第106話 シア
(三人称視点)
……シテンとシアがミノタウロスの前に現れる、少し前。
「私も一緒に、戦わせてください。――二人で、あのミノタウロスに勝つんです」
自爆覚悟の作戦を提案したシテンに、シアが決意の表情でそう言った。
「二人で……?」
「はい。……シテンさん一人では勝てない相手も、二人なら活路が開けるかもしれません。私の聖女としての力と、この【鑑定】スキルの力で」
シテンは内心で思考を張り巡らせる。
聖女の力を使えば、【解体】スキルの威力は更に増加するだろう。
そうすれば、一人では傷一つ与えられないミノタウロス相手にも、まだダメージを与えられるかもしれない。
だがそれは、全く戦闘能力のないシアが戦場に立つことを意味する。
同じ聖女であるルチアと違い、シアは自衛の手段すら持たない。超広範囲攻撃を持つミノタウロス相手に、シアを庇いながら戦うなんて真似は、まず不可能だ。
「……駄目だ、危険過ぎる。ミノタウロスは誰かを庇いながら戦える相手じゃない」
「私がミノタウロスの攻撃から免れる方法は、あります。でもこの策は、シテンさんの身を危険に晒してしまいます。……だから必要なのは、シテンさんの覚悟なんです」
シアの瞳が、シテンを真っすぐみつめる。
「何もできず、目の前で人が死ぬのを見るのは、もう嫌なんです。今まで私の目の前で、家族や冒険者さんが沢山死んでいきました」
シテンはこの時、シアの視線がここではない、どこか遠くを見ているような気がした。
「その時感じた無力感や、様々な責任から、私は逃げ続けてきました。その果てに行きついたのが迷宮都市で、今の私の有様です。……自業自得と言われれば、それまでかもしれません。でも、ボロボロになったシテンさんを見て、思いました。私はこれ以上、あんな無力感を感じたくはない。これまでのような生き方は、もう終わりにしたいんです」
「シア……」
「このまま一人で戦っても、勝ち目はないでしょう。けれど二人なら、可能性はまだあります。……シテンさんを一人で死なせはしません。どうせ死ぬのなら、私も最期まで抗いたい。……お願いです。私にも一緒に、戦わせてください」
「……」
シアの強い決意の前に、しばらく誰も口を開くことができなかった。
熟練の冒険者であるジェイコスでさえも、非戦闘員である筈の彼女の決意に感心する程だった。
「…………」
シテンは。
長い思考の果て、覚悟を決めた。
「シア、一緒に戦おう。……君の力、その眼を貸してほしい」
◆
(可愛かった妹分が、こんなに成長してたなんて)
そして現在。
シアと肩を並べて、戦場に舞い戻ったシテンは内心で密かに、シアの急成長に驚いていた。
(シアは新しい一歩を歩き出そうとしている。僕だって、ここで立ち止まっている訳にはいかないからね)
既に作戦は立てた。
ジェイコス達【大鷲の砦】のメンバーにも、出来る限りの協力を取り付けた。
あとは目の前の強敵に、これまでの全てをぶつけるだけ。
『驚いたなぁ、君たちがそこまで愚かだったなんて』
ミノタウロスの側で這いずる、蛇が嘲笑する。
『勝ち目なんてないって、さっきの戦いで理解出来なかったのかな? それとも何か作戦を思いついた? いずれにせよ、見せ物としてはなかなかの出来栄えだよね』
「誰だ、お前は」
シテンが冷たい声を出す。
初対面の筈だったが、蛇から放たれる冷酷な邪気に、シテンはどこか心当たりがあるような気がした。
『ん〜、君に名乗る必要はないかな? 大人しく僕らの言いなりになってくれるなら、お友達になれるかもしれないけど。……ミノタウロス。僕は一旦退くよ。この身体は偵察索敵用で、戦闘能力は持ち合わせてないんだ。そこのシテンが邪魔してなければ、『蛇の眼』も使えたんだけどね』
「……『蛇の眼』? どういう事だ」
『じゃあね。決着はここで着くだろうけど、くれぐれもしくじらないでくれよ?』
シテンの問いかけを無視して、ヨルムンガンドは瓦礫の隙間に潜っていく。
ミノタウロスを無視して追うこともできない。シテンは結局、ヨルムンガンドの逃走を許すしかなかった。
「俺は嬉しいぞ、シテン」
そしてミノタウロスは、歓喜していた。
「貴様との決着があのような形になったことは、俺としても不本意だった。……今度こそ、どちらかの命が尽きるまで戦おうではないか!!」
「望む所だ。決着をつけよう、ミノタウロス。今度は僕だけじゃない。二人の力で勝つよ」
「はいっ! 私も私にできる事で戦います!!」
シテンとミノタウロス。その二度目の戦い。
ミノタウロスの咆哮が、開戦の合図となった。
◆
人類と魔王、その長きに渡る戦いに、一つの転換点が訪れようとしている。
そのいずれかにとっての英雄が今、誕生しようとしていた。
◆◆◆
次から真の決戦です。
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