第102話 走馬灯
気付けば、僕は食卓に座っていた。
「………………?」
使い古された、香りの強い木製のテーブルに、肉料理が並んでいる。
多分これは、イノシシの肉だ。
「……なんでここに座ってるんだっけ?」
頭にもやがかかっていて、前後の記憶を上手く思い出せない。
何か大切なことを忘れているような気がする。
僕の思考を遮ったのは、後ろから掛けられた女性の声だった。
「ちょっとシテン、何ぼーっとしてるの? 座ってないで、夕食の準備手伝いなさいよ」
はきはきとした、芯の通った声。それでいて懐かしさを感じるこの声は。
「母さん……」
「ほらお父さんも、そこの皿持っていって。お料理できないんだから配膳くらい手伝ってよね」
「無茶言わないでくれ。足を怪我してロクに動けないの、知ってるだろ?」
「ハッハッハ! 狩人が獣に返り討ちにされるようでは、まだまだ二流じゃの! シテンの方がよっぽど見込みがあるわい!」
……母さんだけじゃない。父さん、爺ちゃんも。
家族全員が仲良く食事の準備をしていた。
ああ、思い出した。
僕はさっきまで確かに、ミノタウロスと戦っていた。
そして、敗北した。
「それにしてもビックリよ。まだ六歳のシテンが、こんな大きなイノシシを仕留めるなんて」
「シテンには狩人の才能があるのかもな。俺を超える日も遠くないかもしれない」
「儂の教育の賜物じゃろ! お前さんは偉そうな口叩いとらんで、さっさと怪我治さんかい!」
「ちょ……お義父さん、子供の前くらい格好つけさせてくださいよ!」
……段々思い出してきた。
今いる場所は、僕の
この使い古されたテーブルも、木材の香りや模様も見覚えがある。
これは、僕の過去の記憶。
そうだ、この光景は僕が六歳になった時の、誕生日パーティーだ。
確か、御馳走に使う肉が欲しいって話になって、怪我をしていた父さんの代わりに僕と爺ちゃんが、イノシシを狩ったんだ。
「…………」
だったら、これは現実じゃない。
今見ている光景は、夢の世界……走馬灯みたいなものかな。
だって僕の本物の肉親は、とっくに殺されてしまったのだから。
「さあシテン、せっかくの御馳走なんだから、冷めないうちに食べちゃいなさい」
「え?」
気付けば僕の身体は、六歳当時の小さな体に変化していた。
料理も出揃い、家族そろって食卓を囲んでいる。
「えっと……母さん、僕やらなきゃいけない事があって」
「何言ってるの? 何のことか知らないけれど、食べてからでも遅くはないでしょ? ほら、シテンが自力で狩ったお肉よ?」
家族全員が、今日のパーティーの主役である僕をじっと見つめている。
……そう言えば、今日は殆ど食べてないな。
目の前の御馳走を見ていたら、猛烈な空腹感が襲ってきた。
「シテン、食べないのか?」
「どうしたんじゃシテン、腹の調子でも悪いのか?」
「シテン? もしかして狩りの時に怪我でもしたの?」
肉親の顔で心配そうな顔をされると、夢と分かっていても気まずくなってしまう。
「シテン、食べなさい」
「きっと美味しいぞ」
「さあ、食べるんだ」
「…………」
僕を襲う謎の空腹感が、どんどん増していく。
そのせいか、明瞭になってきた頭がまた霞んでいく。
……どうせ夢の中だし、ちょっとくらい食べても平気だよね。
「……うん、食べるよ」
小さくなってしまった手で肉を切り分け、口に運ぼうとしたその時――
「シテンさん、ストーーーーーップ!!!」
家の玄関から、突如桃色の少女が飛び込んできた。
僕の名を叫んだその少女にはもちろん、見覚えがある。
「リリス?」
「そのお肉は食べちゃダメです! ていうか夢の中で食事は基本ダメです! 解散です解散!」
何の脈絡もなく現れたリリスが、妙なポーズでばたばたと体を動かすと、目の前にあった御馳走は煙のように消え失せてしまった。
「……あ、あれ? ここ夢の世界? 走馬灯だったよね? 死の間際に過去の記憶を振り返るっていう。なんでリリスが居るの???」
「それは私のセリフです! 突然シテンさんが夢の中に入ったと思ったら、瀕死になってるんですから! シテンさんの身にいったい何が――ちっさい! シテンさんちっさいですよ!? ショタの姿ですか!? ちょっと可愛すぎますよ!!??」
「落ち着いて?」
気が付けば、僕の記憶の中の家族はみな居なくなっていた。
スーハースーハーと、深呼吸するリリスの興奮が収まるのを待つ。
「ふぅ……。失礼しましたシテンさん。私がここに居るのは、サキュバスの夢の中に入り込む力を使ったからです!
「え、僕の睡眠時間が分かるの?」
「そんな事よりシテンさん! このまま眠り続けるのはダメです! このままじゃ二度と目覚められなくなっちゃいますよ! なんとかして起きないと!」
「起きるって、どうやって……?」
夢の中でこんなに明確に意識を保てているのは、リリスのお陰だろうか?
けれど夢から覚める方法なんて見当もつかない。そもそも自力で起きられるものなの? 頬でも引っ張るの?
「……仕方がありません。緊急時ですので……私が強制的にシテンさんを夢の中から追い出します!」
「へ?」
「じっとしててくださいね? 外したら大惨事になるかもしれませんので!」
「待って何する気――」
そう言うが否や、リリスのハート型の尻尾が勢いよく伸びたかと思うと、僕の脳天を深々と突き刺した!
「うわあああああぁぁぁ!!?」
「てぇいやあぁぁぁぁぁ!!!」
◆
◆
◆
めちゃくちゃ変な夢を見た気がする。
「痛ったぁ!?」
寝ていた僕が飛び起きると、全身に激しい痛みが走った。
全身ボロボロだ。これはミノタウロスの戦いでついた傷……という事は、現実世界に戻ってこれたみたいだ。
けれど僕の身体には、至る所に包帯が巻かれている。
誰かが手当てしてくれた? いったい誰が?
それに周囲を見ると、見覚えのない空間だった。
床も壁も天井も光を通さない、真っ黒な部屋。
正方形の部屋の四隅に、光源として
「――シテンさんっ!!」
その時、横合いから飛びつくようにやってきた一人の少女。
「良かった……! もし目が覚めなかったら、どうしようかと……」
「シア!!? どうして此処に!?」
白金の髪にアイスブルーの瞳。僕が見間違えるはずがない。間違いなくシアだ。
けれど彼女はルチアと一緒に地上に向かったはずだ。どうして僕の所に!?
「私も居ますよ、シテン」
「ニャ、ニャ~……」
「ちょっと、アンタ早くこの身体戻しなさいよ!! どうなってるのよコレ!?」
近くを見渡すと、ルチア(生首)も床に転がっていた。
それだけじゃない。置き去りにしたはずのチタとヴィルダも居る。
気絶していたヴィルダは目を覚ましたようだ。
「な、なんだこの状況……僕が寝てる間に、いったい何があったんだ」
「それについては、私から説明するね~」
やや気の抜けた、聞き覚えのある声が暗闇の奥から聞こえたかと思うと、そこから薄紫のローブを頭から被った、猫背気味の少女が姿を現した。
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