第92話 勇者、シテンと再会する(勇者視点)
(三人称視点)
「へへ……逃げ切ってやったぜ」
イカロスは背後を振り返り、ミノタウロスの姿が無いことを確認すると安堵の声を上げた。
少し遅れて、ヴィルダ、チタ、ルチアの残りの勇者パーティーも集結する。
「ヤバいニャ、他の冒険者を置き去りにして逃げちゃったニャ……ヤバいニャ」
「し、仕方ないでしょ!? イカロスまでやられたんだから、どうあがいても勝ち目なんてないじゃない! アイツらが死ぬより私達が死ぬ方が大問題でしょ!?」
「……残念ながら、ウリエル様とシアを同時に運ぶことはできませんでした。彼女の身体能力では、私達には追い付けなかったでしょう」
ルチアは相変わらず何の表情も浮かべず呟いたが、どこか声が沈んでいるように聞こえた。
数少ない同胞である聖女を見捨てたという事実は、ルチアも思うところがあったらしい。
「冒険者共の事はどうでもいい。勝手についてきて勝手に死んだだけだからな。何が起きても自己責任。それが冒険者ってものだろ? むしろ、俺のために死ねるんだから本望だろ」
他の三人と違って、勇者イカロスだけは全く悪びれた様子を見せていなかった。
彼は、他人の命を何とも思っていない。
「さっさと地上に戻るぞ。……言っとくが、ミノタウロスが倒せなかったのは俺のせいじゃない。ウリエルの加護を貰ってなかったからだ! あんな牛野郎、ウリエルの加護を貰えば瞬殺だ!!」
二度目の敗北を喫したイカロスは、しかしまだ自分の実力不足を認めていなかった。
実力差を理解していない彼は、次こそは勝つ、と息巻いていたが。
イカロスに、『次』の機会は訪れない。
「…………あ?」
気付けば、目の前に人影があった。
黒髪黒目。背丈が少し低いくらいで、これといって特徴のない平凡な少年。
その身には闇のような外套と、肉と骨が混じったように見えるグロテスクな籠手をつけている。
少年は、石膏を塗り固めたような無機質な表情で、イカロスを見ていた。
イカロスは、彼の事をよく知っていた。
「シィィィテェェェンンンン!!! 会いたかったぜぇぇ!!!??」
かつてイカロスが探し求めた、シテンの姿が目の前にあった。
◆
「ニャッ!? シテン!?」
「は? なんでアイツがここに居るのよ?」
「…………」
ヴィルダ、チタが困惑の表情を見せる中、ルチアだけは何かを察したようだった。
そして、彼女の予感は的中する。それも最悪の形で。
「シアを捜しに来たんだ」
「あ?」
「大切な家族を、捜しに来た。……シアは何処に居る」
シテンはゆっくりと、短剣を前に構えた。
「お前たちと同行していたと聞いた。沢山の冒険者も。けれど今は、どちらも居ない。……もう一度聞く。シアを何処へやった?」
「ハッ、急に何を言い出すかと思えば……テメエには関係ない話だぜ。それより俺から奪った金を返してもらおうか!!」
「
「ッ!?」
イカロスが図星を突かれて、一瞬動揺の気配を見せる。
それだけで十分だった。シテンには勇者達がどんな所業を行ったのか、想像できてしまった。
シテンも、元勇者パーティーの一員だ。彼らの考えそうなことはよく分かる。
「か、関係ねぇって言ってんだろ!! 俺の話を無視するんじゃねぇ! とにかく金を――」
「――僕が間違っていた」
シテンは、イカロスの喚きなど耳に入れていない。
強く、覚悟を決めるように、己に言い聞かせるように呟く。
「目の前の障害から、避け続けていた。関わらないようにしていれば、いずれ僕らの下を通り過ぎる、嵐の様なものだと思っていた。……僕の考えが甘かった。家族や仲間に不幸をもたらす障害は、
自己に対する戒め。
勇者という騒動の種を、駆除するのではなく避け続けていた事で、起きてしまった悲劇。
「もう迷わない。目の前に立ちふさがる障害は、この手で全て解体してやる」
シテンの瞳には、覚悟の光が宿っていた。
目的のためには手段を選ばないという、昏い覚悟の光が。
「ヴィルダ、チタ、ルチア、イカロス。……僕の質問に答えろ。さもなければ、お前たちを殺す」
【解体】スキルが、シテンの殺意と覚悟を糧に、唸りを上げる。
目の前の敵を、バラバラにしろ、と。
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