第121話 ただいま
(一人称視点)
知らないベッドの上で目覚めた。
「……前後の記憶がない。どこだろうここ」
「――シテンさん!? 意識が戻ったんですね!」
僕の疑問を解決してくれたのは、隣のもう一つのベッドに横たわっていたシアだった。
「シア、無事だったんだね。とするとここは……」
「ネクリアの治療院です。助かったんですよ、私達」
……そうか、思い出してきた。
迷宮でミノタウロスと戦って、ギリギリのところで勝ったんだ。
そして僕はぶっ倒れて、地上まで運んでもらったようだ。
「……そっか、助かったのか。皆が助けてくれたみたいだね」
「もう一週間も目を覚まさなかったので、心配でした……よかったぁ……」
安心したら気が緩んだのか、シアは喜びながら涙を浮かべていた。
随分心配かけさせちゃったな。
「僕はもう、大丈夫だよ。……おかえり、シア」
「……! っ、はい、ただいまです!」
アイスブルーの瞳に涙を浮かべながら、満面の笑みでシアは返事をした。
離れ離れになった家族が、ようやく帰ってきた。
◆
あの後、シアから事の顛末を説明してもらった。
僕が倒れたあと、ケルベロスに追いかけられてピンチのところを、Sランク冒険者【狂犬】に助けてもらったらしい。
ケルベロスの群れを一方的に虐殺したあと、ジェイコスさんと合流。
そのまま無事に地上へ帰還したというわけだ。
「【狂犬】だけじゃなく【
「そこまでは私も……お二人ともいつの間にか居なくなっていましたし、私も【
病衣を着たシアの蒼い瞳は、心なしかいつもより
シアはミノタウロスとの戦いで【鑑定】スキルを酷使した結果、後遺症として視力が低下してしまったらしい。
とはいえ視力の低下は【鑑定】スキル持ちにはよくあることのようで、しばらくすれば元の視力に戻るそうだ。
僕ら二人は帰還組の中でも一番の重傷で、肉体的なダメージもあるが、魂にまでダメージが入っていたらしい。
肉体の損傷は回復薬でどうにでもなるが、魂の修復となるとそうはいかない。
僕とシアはもうしばらくの間、同じ病室で入院を続けることとなった。
ミノタウロスにグチャグチャにされた両手も、全身に走っていたひび割れも綺麗に完治していた。
残念ながら手に装備していた【
「まあ、Sランクの人達の奇行は、今に始まったことじゃないし……今は気にしてもしょうがないか。助けてもらったのは事実だから、機会があったらお礼を言っておくよ」
「き、奇行……あれを奇行というレベルで済ませていいのでしょうか……?」
なぜかシアが表情を引きつらせていた。
【狂犬】には会ったことがないから、真偽の怪しい噂程度しか知らないけれど……そんなにヤバい人だったのか??
「っ、そうだ。勇者と聖女はどうなった? 聖教会はシアに接触してきたの?」
「あー……それなんですが」
聞くと、イカロスを始め勇者パーティーのメンバーはあの激闘の最中、全員生き残っていたらしい。
しかし生き残った所で、真っ二つに分かれた首と胴体が繋がる訳でもない。
そして勇者一行はシアの証言により、冒険者を囮にしてミノタウロスから逃亡したことが発覚。
事情聴取のため彼らの首は、ギルド本部にて厳重に保管されているという。
「勇者が沢山の冒険者さんを犠牲にした噂は、あっという間に広まりました。勇者と聖教会の権威は失墜し、勇者一行の死刑を求める声まであがっているようです」
まあ、自業自得だよね。
今更あいつらに同情の念なんて一切抱かない。
死刑を免れたとしても、あいつらは一生首だけの状態だ。
僕の家族に手を出すとどうなるか、見せしめとして精々役立ってほしい。
「聖教会も最初は、新たな聖女として私を手に入れようとしていたようですが……勇者関連の対応に追われて、あまり派手に動いてはいないみたいです。それに他の冒険者さんも、協力してくださいました」
聖教会は入院中の僕とシアを、なんと総本山である聖国に移送させようとしたらしい。
しかし治療院側が“絶対安静”を楯にこれを拒否。
更に鑑定ちゃんと呼んでシアを慕っている、鑑定屋の常連客達が、自発的にパトロールを行なってくれたという。
加えて勇者のしでかした後始末と、そして僕が用意しておいた
「ソフィアとジェイコスさんには頭が上がらないなぁ……。にしても、病室を警護してもらえるなんて、すごい人望だよね。流石は鑑定ちゃん」
「や、やめてください!? そのあだ名すっごく恥ずかしいんですから!! ……というか、私の影響なんて微々たるものですよ。ここまで冒険者さんを動かしたのは、シテンさんの影響の方が大きいです」
「え? 僕?」
どうして僕が……?
見知らぬ冒険者達に守ってもらえるような大層なこと、何かしたっけ?
「ふふ、自覚してなかったんですか? シテンさんらしいといえば、らしいですけれど……」
シアはまるで自分のことのように、上機嫌で続けて教えてくれた。
「迷宮都市は今、シテンさんのこんな噂でもちきりですよ。“怪物ミノタウロスを倒し、魔王の手先から迷宮都市を救った、ネクリアの新たな英雄”――だそうです」
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