第120話 犬も歩けば狂犬に当たる
(三人称視点)
「そう簡単には帰してくれなさそうね……!」
ミノタウロスとの死闘を終えたシテンは今、意識を失いシアと共に、ソフィアの運搬用ゴーレムに運ばれていた。
傷を再生し終えたソフィアはあの後、すぐに二人を回収したのだが、それを複数のケルベロスが追跡しているという状況だった。
ゴーレムの荷台に全員を乗せ、馬車のように猛スピードで走っているが、それでもケルベロスは追いすがってくる。
(やば……帰り道どっちだっけ? 壁を爆破してショートカットして来たから、正規のルートから外れてるかも)
ソフィアもケルベロスを足止めしながら、現在位置を把握して壁を爆破するような余裕はない。先ほどと違って【
(とにかく走り続ける。時間が経てばSランク冒険者がケルベロスを片付けて、ジェイコス達が援軍に来てくれる! それまで耐えれば私の勝ち!)
そして撤退戦を繰り広げてしばらく経った頃、ケルベロスの様子がおかしくなったことに気づく。
統率のとれていた群れが、途端に秩序を失いバラバラに迷走し始めたのだ。
(……? 何かが起きた? ともあれ、追っ手の足が鈍るのは好都合ね)
「ソフィアさん、前から魔物が!」
声をあげたのは、荷台に乗って運ばれていたシアだ。
自力で歩けないほど疲弊していた彼女だが、シテンと違い意識までは失っていない。そして彼女の驚異的な索敵能力は健在で、いち早く正面から近づく魔物の存在に気づいた。
その正体は、
「シテンさ〜ん! ソフィアさ〜ん! 会いたかったです、ようやく見つけましたっ!」
背中の翼を広げ、迷宮の狭い通路を飛翔するサキュバス、リリスであった。
「リリスちゃん!」
「えっ」
喜びの声をあげるソフィアとは対照的に、シアは困惑の声を思わず出してしまった。
リリスという人間に味方するサキュバスが、ソフィアやシテンの知人だなんて知らなかったからだ。
そして何より彼女の衣服。サキュバスを実際目にするのは初めてだが、噂に違わぬ露出度の高い衣装で、シアも最初は錯覚ではないかと、自身の正気を疑ったほどだった。
「無事……ではないみたいですが、生きて会えて何よりです! 私が先導しますから、急いで地上に戻りましょう!」
「リリスちゃんが来たって事は、向こうは大体片付いたって事ね」
「はい! ……ところで、そちらの方は?」
「シアよ。私の親友。……この子はリリスちゃん。見ての通り魔物だけど、私たちの味方よ」
「わ、あなたが噂のシアさんでしたか! 初めましてリリスです!」
「えと、初めまして……?」
ブンブンと両手を振って握手してくるリリスのテンションに、シアは終始押され気味だった。
しかしそんな賑やかな空気も、長くは続かない。
「しつこい! まだ追ってくる気!?」
ヨルムンガンドの制御を離れたはずのケルベロス達が、鈍化したとはいえ未だ追い縋ってきているのだ。
「リリスちゃん、ジェイコス達との合流はまだしばらく掛かりそう!?」
「まだ少し……あれ?」
その時前を飛んでいたリリスが、異変に気付いた。
通路の奥に、一人の少女が座り込んでいる。
少女は全裸であった。
「んっ……ふぅ。やはり全てを曝け出しての排泄行為は、自分の在るべき姿を再認識させてくれますね。私と世界は一心同体。それを阻む衣服などというものは邪魔者でしかないと、つくづく実感させられますよ」
少女はその場で片足を上げながら、一人で何かを語っていた。
目の前の光景に、リリスは自身の正気を疑った。
「これを一日中身につけておく必要がある人間社会とは、いかんせん不便なものですね……おや」
向こうもリリス達の姿を認識したようで、全裸のまま接近してきた。
(こ、こっちに来ました!)
「失礼、冒険者の方々でしょうか? 実は私、迷子になっていまして……任務のために同僚と迷宮に来たのですが、途中で催してしまい逸れてしまったのです。近くで他の冒険者を見ませんでしたか?」
少女からは悪意こそ感じ取れなかったが、あまりに意味不明な状態にリリスは警戒してしまっていた。
澄んだ空のような蒼色の髪、癖毛のように跳ねた髪が、まるで犬の耳のように飛び出している。
どちらかといえばほっそりとした、均整の取れた体型で、目の前で全裸放尿したという事実を差し引けば十分に美少女と言えるだろう。
なお当の本人には、気にする様子は一切なく、その黄金の両眼からは、少し困ったような様子が見てとれた。
「え、えっと……私達も実は、仲間の冒険者と合流しようとしてる最中でして」
「おや、迷子仲間でしたか。この辺りは道も細くて複雑で、地図がないとなかなか先に進めませんよね。私もよくこの辺りで迷子になるんです。よければ同行させてもらっても?」
「え、えぇ……」
全裸の美少女にぐいぐい迫られ、あのリリスですらドン引きしていた。
「ちょっとちょっと、呑気にお喋りしてる場合じゃないわよ!? すぐそこに追っ手が来てるんだから!!」
正気に戻ったソフィアが叫び、リリスとシアも我に返るが、既にケルベロスの群はすぐ背後に迫っていた。
「「「GOAAA!!!」」」
ブレスの射程に入ったソフィア達に、容赦なく毒炎が襲いかかる。
(やばっ……全部は防ぎきれない! ここは私が囮になって――)
迫る獄炎にソフィアが決死の覚悟を固めた、次の瞬間。
「ふっ」
と、間の抜けた音がしたかと思うと、
「「「GU!!??」」」
「なっ」
まるで蝋燭の火を吹き消すように、毒炎が霧散してしまったのだ。
「――ふむ、何やらお困りのご様子。しかし魔物退治であれば、私が力になれるかもしれません」
何事もなかったかのように話す青髪の全裸少女。
しかしこの場でシアとケルベロス達だけが、状況を正確に理解していた。
(今のは……スキルも何も使っていない、純粋な肺活量だけで起こしていました……)
シアの鑑定スキルは正確にその事実を伝える。
一方ケルベロス達は全裸の少女に必殺技を防がれた事実が信じられず、自身の正気を疑っていた。
「一時とはいえ、共に行こうと言ってくれた仲間。その危機を黙って見過ごす程、私は恩知らずな犬ではないのです」
(えっ、私言ってない……)
「このクララ、今より獣を狩る一匹の猟犬となりましょう……わんわん」
そして、少女が動く。
この場の誰も捉えられない速度で動き、ケルベロスの頭を手ではたく。
それだけでケルベロスの全身は木っ端微塵になり、その衝撃波で数匹のケルベロスも合わせてグチャグチャのミンチと化した。
「……へ?」
あれほど苦戦したケルベロスが、スキルも何も伴わない単純な腕力だけで、数匹瞬殺されてしまった光景に、ソフィアは自身の正気を疑った。
同時に、目の前の少女の正体を、彼女らはようやく理解した。
「こう見えて私は忠犬なのです。同じ犬仲間といえど、容赦はしません。尻尾を巻いて逃げるなら、今なら見逃してあげますよ?」
この迷宮都市に十二人しかいない、最強の冒険者達。
彼女の姿を見た者は、誰もが正気を疑ってしまう。
故に、ついた渾名は【狂犬】。
Sランク冒険者、クララ・ペルトルが、ケルベロスの大群を前に無邪気に笑った。
「わんわん♪」
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