第113話 勇者、低みの見物(勇者視点)
(三人称視点)
(クソっ、何がどうなってやがる……)
内心でそう毒づいたのは、20層の床に転がっている勇者イカロスだった。
彼はシテンの【
最早喋ることも出来ない状態だが、持ち前の悪運の強さでシテンとミノタウロスの戦いにも巻き込まれず、未だ生き残っていたのだ。
イカロスはシテンとミノタウロスの戦いを、最初からずっと見ていた。
始めはシテンがあれほどの実力を隠していた(隠していない)のに腹を立てたが、その後ミノタウロスに返り討ちにされた時は、イカロスも胸がすく思いだった。
(ざまぁねえぜ!! 俺達が敵わなかった相手にシテンが勝てる訳ないだろ!!)
と当初は嘲笑っていたのだが。
「ハロー、ミノタウロス。リベンジマッチの時間だ」
(な、なんで? なんで戻ってきたんだこいつ?)
その後シテンが再び姿を現した時、イカロスは本気で困惑した。
(マグレで生き残ってたとしても、そのまま逃げりゃいいはずだろ!? ミノタウロスなんて、Sランク冒険者に任せておけばいいだろ! なんでそこまでして戦う!?)
これまでイカロスは、自分の力を周囲に認めさせるためだけに戦ってきた。
勇者としての使命など二の次。女神に選ばれし自分が、見合った名声と栄誉を得る事こそが最重要だった。
故に、命より大切な何かのために、戦った事など一度もない。
家族のために命を懸けるシテンの心情など、イカロスに理解できる筈も無かった。
(シテン、やはりテメェは只の間抜けだ。ミナシゴの癖にユニークスキルを得たから勘違いして、拾った命を無駄にするゴミクズ野郎! 今度こそテメェが無様に死ぬ所、見ててやるぜ!)
イカロスは当然そんな事実に気付くことは無く、シテンの敗北を確信しながら、再び高み、いや低みの見物をすることにした。
……だが、事態はイカロスの予想とは真逆に動いていた。
「「「RAAAAaaaaa!!!!!」」」
「っあああぁぁぁぁ!!!」
三面六臂の怪物へと変貌したミノタウロス。
イカロスと対峙した時とは比べ物にならない、速さと重さを兼ね備えた攻撃を、シテンは次々と捌いていく。
それだけではない。隙を見てシテンの【解体】スキルが発動し、ミノタウロスの肉体をバラバラにし続けていた。
(……あ、あれ? シテンの奴、ミノタウロスと互角に渡り合ってないか? あんなにボロボロなのに、なんでまだ戦えるんだ?)
シテンの肉体は、既に限界が近づいていた。
回復しきっていない身体で、無理矢理に【
制御を失いつつある【
(いや、けど……ミノタウロスも、なんとなく消耗してるようにみえる。さっきまで一瞬で再生してたのに、再生速度が遅くなってないか?)
イカロスの疑念は的を射ていた。
鬼神と化したミノタウロスも、既にかなり消耗している状態だ。
そもそも今の状態は、身体に二つある魂のバランスを意図的に暴走させ、シテンに魂の輪郭を捉えられないようにしている状態だ。
だが魂を暴走させるなどという芸当、いくらミノタウロスといえど、デメリットなしで行えるものではない。
魂が制御不能のまま暴走し、それに引っ張られる形で肉体が変貌する。
肉体は不規則に膨張と縮小を繰り返し、限界を迎えた骨肉が破裂し、歪な形で転生する。
そして、シテンとシアの目は、その魂の暴走にも徐々に
先ほどまで通っていなかった攻撃が通り始め、
その度に少しずつ、だが確実にミノタウロスの動きは鈍くなっていった。
そしてイカロスからは見えていないが、シテンの影の中に居るシアも限界が近い。
既に両の瞳は霞み、視力の殆どを失いつつあった。
溢れ出る血涙を拭う事もせず、ミノタウロスの荒れ狂う魂を必死に捉えようとしているが、既に彼女の魔力は底を尽きかけていた。
シアが影の中に居られるのは、シテンの防具を借りているお陰だ。だがその間、魔力を消費する。魔術の訓練もしたことがないシアの魔力量など、そこらの一般人と大差ない。元々長時間の潜行は不可能だったのだ。
三者が己の魂を削りながら戦い、限界を迎えつつある戦局。
やがて些細な切っ掛けでこの均衡は崩れ、戦況は大きく傾くだろう。
(なぜだ、なぜ俺じゃなく、あのゴミ漁りのシテンがあそこに立っている!? どうして俺が勝てなかった相手と、シテンはまともにやりあえているんだ!?)
そしてその戦いは、イカロスの心境に明らかな変化をもたらしていた。
シテンに対する屈服、あるいは挫折と言うべきだろうか。無論、本人は決して認めたがらないだろうが。
(うおっ、流れ弾が! ……クソッ、あいつらが勝手に死ぬのはいいが、俺は一体どうなるんだよ!? 誰か早く俺を助けろよ!!)
イカロスがそう吐き捨てた直後、戦況に変化が起きた。
戦いの最中の三人ではない。外部からの
(……あ? なんだ、あれ)
イカロスの視界に映ったのは、百匹近くのケルベロスの大群。
――終局が、近づいてきている。
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