第95話 ミノタウロスとの再会
シアは生きていた。
全身血まみれで、顔色も真っ青だが、それでも生きていてくれた。
「シ、シテンさん……どうして此処に……?」
震える声で、シアがつぶやく。
信じられないものを見るように、涙で揺れるアイスブルーの瞳が僕を捉えている。
正直、勇者達に置き去りにされたと気づいたときは、もう二度と会えないと覚悟したくらいだ。シアが生きていてくれて、本当に良かった。
だが、素直に再会を喜べる状況ではないらしい。
「――存外に、早い到着だったな。シテン」
シアの傍らに座り込んでいた、巨大な影。
忘れもしない。【暁の翼】を一瞬で壊滅させ、僕が追放される遠因を作ったバケモノ、ミノタウロス。
だが僕の記憶にある奴の印象と、今の奴から感じる印象には、大きな差異があった。
「お前、話せるのか」
そう、僕がミノタウロスと最初に遭遇した時、奴からは知性の欠片も感じられなかった。
視界に入る物全てを壊し、衝動のままに暴れ回る獣。当然、会話が成り立つ知性もない。
故に単調な搦め手で時間稼ぎし、勇者達を逃がすことができたわけだけれど。
「お前達と最初に出会った時、俺はまだ
ミノタウロスが立ち上がる。
傍の地面には血濡れの巨斧が刺さっている。あの凶器で
だが、武器を手に取る様子はない。それどころか、敵意すら感じられない。
「シテン。俺がここに居るのは、お前を待っていたからだ」
「僕を……?」
「単刀直入に言おう。お前の力が必要だ」
ミノタウロスの牛頭がこちらを正面から見つめている。
その表情からは、内心を窺うことはできない。
「俺はお前と取引がしたい。お前が大人しく俺に従うのであれば、お前とこの聖女、シアの無事を約束しよう。無論、これ以上他の人間にも危害は加えない」
……は?
「待て。どういう意味なんだ」
「理解できないのも無理はない。順を追って話そう」
「何ふざけた事ほざいてやがる牛頭!! おいシテン! さっさとあのクソ野郎をぶっ殺せ!」
「ちょっと黙っててくれる?」
さっきからずっと手に持っていた、イカロスの生首が叫び出した。
うるさいので頭を真っ二つにして黙らせる。
「……俺の最終目標は、この忌々しい迷宮から同胞を解放する事だ。熾天使の破壊など、ただの寄り道に過ぎん」
「寄り道……? これだけの犠牲者を出しておいて、ただの寄り道だっていうのか?」
周囲には、イカロスに同行した冒険者の死骸が無数に転がっている。
「その過程で数多くの被害を出したことは詫びよう。だがこれは迷宮誕生以来、数千年に渡る悲願なのだ。……迷宮で生まれた魔物は、その一生を迷宮の中で過ごす。例外なく、魔物達は迷宮の外には出られない……そのはずだった」
……少し長い話になりそうだ。
両手に持っていたイカロスとルチアの首を地面に転がし、身軽な状態にする。
彼らは道案内としての役目を果たした。約束通り今は殺さないでおく。
ちなみに、チタとヴィルダの生首はお留守番だ。流石に四人分の首は持てなかった。
「そこにシテン。お前が現れた。魔物の死体を迷宮外に持ち出すことができる、【解体】のユニークスキルを持ったお前が」
……!
なんとなく、話が見えてきた。
「お前の解体スキルは、
……可能だ。
解体スキルの『状態を維持する』性質。
解体した魔物の死体が残り続けるのも、斬った傷が治らないのもこの性質のせいだ。
今、イカロスとルチアが転がっているように、この性質は生者にも適用できる。
そしてクリオプレケスを生け捕りにしたように、生きた(?)魔物にも適用する事ができる。
「この迷宮は俺達にとって、監獄なのだ。一生を檻の中で過ごし、本物の大地、空海、星々を知らぬまま死んでいく。……あまりに悲しいと思わないか? 俺たちが何をした? 魔物は生まれながらに悪だとでも言うのか?」
「…………」
脳裏に、リリスの姿が思い浮かんだ。
魔物である彼女は、地上に出ることができない。たとえどれだけ善良な少女であっても。
彼女は危険の溢れるこの迷宮で、一生を過ごすことになるだろう。
「無論、迷宮の魔物が外に出れば、世界に大きな影響を及ぼすだろう。だが俺たちも人間との争いは望まない。その点はこちらも考慮しよう。……地上に逃がす魔物は厳選する。人類に脅威を及ぼさない者、友好的である者を見繕おう」
「――――」
「人類と魔物の共存。その懸け橋になれるのが、お前なのだシテン。虫のいい話だとは分かっている。だがそれでも、お前しか頼りにできない。どうか、俺に力を貸してくれないか」
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