第85話 勇者、聖戦へ(勇者視点)


「ウリエル……様って、あの四大天使の?」


「はい、女神と魔王の戦いを記した聖書にも書かれている、熾天使ウリエル様です。あの方は今、【魔王の墳墓】の何処かで眠りについているのだとか」


 古くから伝わる、女神と魔王の戦いの物語。老若男女問わず、女神を信仰していない者も、おとぎ話としてよく知っている話だ。

 かつてこの世界を支配せんと、異なる世界から現れた魔王。抗う術を持たなかった人類の許に、天より女神が舞い降りて、人類に【スキル】の力を与え、【勇者】を生み出し共に魔王と戦った。


 その時女神と共に天より訪れたのが、天使である。

 女神が生み出した御使いだという天使は、姿形は人間にそっくりだが、その背からは翼が生え、頭上には光輪が浮かんでいたという。


「魔王の戦いの中で、多くの天使が命を落としたそうです。僅かに生き残った天使も、今や地上にはおりません。……しかし、熾天使ウリエル様は、少し事情が異なります。ウリエル様は、魔王が今際に放った呪いを受け、石像と化してしまったのです」


「なんだそりゃ、初めて聞いたぜ」


「大衆には知られていない話です。女神様が私に教えてくださりました。……女神様と魔王が戦った戦場は、やがて異界と化し迷宮と成った・・・・・・のです。そしてウリエル様は、今も魔王の墳墓のどこかで、人知れず眠っています」


「眠ってる? じゃあウリエル様に力を借りるってのは、どういう意味だよ?」


 急に壮大な話になってきたからだろうか、話が飲み込めていないイカロス。

 聖女は相変わらず何の表情も浮かべないまま、淡々と続きを話し始める。


「まず、迷宮の何処かにいらっしゃるウリエル様を見つける必要があります。そしてウリエル様が目覚めましたら、ミノタウロスの討伐にお力添え頂くのです。――これは聖戦です。魔王の手先を討つために、勇者様はウリエル様と共に肩を並べ、戦う必要があるのです。そのために必要な助力は、聖教会も惜しみません。もちろん、資金の援助も含めて」


 ようやく資金の話が出て、イカロスの顔が明るくなる。


「お、おお……金が貰える上に、神話にも出てくる天使と一緒に戦えるってのか? いいじゃん、勇者らしくなってきたじゃねえか!」


「しかし、ウリエル様を見つけだすのは容易ではないでしょう。それに恐らく、ミノタウロスも私達の策には気づいています。あの墓守も、きっとウリエル様を探して迷宮を彷徨っているのでしょう。様々な階層に出没し生態系を破壊しているのは、その余波です」



「う、うぅ……」



 そこで、地面に転がっていたシアが、うめき声を上げた。

 アイスブルーの瞳が、おぼろ気な光を灯し、二人を視認する。


「おや、目覚めましたか。丁度よかった、今から貴方の話をする所でした」


「――ッ!? 聖女、それに勇者!?」


 反射的に飛び上がろうとするシアだったが、魔術で作られた鎖で雁字搦めに縛られている彼女は、自力で立ち上がることすらできなかった。


「――へぇ」


 身体に食い込んだ鎖が、年齢の割には膨らんだシアの胸部を強調しているように見え、イカロスはそこに下卑た視線を向けた。


「彼女の名前はシア。――いえ、本名は別でしたか・・・・・・・・。それはともかく、重要なのは彼女が【聖女】の素質を持っている事と、捜査に長けたスキルの持ち主であるという事です」


「は――はあっ、聖女!? このガキが!?」


 シアの身体を舐めるように見ていたイカロスが、それが聖女だと知ると途端に下卑た視線を引っ込めた。


「真実です。まだ正式に認められたわけではありませんが、同じ聖女である私にはわかります。彼女は紛れもなく聖女の素質を持った存在――新人類の一人です」


「マジかよ……どこで見つけてきたんだ、コイツ?」


「様々な偶然が重なった結果です。女神様の思し召し、という事でしょうか」


 ――イカロスはシアとシテンが過ごした孤児院を知っているが、彼が訪れた時はまだシアは孤児院に居なかった。なのでシアとイカロスは、こうして直接顔を合わせるのは初めてであった。


「さて、本来ならば私一人でウリエル様を見つけ出す予定でしたが、彼女の助力を得られればより確実です。迷宮の何処かに眠るウリエル様を、私達で見つけ出します。そして勇者様もご存じの通り、私達聖女には、周囲の人間の・・・・・・スキルの効果を・・・・・・・増加させる力・・・・・・があります。私と彼女、聖女が二人がかりで勇者様の力を増大させ、ウリエル様のご助力を得られれば、あの墓守であろうと打倒できるでしょう」


「うおぉ……すげぇ、聖女二人に熾天使! もう無敵じゃねえか!!」


 既に勝利を確信したかのように浮かれるイカロス。

 すっかりやる気になった彼の頭からは、ミノタウロスに対する恐怖など綺麗さっぱり抜け落ちていた。


「……ですから勇者様。どうか彼女に、ご無体な真似・・・・・・はお止めくださいね? いずれは世界を魔王の手から救う、八人目の聖女として名を連ねるのですから」


「ぐ……分かったよ」


 聖教会は、世界に七人しか居ない聖女を手厚く保護している。それに乱暴を働いたとなれば、いくら勇者とはいえどうなるか分からなかった。



「さっきから、何を言っているんですか……? 迷宮に潜って、ウリエル様を探す? そして私を戦場に連れまわして、勇者パーティーの補助ブースト役にする? ふざけないでくださいっ! いきなり私を拉致しておいて、そんな協力するわけないでしょう!?」


 有頂天になっている勇者を無視して、床に転がったままのシアが異議を唱えた。

 ……だが、彼女の訴えは、この場では何の意味も為さない。


「シア。私も貴方が眠っている間に、色々と調べさせてもらいました。貴方の本当のステータス・・・・・・・・と、貴方の大事にしている孤児院、そして故国について」


「ッ!?」


 シアのアイスブルーの視線が、聖女の薄紅色の瞳と交差する。

 一方は恐怖で。

 一方は、何の感情も浮かばない無機質な瞳で。


「あなたが聖戦への協力を拒否すると言うのなら……止むをえませんが、多少強引な手段・・・・・・・を取らざるを得ないでしょう」


 つまりルチアは、こう言っているのだ。

 大人しく勇者に協力しなければ、孤児院に危害を加えると。


「ひ、卑怯者……!」


 この時、シアは無意識に【鑑定】スキルを使っていた。

 故に理解してしまう。彼女が本心から、その言葉を口にしている事を。


「それに迷宮に潜るとはいえ、何も恐れることはありません。私達が傍に居る限り、あなたの身の安全は守ります。たとえどのような経緯があったとて、貴方は世界に八人しか見つかっていない聖女の一人。そう簡単に、命を散らせるような真似はさせません――それに」




「世界を救うための、魔王の手先との戦い。その聖戦に、身命を賭す事がどれほど幸福な事なのか。同じ聖女である貴方なら、いずれ理解できるはずです」


 そう言ってルチアは、心が読めるシアであっても、理解不能な微笑みを浮かべた。


「――。わかり、ました……」


孤児院を人質にされたシアに、もはや拒否という選択肢は残されていなかった。


(ごめんなさい……シテンさん)


シアの返事を聞いたルチアは、すぐに表情をいつもの無機質な人形のそれに戻した。

そして、イカロスとシアに、宣言する。


「これで準備は整いました。今から勇者様とヴィルダ、チタの傷を回復し、明日にでも出発する事としましょう。――聖戦ともなれば、多くの冒険者がきっと加勢してくれるでしょう。勇者様には是非、その音頭を取って頂きたいと思います。この聖戦に勝てば、女神様も許して下さるでしょう。女神さまに選ばれた勇者様なら、きっと挽回できるはずです」


「お、おう、そうだな」




「さあ――聖戦を、始めましょう」





におう」


 ――【魔王の墳墓】。

 その深部。人の手が立ち入らない場所で、その獣は顔をひそめた。


「女神の臭いだ。魔王様をほふった仇敵、腐ったドブのような臭いだ」


 その獣は、四メートルはあろう体躯の、蒼き牛頭の獣であった。

 その手には、自身の体躯を上回る大きさの巨斧が握られていた。


「おおよそ、熾天使を捜しにでも来るのだろう。奴らの考える事など、タカが知れている」


 獣の名は、ミノタウロス。

 魔王の力を受け継いだ、【墓守パンドラガーディアン】が一体。




「来るなら来い、有象無象共。――今度こそオレの手で、叩き潰してやろう」



ここまでお読みいただきありがとうございます。

長々と展開が続いてしまいましたが、三章はここで折り返し地点となります!

ここからはシテンと勇者パーティーの激突、ミノタウロスとの戦いなど戦闘描写が一気に増えます。

もう少しお付き合いくだされば幸いです。よろしくお願いいたします!

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