第110話 vsミノタウロス ⑧鬼神降臨


(三人称視点)


 ミノタウロスが変貌する。


「!!?」


 異常を感じ取ったシテンは攻撃の手を止め、即座にその場から離れる。

 直後、シテンの居た場所を押し潰すように岩壁が四方からせり出た。

 あのまま攻撃を続けていれば潰されていただろう。同時に岩壁は変形して、ミノタウロスを包む繭のようになった。


(何だ? 明らかにミノタウロスの気配が変わった。まだ奥の手を隠し持ってたのか?)


「オ゛……オ゛ォ゛……Ooo……」


 メキバキゴキ、と骨肉を無理矢理引きちぎるような、グロテスクな音がシテンの耳に届く。

 昆虫が蛹の中で変貌するように、ミノタウロスも今、あの岩の繭の中で変貌しているのだ。


 やがて、岩の繭が内側から切り裂かれる。

 姿を現したのは、先ほどまでとは全く異なる姿のミノタウロスだった。


「――――」


 体表は赤銅色に変化し、体格も二回りは大きくなっている。

 それを支える強靭な二本足と、上半身から伸びる六本の巨腕。

 そしてねじくれた角を生やした、三つの牛頭。


 三面六臂さんめんろっぴ。鬼神の如き姿のミノタウロスが、そこにはあった。



「――Ooo……」


(……あれは、スキルの力による変貌じゃない。シアの目を通してステータスを見た時、姿形を変えるような能力は書かれていなかった。どういうカラクリだ?)


 シテンは不用意に突っ込む事はせず、最初のように様子見に徹する。

 すると、すぐに異常に気付く。先ほどまでは見えていたミノタウロスの魂が、全く捉えられなくなっているのだ。


「なんだこれ!?」


 先ほどまでのミノタウロスの魂の形が、蝋燭の火だとするならば、今の魂の形は荒れ狂う業火だ。

 不規則に変調を繰り返す魂を、シテンの目は捉え切れない。

 つまり、ミノタウロスの魂を解体する事ができない。


(……まさかあいつ、自分で自分の魂・・・・・・・を弄ったのか・・・・・・!? 魂が捉えられていることに気付いて、それを防ぐために! あの変貌は、暴走する魂に引っ張られて肉体が変形した結果!?)


「O、ooaaaaa!!!」


 そして、異形と化したミノタウロスが動き出す。

 狂牛の如く、凄まじい速度でシテン目掛けて一直線に突進してきた。


「速っ!?」


 これまでより数倍は速い速度で迫るミノタウロスに、シテンは慌てて回避行動を取る。


(完全に暴走してる。まるで初めてあいつと出会った時みたいだ。……意図的な暴走。けどそれが僕らに不利に働いている。魂の動きが読み取れない……クソッ!)


「だ……【【【迷宮改変ダンジョンマスター】】】」


「ぐっ!!」


 三つの頭から放たれる、【迷宮改変ダンジョンマスター】の三重発動。

 まさか暴走状態でスキルを使ってくるとは思わず、回避に気を取られていたシテンに、スキルの妨害など不可能だった。


(あ)


 全方位から迫る岩壁が、シテンの瞳にゆっくり・・・・と映る。



(この感覚、前にも覚えがある)


 一度目の戦い、万策尽きたシテンが、岩壁に押しつぶされそうになった時。

 間近に迫った死の気配。

 その時確かに、シテンは周りの風景が緩やかになるのを知覚していた。


 人間は極限状態に陥った時、周囲がスローモーションのように見える事があるという。

 シテンも冒険者の中に、そういった経験をした者が居る事は知っていた。


(ここで全てを出し切らなきゃ死ぬ。僕も、シアも)


 一瞬が無限に引き延ばされたかのような錯覚の中で、シテンは自らに問いかける。


(力が足りないなら、魂を削ってでも持ってこい。ミノタウロスにもできたんだ、僕にもできるはずだ)


 シテンの奥底に眠る【解体】スキルが、激しく脈動する。

 彼には分かっていた。自分が【解体】スキルの力を出し切れていないことを。

 解体スキルは凄まじい攻撃力を持つ反面、制御を誤れば術者をも解体してしまう。

 それを防ぐため、シテンは普段、自分の身体が解体されないよう出力にストッパーを掛けていたのだ。


 そのストッパーを解除するスキルは、既に知っている。


(僕の魂がどうなってもいい。身体がバラバラになってもいい。だから僕の解体スキルユニークスキル、その全てを出し切る――)


「【完全パーフェクト解体イレイサー】!!」



 20階層で両雄が激突する最中。

 ヨルムンガンドが送り込んだ、ケルベロスの大群が近づきつつあった。


「ミノタウロスは邪魔するなって言ってたけど、素直に従ってもいられないんだよねぇ。万が一でも失敗したら目も当てられないし」


 眼帯を付けた少年、ヨルムンガンドはそう呟いて、一人嗤った。


◆◆◆


投稿ペースが乱れてしまい申し訳ありません……!

なんとか元に戻したいと思います!

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