第90話 勇者vsミノタウロス


(三人称視点)


「出たっ、ミノタウロスだ!」


 取り巻きの冒険者の誰かが叫ぶ。

 魔王の配下、【墓守パンドラガーディアン】。





▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

【ミノタウロス】 レベル:50

性別:オス 種族:魔物、魔族、悪魔、墓守(ミノタウロス)


【スキル】

迷宮改変ダンジョンマスター……自在に迷宮の地形を操作する権能。

〇■■■■……NO DATA


【備考】

なし

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲



「クソが、なんでテメェがこのタイミングで……!?」


 勇者イカロスが狼狽した声を上げた。


「なに、俺一人では、なかなか熾天使を見つけるのに手間取ってしまうからな。代わりにお前たちが見つけるのを待っていただけの事。……魔王様の仇敵、熾天使ウリエル。その命、貰い受けるぞ」


 そう言うが否や、その巨体にそぐわぬ凄まじいスピードで突撃してくるミノタウロス。

 狙いはもちろん、地面に転がったウリエルの石像だ。



「総員、戦闘準備!」

「ウリエル様を守れぇ!」

「こっちは聖女二人に勇者様も居るんだ! これだけ人数がいりゃ負ける訳ねぇ!」


 迎え撃つは、五十人近くの高ランク冒険者。

 勇者と同じAランク冒険者だけで十人を超え、その他もBランク。それが全員、聖女が近くに居ることで、スキルの性能が二重ブーストされている。


 並のAランクモンスターであれば、一瞬で勝負はついていただろう。

 しかし、ミノタウロスは並の魔物ではなかった。


退け、有象無象共!」


 どの冒険者よりも早く、ミノタウロスが両手で巨斧を振るうと、紙クズのように冒険者の上半身だけ・・・・・が吹っ飛んだ。

 残された下半身が力なく地面に倒れ、だくだくと血が溢れ出す。


「なっ、うわあぁ!?」

「怯むなっ、仕留めろ!」


 もちろん、百戦錬磨の冒険者達も黙ってはいない。

 攻撃の隙を突いて、それぞれの手段でミノタウロスを攻め立てる。

だが……


「効いてない!? これが魔王の力か!」

「やっぱり俺達じゃ相手にならないのか!?」


 攻撃の嵐をまともに受けたミノタウロスの身体には、傷一つ付いていなかった。

 攻撃は直撃している。しかし、まったくダメージを与えられないのだ。


「それで終わりか? ……やはり貴様らでは相手にもならんな。もはや興味すら無い。即刻死ぬがいい」


 どこか呆れたように呟くミノタウロスがまた巨斧を振るうと、それだけで数人の冒険者がまた命を散らした。


 ……この時点で、全員が悟った。

 ミノタウロスを倒せるのは、勇者パーティー【暁の翼】だけなのだと。



 そして、当の本人である勇者イカロスは。


(逃げるか)


 取り巻きの冒険者を置き去りにして、自分だけ逃げようとしていた。


「ニャッ!? どこ行くニャ、イカロス!?」


「自分だけ逃げるつもり!? 置いてかないでよ!!」


 近くに居たチタとヴィルダが、イカロスが敵前逃亡しようとしている事に気付いた。


(天使の加護も授かってないのに、あんな化け物相手にしてられるか! 俺はさっさと帰らせてもらうぜ!)


 内心でそう吐き捨てるイカロスだったが、彼の企みはあっけなく頓挫する事になる。


「なっ……出口が、無い!!?」


 イカロス達が今いるこの場所は、洞窟の複数の通路が繋がった、少し開けた場所になっていた。

 そして複数の出口が存在していた筈だが、その全てが壁で塞がれていたのだ。


「――逃がす訳がないだろう。俺が居る限り、蟻一匹この場から逃げる事は許さぬ」


 これがミノタウロスの権能スキル。【迷宮改変ダンジョンマスター】。

 迷宮の壁や床、地形を自在に操作し、自身が圧倒的に有利なフィールドを作り出す。

 そして迷宮の地形は、壊しても再生する。密室と化したこの場所から出るのは、容易ではない。


今度こそ・・・・逃がさぬぞ、勇者共。あの時のお礼をたっぷり返してやる」



(……ミノタウロスが、明確な理性を伴って行動している?)


 聖女ルチアは、内心で困惑していた。

 ルチアはもちろん、イカロスら勇者パーティー一行は、以前にミノタウロスと戦ったことがあった。


(私達が敗北したあの時、ミノタウロスは獣のように暴れまわるだけで、言葉を解すような知性はありませんでした。……この短期間に、ミノタウロスの身にいったい何が? 急成長を遂げたとでもいうのでしょうか)


「今度こそ逃がさぬぞ、勇者共。あの時のお礼をたっぷり返してやる」


 そう言ってミノタウロスの意識がこちらに向いた事を悟ったルチアは、ウリエルを保護する結界を張りながらイカロスに進言した。


「勇者様。この場から逃げることは難しいようです。どうかご決断を」


「チッ……クソがああああ!!!」


 逃げ場が無いとなれば、さしもの勇者も覚悟を決めるしかなかった。


「やってやる……あの時とは状況が違う。味方も大勢いるし、聖女だって二人居る。俺はやれる! ――【勇者】スキル、発動!!」


 イカロスが宣言した瞬間、彼の身体が黄金の光に包まれる。


 ユニークスキル【勇者】。

 女神により後天的に与えられた、ユニークスキルの中でも更に例外のスキル。

 その効果は、全身体能力の爆発的向上である。


「逃げ場を塞がれた!?」

「戦うしかない、ここでアイツを倒すしかない!」

「なら俺たちは足止めで構わない! 勇者様のために命を費やせ!」

「攻撃でなく、防御に専念しろ! 勇者が攻撃できる隙を作れ!」


「どけええええええ!!!!」


 音を置き去りにする速度で、単身で突撃するイカロス。

 ミノタウロスと応戦していた冒険者に一瞬で近づくと、彼らごと・・・・ミノタウロスを聖剣で斬りつけた。


 バターのように、冒険者の身体が真っ二つに崩れていく。


「え……なんで」

「勇者様!? 今のは味方ですよ!?」


 そしてミノタウロスの身体も同様。

 その丸太のような右腕が、いともたやすく切断される。


 そして勇者の攻撃は終わらない。


「唸れ! 聖剣ダーインスレイヴ!!」


 ……聖剣ダーインスレイヴの能力。斬った相手の力を内部に取り込む性質。

 たった今切り伏せたミノタウロスと冒険者・・・から、その生命エネルギーを吸収していく。


「びゃあぁぁ!?」


「ヘッ、悪いな。アイツを倒すための尊い犠牲だったと思って、諦めて死んでくれ」


 まだ息があったその冒険者は、聖剣に力を吸い取られて、干からびたミイラのようになって死亡した。

 そして。


「聖剣解放! ぶち殺してやらあああぁぁぁぁ!!!!」


 聖剣ダーインスレイヴの赤黒い刀身が黄金に染まる。

 そして、内部に蓄えられた莫大なエネルギーが、またしても女神の許可なしで放たれた。


「グッ……グオオォォォァァァ!!??」


 圧倒的な力の奔流。

 以前狂精霊相手に使った時と違い、完全装備かつ聖女二人のブーストが掛かった状態での聖剣解放だ。

 その火力は比べ物にならなかった。

 黄金色の光はミノタウロスの身体を焼き尽くすと、やがて大爆発を起こした。



「やったかニャ!?」


「さっすがイカロス! やっぱり私達が負ける訳ないのよ!」


 チタとヴィルダは、その光景を見て勝利を確信していた。

 間違いなくミノタウロスは、聖剣の攻撃をまともに食らった。

 あんな高密度のエネルギーに焼かれて、生きていられる筈がない、と。


(……勢い余ってまた聖剣の力勝手に使っちまったけど、流石に許してもらえるよな? 元々魔王を倒すために貯めてたって話だし、魔王の配下に使っても同じだろ)


 一方イカロスは、勝手に聖剣に蓄えられていた力を使ってしまった事に対し、内心で言い訳を考えていた。

 彼本人も、イカロスの最大火力である攻撃を受けたミノタウロスが生きているとは、欠片も考えてはいなかった。


 ……だが、その場に居たシアだけは、その様子をつぶさに捉えていた。



「ま、まだです!」


「あ?」


 イカロスが呆気にとられた声を上げたその瞬間、彼の身体が吹っ飛ばされた。


「ぐぇぎおぼぁ!?」


 身体能力が向上していたお陰か、身体が千切れることは無かったが、鼻血を噴きだしながら紙クズのように吹っ飛ぶイカロス。


 べしゃ! と音を立てて迷宮の壁に激突し、そのまま動かなくなった。


「――憐れな道化だな、勇者よ」


 土煙の中から、ミノタウロスが姿を現す。

 その身体には、傷一つ付いて・・・・・・いなかった・・・・・


「女神の名を騙る愚か者、それに踊らされる憐れな道化。……せめてもの情けだ。この俺がお前の無様な人生に、幕を引いてやろう」


 シアの眼は、真相を【鑑定】していた。

 ミノタウロスは内部を焼き焦がされたあの状態から、五体満足の状態まで再生・・したのだと。


 ミノタウロスの牛頭が、醜く歪む。


「鏖殺の時間だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る