第78話 もう遅い


「………………はぁ!?」


 思わず大きな声を上げてしまった。

 だって意味不明なんだもの。


「【暁の翼】を追放された後、貴方はそれなりの努力をしたのでしょう。その結果、連続石化事件を見事解決し、一躍時の人となりました。今のあなたなら、勇者様も受け入れてくれるかもしれません」


「………………」


「勇者様には、私から上手くとりなしておきます。貴方の力と勇者様の力が合わされば、今度こそあのミノタウロスを倒――」


「――ふざけるなよ」


 気付けば、感情のままに口が動いていた。


「俺がどんな気持ちで、追放を受け入れたと思う? お前たちの勝手な都合で、その僕の気持ちを無かったことにするつもりなのか。お前は、お前らは本当に、人の心が理解できないのか」


「……」


「今更になって戻ってこい? 勇者と共に戦ってくれ? ――もう遅い。遅すぎるよ。いずれにせよ僕らの道は、とっくの昔に分かたれてるんだ」


 面会室に仕切りがあって良かった。

 もしなかったら、聖女の胸ぐらを掴み上げていたかもしれない。


「……なぜ」


「僕には家族が居る。肉親を失い一人ぼっちだった僕を、本物の家族として受け入れてくれた、大事な家族だ」


 孤児院の子供達と先生、そしてシア。


「それに共に戦ってくれた人たち、一緒に酒を飲んで喜びを分かち合った人達」


 石化事件の調査隊のみんな。ミュルドさんにジェイコスさん、そしてソフィア。


「ちょっと変わった出会いだったけど、今では掛け替えのない仲間になった子も居る」


 リリスの顔が、脳裏に浮かぶ。



「今の僕には、守りたい人、共に居たい人が沢山できたんだ。それに僕の事を、ちゃんと見て評価してくれる人も居る。――魔王を倒して世界を救う? そんな冒険してる暇はもう、ないよ」



 決別の言葉を、僕は告げた。



「…………」


 聖女ルチアは、黙りこくったまま動かない。

 僕の反応が予想外だったのか、それとも何かを思案しているのか。


「…………」

「…………」


 お互いに数分の無言が続き、やがて静寂を破ったのはルチアだった。


「…………。分かりました。どうあっても、勇者様の下へ戻るつもりはないという事ですね」


「当たり前だ」


「ならば、仕方ありません。ここは引き下がる事にします」


 そう言ってルチアは椅子から立ち上がった。用事は済んだという事か。

 もう少しゴネると思っていたが、意外とあっさり退いたな。


「……そういえば、勇者が迷宮でまた倒れたって聞いたけど」


「現在は療養中ですよ。直に活動を再開しますが。――私達には、迷宮に眠る魔王を倒すという使命があるので」



 そして去り際に、ルチアはこんな言葉を残していった。


「ではシテン。また近いうちに会いましょう」


「そんな機会が無いことを祈っているよ」


 祈ると言っても、僕は女神様なんか信じちゃいないけどね。



(三人称視点)


(理解できませんね)


 面会室を出た聖女ルチアは、内心でそう独り言ちた。


(魔王を倒し世界を救うという崇高な使命よりも、家族や知人の方が大事だというのでしょうか)


 人形のような表情で、平坦な声で呟く。

 【聖女】ルチアには、人の心は理解できない。


(まあいいでしょう。彼が居ないとしても、ミノタウロス――あの魔王の手先を止める手段がなくなったわけではありません)


 ルチアは勧誘に失敗した事についてそれ以上の思考を止め、次の計画へとシフトする。


(しかし、彼はなぜ襲われたのでしょう? Aランク冒険者相当の実力を持つ彼に、襲撃を行うなんて余程の――)



 ふと、ルチアは思考を止める。

 視界の端に、違和感を覚えたからだ。


(――? 今の、力の流れ・・・・は……)



 聖女ルチアの両目は、特別な力の“流れ”を見ることができる。

 自身のスキルにも深く関わるその能力が、視界の端に奇妙な力の流れを捉えたのだ。

 しかし。


(――消えてしまった。気のせいでしょうか?)


 周囲に気配は感じない。

 しかし聖女の本能とも言うべきか、この違和感を無視してはいけないと、彼女の脳内で警鐘を鳴らしていた。


(………………)





(……あれは、聖女ルチア様?)


 廊下で立ち止まるルチアから少し離れた場所に、物陰に隠れるシアの姿があった。

 襲撃者たちから大体の情報を引き出し、シテンの下に向かう途中であった。


(どうしてこんな所に? いやそれよりも、すぐにこの場を離れないと。今の私が、聖女様に姿を見られるのは・・・・・・・・極力避けるべきです)



 そう内心呟いたシアは冷や汗を掻きながら、物陰に隠れてやり過ごす事にした。





 ――幸いにも、聖女ルチアはシアの存在に気付いた素振りはなく、しばらくしてその場を去った。



(……危ないところでした。今は私の正体を、知られるわけにはいきませんから)


 シアは引き続き周囲を警戒しながら、その場を後にした。

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