第91話 勇者、二度、敗走(勇者視点)
(三人称視点)
そこからは、一方的な展開な展開だった。
迷宮都市全体から見ても屈指の実力を持つ冒険者達が、虫けらのように殺されていく。
ミノタウロスに近づいた者は、その巨斧で。
逃げようとしたものは、動く壁や天井に叩き潰された。
勇者パーティー【暁の翼】も、必死になって戦った。
だが既に、パーティーの中核である勇者イカロスは戦闘不能な状態。
残りの三人では、聖女の加護があったとしても相手にならなかった。
ヴィルダも、チタも既に手酷くやられて地面に転がっている。
無傷なのは、戦闘に参加できないシアくらいだった。
「やむを得ませんね」
結界による防御と回復術で戦線を維持していたルチアがそう呟くと、懐から何かを取り出した。
まるで溶かした蝋を無理やり成形したような、歪な形をした短剣だった。
「聖教会より授けられた、対墓守用兵器。本来は別の機会で使う筈だったのですが……緊急事態ですので」
ルチアがそれを、ミノタウロス目掛けて投擲した。
「!!」
何かを感じ取ったのか、驚異的な反射速度で、ミノタウロスが身を捻って回避する。
躱された短剣は迷宮の壁に突き刺さると、瞬間凄まじい爆発が起こり、迷宮の壁に大穴を空けた。
「今のを避けますか……ですが、まだです」
ルチアが機械の様に平坦な声で呟く。
投擲した短剣は爆発を起こしたにもかかわらず、傷一つない状態で床に転がっていた。
そこから、金色に発光する鎖が伸びて、ミノタウロスの身体を拘束する。
「『聖鎖』」
「!!」
ミノタウロスの動きが止まる。
そして彼女が生み出した隙を見逃さない者がいた。
「うおおおぉぉぉぉお!!?」
そう、イカロスだ。
床に紙クズのように転がっていた筈のイカロスは、バネのような動きで跳ね起きると、【勇者】スキルを使い爆発的な速度で飛び出した。
ミノタウロス――ではなく、その後ろ、壁に空いた大穴に向かって。
「やってられるか!! 俺は逃げるぞ!!?」
そう、イカロスは逃走のチャンスを窺うために、今まで死んだフリをしていたのだ。
必死に抵抗していた冒険者達が、絶望の声をあげる。
「そんな、勇者様!?」
「俺たちを置いていくつもりなのか!?」
「知るかっ! 俺はこんな所で終わっていい存在じゃない! お前らは俺の為に死ね!!」
そう吐き捨てたイカロスは一人で大穴に突っ込み、あっという間に姿を消してしまう。
「ま、待ってよ!」
「アタシらも逃げるニャ!」
続いて勇者パーティーのヴィルダとチタまでもが、大穴に飛び込む。
「ごめんなさい、シア」
そして、聖女ルチアまで。
二人を結んでいた『共視の糸』はいつの間にか解かれていた。
「なっ……」
後衛である聖女とはいえ、冒険者としてレベルアップした肉体は常人とは比べ物にならない。
容易く石像を持ち上げた彼女は、シアが追いつけない速度で大穴の奥へ姿を消した。
直後、大穴が塞がり聖鎖が解除され、ミノタウロスが自由を取り戻す。
「――――」
――ミノタウロスは、彼らを追わなかった。
「うわあああ、もう終わりだ!」
「俺たちを見捨てたんだ、足止めにするために!」
残った冒険者が喚きだしたが、現実はどうにもならない。
「先に、残った羽虫共を片付けるとするか」
再びミノタウロスによる鏖殺が始まる。
冒険者達の攻撃は一切通用せず、逃げ場の無い空間で次々と叩き潰されていく。
「助けてくれっ!! 誰か、誰か!!」
「畜生、勇者なんか信じた俺が馬鹿だった! あいつら呪い殺してやる!」
「シア様、あんた聖女なんだろ!? 俺たちを助けてくれよ!!」
「あなたも私達を見捨てるのですか!?」
「聖女様!」
「聖女様!」
「聖女様!」
「あ、あ……私は、私は……」
シアには、何の戦闘力もない。
この場を切り抜ける術も持っておらず、彼らを助ける事もできない。
彼女にできるのは、血と臓物と恨み言を撒き散らす冒険者達を、眺めている事だけだった。
◆
「さて、概ね片付いたな」
辺りは静寂が満ちていた。
あれだけ居た冒険者達の姿はなく、代わりに何かの肉片と血溜まりが一面に広がっているだけ。
その血溜まりに、聖女シアは一人佇んでいる。
「聖女。なぜ俺が、お前を最後に残したのか分かるか?」
ミノタウロスが、ゆっくりと近づく。
シアは逃げることができない。逃げ場などどこにも無い。
「お前からあの解体師……シテンの匂いがしたからだ」
巨大な手が、シアの体を乱暴に掴む。
「察するに、あの場でお前だけが、シテンと友好的な関係を結んでいるのだろう? 俺の足を斬り落とした奴が勇者と共に行動していないのならば、何かしらのトラブルがあったのだろう」
「ッ」
シアの心は、とっくに折れていた。
アイスブルーの瞳が絶望で濁る。
「ウリエルの破壊も重要だが、それよりも大切なのはシテンだ。俺たちは、奴に用がある。無論、俺個人としてもな」
「シテン、さんが……?」
「お前には、シテンを誘い出す餌になってもらう。それまでの間は生かしておいてやる」
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