第112話 不死身の魔女の決死の覚悟


 ジェイコスの話を聞き終えたソフィアとリリスは、揃って頭を抱えていた。


「シアが八人目の聖女で、シテンと一緒にあのミノタウロスと戦ってる……? 冗談で言ってる訳じゃないのよね?」


「残念ながら事実だ。俺たちも協力を申し出たが、シテンに断られてしまった。『ごめんなさい。はっきり言うと足手まといになります』とな」


 熟練の冒険者であるジェイコスも、背後から迫る濃密な死の気配には気づいていた。

 それだけでおおよその実力差も分かる。今のジェイコス達では、ミノタウロスの足止めすらできずに無駄死にする。


「それで二手に分かれて、ウリエルさん? の石像を地上に運んでいるんですね。これが、その天使……?」


 リリスがおっかなびっくりに、石像の様子を窺う。ウリエルの石像は全く動く気配を見せない。


「言い訳をするようで悪いが、シテンは勝算もなく戦っている訳ではない。そのためにあの聖女が付いている」



 ジェイコスがそう言った次の瞬間。

 ソフィアのすぐ傍を、何か・・が通り過ぎた。


「キャア!?」


「何だっ!?」


 通り過ぎた跡を見ると、鋭利な刃物で切り裂いたかのように線が刻まれていた。

 その線は僅かにソフィアの指先を掠め、鮮血が滴った。


「ニャ!? 何か飛んできたニャ! まるで何かで斬られたみたいな跡ニャ!?」


「これ……シテンの【遠隔解体カットアウト】!?」


「えっ、流れ弾って事? ここ14階層だよ? シテン君が居るのは20階層だから……7階層分ぶち抜いてきたって事!?」


 天井にまで刻まれた一直線は、岩盤を切り裂いて更に上の階層にまで達しているようだった。

 チタ、ソフィア、ミュルドが驚愕する中、首だけになったルチアとヴィルダが慌てだした。


「流れ弾はこれだけではないようです。注意を」


「も、もう嫌あああぁ!! パパっママっ、助けてええぇぇ!!!!」


 ルチアの宣言通り、遅れて流れ弾――【遠隔解体カットアウト】の、飛ぶ斬撃が次々とやってきた。


「回避だ! 階層をぶち抜くような斬撃、防御できるわけがない! 目を凝らして避け続けるんだ!」


「リーダー!? 目に見えない飛ぶ斬撃とか避けられませんって!?」


 【大鷲の砦】のメンバーが文句を垂れるが、幸い一行にこれ以上の被害は出なかった。

 流れ弾だけあって、斬撃はジェイコスを狙ったわけではなく、様々な方角に散っていったからだ。


「クソ、下はいったいどんな戦いになってるんだ!? こっちを気遣う余裕もないのか!」


「ここは危険です。すぐに上に避難するべきしょう。ウリエル様に万が一の事があってはいけません」


「…………」


 ソフィアは、指先から滴る自分の血を見て、何かを考えるように黙り込んだ。

 そして、尋ねる。


「……ジェイコス。シテンは一度死にかける程の重傷を負ったのよね? そう時間も経ってない。シテンの体調は、万全の状態なの?」


 ソフィアが気になったのは、シテンの容体だ。

 錬金術師でもある彼女は、回復薬の効能にも明るい。

 生死を彷徨う程の重体。そこから全快するような薬など、伝説の秘薬『エリクサー』くらいしか考えられない。


「……正直言って、全快はしていない。全身傷だらけで、左手もロクに動かせないような状態だった。シテンはマジックバッグを持っていたが、入っていた回復薬だけでは足りなかった。マジックバッグは地上では開けられないから、用意しておける薬の量にも限度があるからな」


 ――その言葉を聞いて、ソフィアは覚悟を決めた。


「ありがとう、ジェイコス。……リリスちゃん、ここで私とはお別れよ。ジェイコス達と一緒に地上の近くまで引き返して」


「ソフィアさん?」


「待てソフィア。何をするつもりだ」




「決まってるじゃない。助けに行くのよ――【錬金術――大量生産:運搬用ゴーレム生成】」



 ソフィアが【錬金術】スキルを発動すると、周囲の土を素材にして荷台型ゴーレムが完成する。


「無謀だ! さっきの流れ弾を見なかったのか!? 当たれば一撃で死ぬような攻撃が、恐らく嵐のように飛び交う戦場だぞ!」


「ええ、そうかもね。――けれど、私は死なないわ。ジェイコス、貴方なら分かるでしょう?」


 その言葉に、ジェイコスは息を呑む。

 彼は一度目にしている。クリオプレケスとの戦いの際、心臓を貫かれたソフィアが復活する場面を。

 ――ソフィアは不死身とも言える、特殊な体質であった。


「私が駆けつけたところで多分、戦力にはならないでしょう。それくらい私にも分かる。けど、シテンのためにできる事だってある」


 そう言ってソフィアは懐から幾つかの薬瓶を取り出し、ジェイコス達に見せつけた。


「緊急用に持ち歩いてる、自家製の特級回復ポーションよ。あなた達がシテンに分けたポーションと合わせれば、全快とは言わずともかなりマシになるはず。私はこれを、シテンに届ける」


「…………。本気なんだな」


「私にしかできない仕事よ、あんな危険な場所に向かうなんてね。……ここは役割分担をするべきでしょう? あなた達はリリスちゃんを連れて、早く上に戻りなさい」



 ……そう自信ありげに説得するソフィアだったが、実は内心で、不安が渦巻いていた。

 理由は指先。【遠隔解体カットアウト】の流れ弾で傷ついた指先が、まだ再生していない。


(……普段ならそろそろ治る頃合いだけど、まだ再生が始まらない。やっぱりシテンの【解体】スキルは特別で、再生能力を無視しているのかも)


 そう、ジェイコスやリリスを安心させるため、不死身の体質を理由に挙げていたが、実のところシテンの攻撃の前に、自身の体質が通用するか、ソフィアにも分からなかったのだ。


【解体】スキルで致命傷を負った場合、ソフィアは生きていられるのだろうか?


(けれど、物怖じしてなんかいられない。私が命を張ってシテンが助かるなら、幾らでもやってやるわ。シアも居るならなおさら――)





「皆さん! 何か来ますっ!」




 だが、そんなソフィアの覚悟を踏みにじるように、それら・・・は姿を現した。



「「「GRUUUUU……」」」


 血がこびり付いたような、赤褐色の肌。

 三つの犬頭に、蛇の尾を持つ巨体。

 Aランクモンスター、ケルベロス。

 それが、数十匹の群れを成していた。


「は……?」


 リリスの警告など、果たしてどれ程の意味があったか。

 目に見える圧倒的な脅威の前に、ソフィア達は立ち尽くすしかなかった。



 そして群れの先頭に立つケルベロスの首元から、一匹の蛇が顔を出す。


『困るんだよね、そういう事されるの』

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