一番の重傷で、肉体的なダメージもあるが、魂にまでダメージが入っていたらしい。

 肉体の損傷は回復薬でどうにでもなるが、魂の修復となるとそうはいかない。

 僕とシアはもうしばらくの間、同じ病室で入院を続けることとなった。


 ミノタウロスにグチャグチャにされた両手も、全身に走っていたひび割れも綺麗に完治していた。

 残念ながら手に装備していた【三獄堅手さんごくけんじゅ】は粉々になってしまったが……ケルベロスの素材はまた入手できたし、新しく作り直してもらおう。


「まあ、Sランクの人達の奇行は、今に始まったことじゃないし……今は気にしてもしょうがないか。助けてもらったのは事実だから、機会があったらお礼を言っておくよ」


「き、奇行……あれを奇行というレベルで済ませていいのでしょうか……?」


 なぜかシアが表情を引きつらせていた。

 【狂犬】には会ったことがないから、真偽の怪しい噂程度しか知らないけれど……そんなにヤバい人だったのか??


「っ、そうだ。勇者と聖女はどうなった? 聖教会はシアに接触してきたの?」


「あー……それなんですが」


 聞くと、イカロスを始め勇者パーティーのメンバーはあの激闘の最中、全員生き残っていたらしい。

 しかし生き残った所で、真っ二つに分かれた首と胴体が繋がる訳でもない。

 そして勇者一行はシアの証言により、冒険者を囮にしてミノタウロスから逃亡したことが発覚。

 事情聴取のため彼らの首は、ギルド本部にて厳重に保管されているという。


「勇者が沢山の冒険者さんを犠牲にした噂は、あっという間に広まりました。勇者と聖教会の権威は失墜し、勇者一行の死刑を求める声まであがっているようです」


 まあ、自業自得だよね。

 今更あいつらに同情の念なんて一切抱かない。

 死刑を免れたとしても、あいつらは一生首だけの状態だ。

 僕の家族に手を出すとどうなるか、見せしめとして精々役立ってほしい。


「聖教会も最初は、新たな聖女として私を手に入れようとしていたようですが……勇者関連の対応に追われて、あまり派手に動いてはいないみたいです。それに他の冒険者さんも、協力してくださいました」


 聖教会は入院中の僕とシアを、なんと総本山である聖国に移送させようとしたらしい。

 しかし治療院側が“絶対安静”を楯にこれを拒否。

 更に鑑定ちゃんと呼んでシアを慕っている、鑑定屋の常連客達が、自発的にパトロールを行なってくれたという。

 加えて勇者のしでかした後始末と、そして僕が用意しておいた保険・・。これが功を奏して、流石の聖教会も強硬手段を取ることはできなかったようだ。


「ソフィアとジェイコスさんには頭が上がらないなぁ……。にしても、病室を警護してもらえるなんて、すごい人望だよね。流石は鑑定ちゃん」


「や、やめてください!? そのあだ名すっごく恥ずかしいんですから!! ……というか、私の影響なんて微々たるものですよ。ここまで冒険者さんを動かしたのは、シテンさんの影響の方が大きいです」


「え? 僕?」


 どうして僕が……?

 見知らぬ冒険者達に守ってもらえるような大層なこと、何かしたっけ?



「ふふ、自覚してなかったんですか? シテンさんらしいといえば、らしいですけれど……」


 シアはまるで自分のことのように、上機嫌で続けて教えてくれた。


「迷宮都市は今、シテンさんのこんな噂でもちきりですよ。“怪物ミノタウロスを倒し、魔王の手先から迷宮都市を救った、ネクリアの新たな英雄”――だそうです」


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