第92話 勇者、シテンと再会する(勇者視点)


(三人称視点)


「へへ……逃げ切ってやったぜ」


 イカロスは背後を振り返り、ミノタウロスの姿が無いことを確認すると安堵の声を上げた。

 少し遅れて、ヴィルダ、チタ、ルチアの残りの勇者パーティーも集結する。


「ヤバいニャ、他の冒険者を置き去りにして逃げちゃったニャ……ヤバいニャ」


「し、仕方ないでしょ!? イカロスまでやられたんだから、どうあがいても勝ち目なんてないじゃない! アイツらが死ぬより私達が死ぬ方が大問題でしょ!?」


「……残念ながら、ウリエル様とシアを同時に運ぶことはできませんでした。彼女の身体能力では、私達には追い付けなかったでしょう」


 ルチアは相変わらず何の表情も浮かべず呟いたが、どこか声が沈んでいるように聞こえた。

 数少ない同胞である聖女を見捨てたという事実は、ルチアも思うところがあったらしい。


「冒険者共の事はどうでもいい。勝手についてきて勝手に死んだだけだからな。何が起きても自己責任。それが冒険者ってものだろ? むしろ、俺のために死ねるんだから本望だろ」


 他の三人と違って、勇者イカロスだけは全く悪びれた様子を見せていなかった。

 彼は、他人の命を何とも思っていない。


「さっさと地上に戻るぞ。……言っとくが、ミノタウロスが倒せなかったのは俺のせいじゃない。ウリエルの加護を貰ってなかったからだ! あんな牛野郎、ウリエルの加護を貰えば瞬殺だ!!」


 二度目の敗北を喫したイカロスは、しかしまだ自分の実力不足を認めていなかった。

 実力差を理解していない彼は、次こそは勝つ、と息巻いていたが。



 イカロスに、『次』の機会は訪れない。




「…………あ?」



 気付けば、目の前に人影があった。

 黒髪黒目。背丈が少し低いくらいで、これといって特徴のない平凡な少年。

 その身には闇のような外套と、肉と骨が混じったように見えるグロテスクな籠手をつけている。

 少年は、石膏を塗り固めたような無機質な表情で、イカロスを見ていた。


 イカロスは、彼の事をよく知っていた。



「シィィィテェェェンンンン!!! 会いたかったぜぇぇ!!!??」



かつてイカロスが探し求めた、シテンの姿が目の前にあった。



「ニャッ!? シテン!?」


「は? なんでアイツがここに居るのよ?」


「…………」


 ヴィルダ、チタが困惑の表情を見せる中、ルチアだけは何かを察したようだった。

 そして、彼女の予感は的中する。それも最悪の形で。



「シアを捜しに来たんだ」


「あ?」


「大切な家族を、捜しに来た。……シアは何処に居る」



 シテンはゆっくりと、短剣を前に構えた。



「お前たちと同行していたと聞いた。沢山の冒険者も。けれど今は、どちらも居ない。……もう一度聞く。シアを何処へやった?」




「ハッ、急に何を言い出すかと思えば……テメエには関係ない話だぜ。それより俺から奪った金を返してもらおうか!!」


置き去りにしたのか?・・・・・・・・・・


「ッ!?」


 イカロスが図星を突かれて、一瞬動揺の気配を見せる。

 それだけで十分だった。シテンには勇者達がどんな所業を行ったのか、想像できてしまった。

 シテンも、元勇者パーティーの一員だ。彼らの考えそうなことはよく分かる。



「か、関係ねぇって言ってんだろ!! 俺の話を無視するんじゃねぇ! とにかく金を――」


「――僕が間違っていた」



 シテンは、イカロスの喚きなど耳に入れていない。

 強く、覚悟を決めるように、己に言い聞かせるように呟く。


「目の前の障害から、避け続けていた。関わらないようにしていれば、いずれ僕らの下を通り過ぎる、嵐の様なものだと思っていた。……僕の考えが甘かった。家族や仲間に不幸をもたらす障害は、積極的に取り除く・・・・・・・・べきだった・・・・・



 自己に対する戒め。

 勇者という騒動の種を、駆除するのではなく避け続けていた事で、起きてしまった悲劇。



「もう迷わない。目の前に立ちふさがる障害は、この手で全て解体してやる」


 シテンの瞳には、覚悟の光が宿っていた。

 目的のためには手段を選ばないという、昏い覚悟の光が。



「ヴィルダ、チタ、ルチア、イカロス。……僕の質問に答えろ。さもなければ、お前たちを殺す」


 【解体】スキルが、シテンの殺意と覚悟を糧に、唸りを上げる。

 目の前の敵を、バラバラにしろ、と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る