第81話 リリスの告白


 隠れ家に三人分の個室を用意できたので、その日はそれぞれ自室を決めて夜を過ごすことになった。


 今のところ、大きな問題はない。

 壁の中に魔物が湧く可能性なんかも考慮していたけれど、そんな気配は特に感じない。

 それに万が一に備えて、ソフィアのゴーレムが警戒してくれている。


 後は、シアの調査結果を待つのみだ。

 彼女も友人であるソフィアを狙われた事で、かなり腹を立てているようだった。

 身の危険を感じたらすぐ隠れるようには言ったけど、無理していないか心配だ。


「……眠れないな」


 不安のせいかなかなか寝付けない。

 思ったより、シアの事が気がかりになっているらしい。


 ……やっぱり明日、シアの様子を見に行こう。

 彼女の実力を疑う訳ではないが、それでも心配だ。

 それに調査をするにも、人数が多いに越したことはない。

 うん、そうしよう。


「そうと決まったら、早く寝ないとな」


 そして目をつむり、眠りに落ちるのを待っていたのだけれど……


「…………ん?」


 まどろみの中、何かに触れた気がして目が覚めた。

 暗闇の中目を凝らすと、僕の上に誰かがまたがっているように見える。


「リリス?」


「あ、起きちゃいましたか」


 小声で、でもどこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら、リリスは僕の腹の上にまたがっていた。

 …………なぜ?


「夜這いに来ました」


「はっ?」


「あ、でもこの場合、女性の方から迫っているので、逆夜這いと言うべきでしょうか?」


「いや待て待て待って、状況を説明してほしい」


 声量を抑えるのも忘れて、反射的に問いかけてしまった。

 そして、思いもよらない回答が返ってきた。


「好きです」


「――――」


「私、シテンさんの事が好きです」


「――――――――」


「初めて会った時、この前の戦いで私を助けてくれた時、一緒に過ごす時。私の頭の中は、いつもシテンさんの事でいっぱいになるんです。――ずっと、この感覚が何なのか、分かりませんでした。でも今日シテンさんに会って、確信しました。私はシテンさんに、恋をしています」



 告白だった。

 冗談で言っている訳でないのは、リリスの表情を見れば分かる。

 薄暗闇でも分かるくらいに彼女の顔は赤くなっていて、翆色の瞳は熱っぽく潤んでいる。

 背中と側頭部から生えた翼と、お尻の部分からのびる尻尾が、彼女の心情を示すようにゆらゆらと揺れている。



「シテンさんが、欲しいんです」


「――、……」


「そう考えたら、居ても立っても居られなくなって……それで、逆夜這いしちゃいました、えへへ」


「…………」


 僕は、何かを喋ろうとして、結局何を話せばいいのか分からなかった。

 それでもゆっくりと、自分の気持ちを整理して、リリスに掛ける言葉を紡いでいく。



「僕は、リリスの事を大切に思ってる」


「はい」


「でもそれは、仲間とか、家族に対して抱く感情であって……正直僕は、リリスに対して、恋愛感情を抱いたことはなかった、と思う」


「はい」


「リリスの気持ちはとても嬉しい。異性から告白された事なんて無かったから、凄くドキドキしてるよ。……でもそれは、一時的なものかもしれない。僕はリリスの事を異性として見れるのか、自分でもまだ分からないんだ」


「はい」


「だからごめん。今この場では、すぐに答えは出せない」


「――はい」


「でも、これからはもっとリリスの事を見るようにするよ。自分の気持ちをハッキリさせてから、改めて僕の方から答えを出したいんだ。……ダメかな」


「――――」


 リリスは、すぐには返事をしなかった。

 意気地なしだと思われただろうか。無理もない、結局僕は、判断を保留にしたのだから。

 若干後ろめたい気持ちを抱きながらも、僕は大人しくリリスの返事を待った。

 そして。




「わかり、ました」


 彼女の感情を示すように動いていた羽と尻尾が、ぴたりと動きを止めた。


「私、待ちます。シテンさんの気持ちが整うまで。いつまでも」


「――、ありがとう。でも近いうちに、答えを出すから」


「とても嬉しいんです、私。もしシテンさんがサキュバスの私を受け入れてくれなかったら、どうしようかと思っちゃいました」


「魔物だからって、それだけで拒絶したりはしないよ。リリスはリリスだ」


「えへへ、ありがとうございます」



 リリスはそう言って少し恥ずかしそうに笑うと、おもむろに服を脱ぎだした。





「じゃあ、今から犯しますね!」


「…………えっ!? 今の会話そういう流れだった!?」



 あっという間に全裸になったリリスは、興奮した息遣いを隠さずに僕に覆いかぶさった。



「え? 告白のお返事は待ちますけれど、それとエッチをするのは別のお話では?」


「ド直球! そして価値観の相違!」


 サ、サキュバスの価値観では、恋仲になっていなくてもエッチな事はオーケーなのか!?

 いや、そういえばそうだった。他のサキュバスは問答無用で襲ってくるし、多分そっちが本来の価値観なんだ。

 はぁはぁと、荒い息を上げながら、リリスが僕を見下ろしてくる。


「ごめんなさい、私もう我慢できないんです。一度でいいから、シテンさんの精気を吸ってみたくて……! 体が火照ほてってどうしようもないんです!


「お、落ち着いてリリス。流石に急展開すぎる!?」


「わ、私も精気を吸うのは初めてですけど……! きっと大丈夫です! さっき本でいっぱいイメージトレーニングしましたので!」


「えっ、本? ……まさか!?」


 リリスに渡したお土産、あの中に何かいかがわしい・・・・・・本でも入ってたのか!? 迷宮に住むリリスが本に触れる機会なんて、それ以外考えられない。

 中身を精査しておくべきだった、誰だよそんなの混ぜた奴!


「ちょっと待ってほんとに待って。今は体力を消費するわけにはいかないし、近くにソフィアも居る! この場でそういう事をするのは色々と不味い!」


「――じゃあ、体力を消費せず、ソフィアさんにバレなければ良いんですね?」


「へ?」


 直後、急激な眠気が僕に襲い掛かった。

 自分の精神が、まどろみに引きずり込まれていくのが分かる。


「な、なにを」


「じゃあ、続きは夢の中・・・・・・でシましょう・・・・・・♥ それなら体力を使わずに、誰にもバレずにイチャイチャできます!」


 ゆ、夢の中……!?

 そうか、サキュバスの呼び名の中には夢魔というものがある。

 文字通り夢の中に入り込んで、男の精気を吸い取るのだとか。まさかあれを……!?


「大丈夫ですよシテンさん。シテンさんがぐっすり眠っている間に、全部終わってますから。あ、後から気にならない様に、記憶も消しておいた方が良いですか?」


「……ぅ」


「……えへへ、続きは夢の中で聞きますね♥」


 僕は強烈な眠気に抗う事ができず、ゆっくりと瞼が閉じていく。

 最後に目にしたのは、裸体を晒したリリスが、僕の頬に口づけを落とす光景だった。




「それじゃあ、おやすみなさい――シテンさん♥」


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