第88話 勇者、煽動する(勇者視点)


(三人称視点)


 勇者パーティー【暁の翼】が突然、冒険者ギルド西支部を訪れた。


「聞け! 冒険者共よ! 俺達はこれから、魔王の手先ミノタウロスを討つための聖戦を始める!」


 連日の失態で評判が地に堕ちていた勇者イカロスだが、それがかえって冒険者達の興味を惹いた。

 元々噂好きの冒険者達は、あっというまに野次馬の群れを作りだす。


「俺たちは確かに一度、ミノタウロスに敗北した! だがそれは、【暁の翼】に足手まといが居たからだ! アイツを追放した今、二度とあんな失態はしない!」


 野次馬達の中から失笑が漏れる。

 イカロスの言った足手まといとは、シテンの事だ。

 だが先日の連続石化事件の解決を皮切りに、シテンの実力を再評価する者も増えていた。

 冒険者達の中では、「勇者パーティーの今までの活躍はシテンが居たからこそであり、ここ最近の失態はシテンが居なくなったからじゃないのか?」と噂されていた。


 だが勇者を嘲笑う雰囲気は、イカロスの発した次の言葉で一変する。


「そして、俺達は新たな力を得た。それがここに居る彼女、『八人目の聖女』シアだ」


 ギルドの中が一気にざわめく。勇者の傍には、一人の少女が佇んでいた。


「八人目だって?」

「本当だ、ステータスに聖女って書いてある」

「でもあの子、見覚えがあるよ」

「鑑定屋の店主じゃなかった? 『鑑定ちゃん』って呼ばれてた気がする」

「鑑定ちゃんにお世話になったことはあるが、ステータスに聖女なんて書いてなかったぜ?」

「どういう事だ? 本当に聖女なのか?」


 聖教会が擁する七聖女の存在は、世界的にもかなり有名だ。

 そこに新たに八人目が加わったという衝撃と、それが勇者と共に行動している事。

 勇者の発言を疑う者、シアの存在を以前から知っていた者の困惑が入り混じって、ギルド内は混沌とした状況に陥った。


「静まれ! ……ここに居るシアは、紛れもなく本物の聖女だ。そして俺たちはシアとルチア、二人の聖女の力を借りて、【土の熾天使】ウリエルの捜索に挑む」


 イカロスの一声で一時は場が静まったが、ウリエルの名が出た途端再び混沌が訪れた。


「ウリエル? 神話やおとぎ話に出てくるウリエル様の事か?」

「大天使ウリエル様が力を貸してくれるって事?」

「なんかどんどん話がでかくなってきたな」


「熾天使ウリエルは、魔王の呪いを受け石化してしまった。その身は迷宮の何処かに眠っている。それを聖女二人の力で探し出し、熾天使の加護を得てミノタウロスへ挑む! これが今回の聖戦における作戦だ」


 イカロスはここぞとばかりに口を回す。

 幸か不幸か、イカロスには扇動者としての才能があった。それに勇者の威厳と自身のプライドが合わさって、これまでの勇者像を作り上げていたのだ。


「だが、ウリエルの捜索にどれくらい時間が掛かるかは分からない。その間にも、ミノタウロスの蛮行による被害は増え続けている! もはや一刻の猶予もない。Sランク冒険者も頼りにならない今、勇者であるこの俺がやるしかないんだ」


「Sランクの代わりに、お前が戦うってのか!」

「流石勇者様だ! 見直したぜ!」

「あいつら肝心な時に役に立たねぇからな、頼りにしてるぜ!」

「そもそも【狂犬】に任せたのが間違いでは?」


 この辺りで、勇者の言葉に同調する者が現れ始めた。

 但し、そのほとんどはアドレークが仕込んだサクラだが。


「そこで俺は考えた。時間が無いのなら、人手を増やせばいいと。……俺たち【暁の翼】は、共にこの聖戦を戦い抜く仲間を募る事にした!」


「うおおお!」

「俺たちが、勇者様と一緒に戦えるのか!?」

「聖女、勇者、天使様と肩を並べて戦えるなんて、一生の自慢になるぜ!」

「俺は行くぞ!」


「――話は聞かせてもらいました、勇者様」


 そこへタイミングを見計らって、待機していたアドレークがやって来た。


「私共ギルド西支部も、此度の聖戦にて全面的なサポートをお約束しましょう。資金、装備、人材、薬品。なんでも必要な物をお申し出ください。――そして、聖戦に参加した冒険者には、私から特別報酬を与える。人類のため、世界のため、今こそ身命を賭して戦う時だ」


 アドレークの全面的な協力宣言を聞いて、場のボルテージは最高潮に達した。


「また明日のこの時間、俺たちはここに来る。共に戦いたい者は、準備を整えてここに来い。――【勇者】イカロスの名に懸けて、ここに勝利を誓う! 俺たちに不可能は無い!!」


「勇者様万歳! 聖女様万歳!」

「聖戦だなんて……まるでおとぎ話の中にでも入った気分だ」

「功績を挙げれば、俺たちの名が歴史に刻まれるかもしれないな」

「元々名を上げるために冒険者になったんだ。こんなビッグチャンス二度と無いぜ! 俺は戦う!」

「俺も俺も!」


 イカロスの演説が終わり、ギルド内部は沸き立っていた。

 既に勇者を蔑むような空気は一変し、勇者を賛美する声が目立つようになっていた。


 その様子を見て、イカロスは内心でほくそ笑む。


(ククク……馬鹿なヤツらだ。俺がお前らを集めたのは、ミノタウロス用の囮と肉盾・・・・を用意するためだぜ。戦果を挙げるのは俺達だけで十分だ。お前らは精々肉壁として頑張ってくれ)


 ルチアからミノタウロスによる妨害の可能性を聞いたイカロスは、他の冒険者を巻き込んで身代わりにすることを思いついたのだ。


 アドレークが仕込んだサクラによる演出と、イカロスの演説が合わさって、聖戦の話題が一気に迷宮都市中に広まる事になった。

 そして翌日。迷宮都市中から集められた精鋭冒険者と共に、勇者パーティとシアは【魔王の墳墓】へ挑む事になったのだ。



 そして、現在。【魔王の墳墓】第17階層。


 ミノタウロスの目撃情報が最も多いこのエリアで、勇者一行は探索を行っていた。


「へっ、一丁上がりだぜ」


 そう勝利宣言を告げたイカロスの足元には、Aランクモンスター、ケルベロスの死骸が転がっている。

 本来この階層に居ない筈のケルベロスに襲われるというアクシデントが起きたのだが、多勢に無勢。

 以前の失態の時と違い、ちゃんとした装備を拠点から持ち出したイカロスと、聖女二人分のブーストでスキルを強化されたAランク冒険者達。

 幾らケルベロスと言えども、流石に分が悪かった。


「おい、調子はどうだ?」


 イカロスが、側のルチアとシアに話しかける。


「やはり、ウリエル様はこの階層付近で眠っていらっしゃるようです。先ほどから、土の元素が混じった、純粋で巨大なエネルギーを感じます」


 ルチアとシアの身体は、特殊な『糸』で結ばれていた。

 これは互いの視界を共有する、という効果を持った、『共視の糸』と呼ばれるマジックアイテムだ。

 聖女の『力の流れを視る視界』と、シアの『万物を鑑定する視界』の合わせ技で、ウリエルの発する力の流れを追っていたのだ。

 そして、シアの逃走を防止するための道具でもある。


「ミノタウロスがこのエリアを徘徊しているのも、ウリエル様が目的で間違いないでしょう。魔王の手先にとって、天使は宿敵。眠っている今のうちに見つけ出し、破壊するつもりなのでしょう。なんとしても阻止しなければなりません」


「よし。お前たちはそのまま探索を続けろ。見つけたらすぐに知らせるんだ。……あ、ミノタウロスの気配もちゃんと探知しとけよ?」


 言うだけ言って勇者はさっさと先に進んでいく。

 ルチアはその様子をいつもの無表情で見送ったが、大してシアの表情には疲労が浮かび始めていた。


(私が失敗したせいで、こんな事態になってしまうなんて……)


 戦う術を持たない彼女が、迷宮という死地に無理やり連れてこられた事による緊張と、『八人目の聖女』として向けられる眼差しへのストレス。

 何より、自分の素性が暴露された事で、安寧の日々がもう二度と戻らないと確信してしまったシアの心身は、急速に蝕まれていた。


「――大丈夫ですか?」


 そんなシアの様子に気付いたのだろうか、ルチアが声を掛ける。


「……ルチア、さん」


「気分が優れないならば言ってくださいね。遠慮することはありません。私達は、共に、世界を救う使命を担う存在、聖女なのですから」


「……どの口が」


 仲間面をして話しかけてくるルチアに、思わず恨み言を吐いてしまうシア。

 しかしルチアは意に介した様子もなく。


「多少強引な手段を取ってしまった事は、申し訳なく思っています。ですが今回の戦いでは、どうしてもあなたの力が欲しかった。その分の誠意は、既にお見せしたつもりですが?」


 ルチアは予め、シアが従順な態度を見せるなら、譲歩を行う事を伝えていた。

 孤児院への危害を加えない事、そしてシアの出自と真名を隠す事。

 成り行き上、聖女である事実は公にせざるを得なかったが、それでもシアのステータスの名前に、偽装を掛けたままにしておく事を認めたのだ。


「貴方とは今後とも長い付き合いになりますからね。一方的に縛り続けるのではなく、譲歩の姿勢を見せる事で、いずれはお互いに歩み寄る未来が訪れる事でしょう」


「……私は、あなたの事を絶対に許しません。孤児院のみんなを盾にして、私だけでなく、大勢の人の人生までめちゃくちゃにしようとしている。……聖女だなんて、形だけです。あなたの所業は、人道から外れている」




「心外ですね」


 ここで初めて、ルチアが作り物めいた表情に感情らしき色を見せた。

 シアは最初、自分の発言に気分を害したのかと思ったが、すぐに認識を改める事となった。


「人生、と言いましたか。私がそれをめちゃくちゃにしていると? そのような筈はありません」


「何を」


「聖女とは、その身と魂の全てを捧げ、世界に光を齎すための礎になる事こそが存在意義。そして力なき人々は女神様の為に命を捧げる事が、存在意義なのです。私達は人生をめちゃくちゃにしているのではなく、あるべき道に導いているだけなのです」


 シアは絶句した。

 同じ聖女といえども、価値観があまりにも違いすぎる。


「むしろ、私のほうこそ尋ねたいですね。なぜ、これまで自らの正体を隠していたのですか? 身分を偽って孤児院で過ごした日々は楽しかったですか? 世界救済のためにその身を捧げるはずの、聖女という大役を放棄してまで、あなたはどんな気持ちで過ごしていたのですか? ――私には理解できない・・・・・・・・・


 この時、シアは改めて確信した。

 この聖女とは、絶対に分かりあう事などできない。


「……狂っています」


「私の考えが常人に理解されない事くらいは、自覚しているつもりです。ですが、同じ聖女である貴方ならば、いずれは私の考えも理解できる日が来るでしょう」


「きっと理解なんてできませんよ。ルチアさんの事も、私の事情も。お互いに」


 これ以上の問答は無駄と考えたシアは、思考を打ち切りウリエルの探索に専念する事にした。

 今は自分の役目を終わらせて、一刻も早くこの場を離れたかった。


 ……今の彼女には、それ以外の逃げ道は無いのだから。



(全てが順調だ)


 すぐ後ろで起きている聖女二人の不和に全く気付かず、勇者イカロスは自分の世界に酔いしれていた。


(このままいけば、熾天使ウリエルも直に見つかる。そうすればあのミノタウロスなんざ敵じゃねぇ。この間の礼も含めて、たっぷり痛めつけてやるぜ)


(そして証明してやる。たまたまユニークスキルを生まれ持っただけのシテンよりも、女神から選ばれた俺の方が圧倒的に優れている事を! 魔王を倒して世界を救えるのは俺だけだという事を!!)


 イカロスは、自身の成功を全く疑っていなかった。

 彼の脳内には、聖戦に勝利し人々から称賛を得る、輝かしい未来が浮かび上がっていた。


(やはり俺は勇者だった! 勇者の行う事は、全て上手くいく! ここからがこの俺の真骨頂! 世界にその名を刻む、新たな神話の始まりだ!!)

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