第80話 アジトを作ろう
「黒幕……ですか?」
リリスが息を呑む気配が伝わってきた。
「シアが独自に調査した結果だよ。僕を襲った襲撃者たちは、アドレークの指示で動いてた。その指示を出したアドレークも、単独でこの襲撃を企んだわけではないみたいなんだ。残念ながら、その正体はまだ掴めていないけど」
【鑑定】スキルはアイテムの鑑定だけでなく、現場に残された足跡、血痕、衣服の切れ端などから、様々な情報を読み取れる。
シアの鑑定の実力は極めて高い。身内
ギルドから情報が漏れた可能性がある以上、特別隊の鑑定士も完全には信用できない。だから無理を言って、独自に調査を依頼したのだ。
「冒険者ギルドが、私達を狙っている……?」
「相手の目的はまだ不明。だから、シアには引き続き調査を続けてもらってる。もちろん無理のない範囲でね」
冒険者を庇護する冒険者ギルドが、冒険者を害するなんて前代未聞だ。
……いや、表沙汰になっていないだけで、今までも似たようなことはあったのかもしれない。事実アドレークの周りには、常に黒い噂が絶えなかった。
明確な証拠が出てこなかったから、アドレークはまだ支部長の座にいる訳だけど。
「……。シアがそう言ったのなら、間違いはないわね。彼女の実力は私もよく知っているし。まさかここまでとは思わなかったけど」
……にしても、シアは本当に、どうやってここまで調べ上げたんだろう。
特別隊でも辿り着いていないであろう真実に、こうもあっさりと。
僕もシアの真の実力を知ってるわけじゃないからなあ……鑑定スキルに何か、隠し玉でもあるのだろうか。
「この間の調査の時は、協力してくれたのに……! シテンさん、この事は誰かに伝えたんですか!?」
「いや、シアと僕たちだけだ。どこにアドレークの手があるか分からない以上、ギルドは完全には信用できない。……それに伝えたところで、信じてもらえるとは限らないんだ」
「ど、どういう事ですか!?」
「シアはギルドの職員じゃない。ギルドに何か貢献して、信用を得た訳でもない。冒険者ギルドは外部の鑑定士を基本的に信用しない。彼らからして見れば、シアは
シアが店を開くとき、表通りではなく路地裏などで営業しているのも、その辺りが理由なんだろう。
シアの他にも鑑定屋を営んでいる人達はいるが、あまり露骨だとギルドから妨害される事もあるらしい。
「とにかく、今は外部の人間もどこまで信用できるか分からない状況だ。だからシアの調査が終わるまで、僕らは迷宮の中で隠れ潜む」
「「…………」」
一通り話し終えて、辺りが沈黙に包まれる。
セーフゾーン特有の青色に光る鉱石が、僕らの表情を青く染めていた。
「……事情は、よく分かりました。でもシテンさん、隠れ住むと言っても、具体的にはどうしましょう? このままセーフゾーンで野営ですか?」
「いや、別の案を考えてる。セーフゾーンだって、絶対安全って訳じゃないしね」
迷宮の各地にあるセーフゾーンは、『魔物が寄り付かない』だけであって、侵入を防いでくれるわけではない。
先日僕らを襲った狂化吸血鬼や、今のリリスのように明確な意思を持って近づけば、あっさりと入り込めるのだ。
「もしかしてさっき言ってた、リリスの住まいの問題と関係あるのかしら」
「うん。――リリスと僕らの、
◆
現在リリスは、迷宮の第3階層で暮らしている。
狂精霊の住むエリアだ。魔物も冒険者も殆どおらず、狂精霊のテリトリーに侵入さえしなければ危険は少ない。
何故か魔物に襲われることが多いリリスは、下層に降りる危険が増す。そして冒険者も、魔物と見ると問答無用で攻撃してくる輩もいる。
魔物と冒険者、両方から身を隠しながら、僕らと接触しやすい場所。
それが丁度、このエリアなのだ。
「今まではセーフゾーン付近で暮らしてたみたいだけど、そろそろちゃんとした安全地帯が欲しいかなって。というわけで、今から隠れ家を作ろうと思います」
やって来たのは狂精霊の住むエリアの端の方。魔物も資源も何にもない、ただの通路だ。
だからこそ、僕は予めこの場所に隠れ家を作ろうと目星を付けていた。
ミノタウロスに地形を変えられていたらどうしようと思ったけど、取り越し苦労だったようだ。まあ、ミノタウロスが第3階層まで来たという報告は聞いてないけど。
「危ないからちょっと離れててね――【解体】」
僕が壁に手を当てると、その箇所を中心に壁が長方形にくり抜かれる。
くり抜いた壁は砂状に解体して外へ。空いたスペースの壁に触れて、壁を解体してくり抜く。これを何度も繰り返す。
普通迷宮の地形は壊れてもすぐ再生するが、解体スキルの『状態を維持する性質』を使えば、迷宮は再生せず壊した地形はそのままになる。
結果ものの数分で、三人が無理なく過ごせる程の広大なスペースが出来上がった。
「わあっ! 凄いですシテンさん! あっという間にお部屋が出来ちゃいました!」
「解体スキルって、こんな掘削作業もできるんだ……迷宮内で部屋を作るなんて、前代未聞ね」
「こんな感じで、壁の中に居住空間を作って、しばらくここに隠れ住もうと思います。……ほんとに最低限の穴を掘っただけだから、細かな部分は後々作るね」
入口の部分だけ解体スキルの効果を解除すれば、その周辺だけ地形が再生して、外からは只の壁があるようにしか見えなくなる。
そうすれば誰にも気づかれず侵入できない、僕らの
「後は食料問題かな。マジックバッグに食料は詰めてきたからしばらくは持つけど、足りなさそうなら現地調達だね。こっちも解体スキルがあれば確実に肉が手に入るから、あんまり心配しなくてもいいはず……」
「シテンさんっ! お風呂、お風呂作りましょう! お風呂ってあったかい水が沢山あるんですよね!? 私一度でいいから、お風呂に入ってみたいです!」
リリスが大はしゃぎしている。
……無理もないか。生まれてすぐに魔物に追い回されて、自分の住処なんてなかったんだから。
その様子を見て、隠れ家を作って本当に良かったと僕は安堵した。
リリスはもう、心から休まる場所を得ても良いはずだ。
「ふふっ、じゃあ私が魔術でお湯を用意するわね。シテン、内装は私も手伝うわ。穴さえ掘ってくれれば、後は私のゴーレムで作業できるし」
「……じゃあ、とりあえずお風呂を作ろっか。迷宮でしばらく過ごすなら、やっぱり清潔にしておきたいからね」
そんなこんなで、その日の残りは隠れ家づくりに費やす事となった。
特にお風呂は二人に大好評で、リリスは初めてのお風呂を満喫できたようだった。
……『三人でお風呂に入りましょう!』と、リリスから誘われたが、流石に僕は遠慮しておいた。
◆
リリスから逆
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