第76話 マインド・ジャッジ


(三人称視点)


 ギルド本部地下、犯罪者収容所。

 冷たい石張りのその一室には、シテンを襲撃した内の三人が転がっていた。

 すでにシテンの手によって身体は修復されており、傷一つない状態だ。


 だが、それもいつまで続くかは分からない。


「ギ、ギィィアアアア!!!??」


 施設の奥、闇の中から誰かの絶叫が響く。

 この部屋には居ない、残りの一人のものだ。最初に『尋問室』に連れていかれ、今回の襲撃事件の全貌を暴かんと、特別隊から尋問を受けているのだ。

 もっとも、本当に尋問だけであればあんな悲鳴をあげる筈はない。

 尋問とは名ばかりで、実際は手段を選ばない非人道的行為が行われているのは間違いなかった。


(クソ……あいつ、俺らの事を吐いたんじゃないだろうな……?)


 リーダー格の男が内心で独り言ちる。

 とはいえ、両手両足を拘束され、自害用の毒もシテンの手によって取り除かれ、猿轡さるぐつわまでされてスキルの使用を封じられた彼に為す術はない。

 大人しく次の尋問、いや拷問の順番を待つことしかできない。


(……いや、まだ希望はある。アドレークが共犯者である俺たちを匿ってくれるかもしれない。それまで特別隊の尋問に屈しなければ、希望はある)


 今の状況は、アドレークにとっても非常に不味い状態にある。

 アドレークをギルド支部マスターに押し上げるために、襲撃者の彼らは様々な犯罪行為に加担した。強盗、誘拐、暗殺。それらが白日の下に晒されれば、アドレーク共々死罪は免れないだろう。


(チッ、どれもこれもあのシテンって小僧のせいだ。アドレークからの事前情報に誤りがあったから、奴の実力を見誤った。何たってアドレークはあんなガキを……)


 そこでリーダー格の男の思考は中断された。自分たちの居る一室に、何者かの足音が近づいてきたからだ。


 遂に自分の番が来たのか、そう身構える襲撃者たちだったが、予想に反して現れたのは小さな少女だった。


(……誰だ、この女? 特別隊の連中ではなさそうだが……)


 腰ほどの高さで切りそろえられた、白金プラチナの髪。

 静謐な冬を内包したような、アイスブルーの瞳。

 『鑑定屋』の店主、シアがそこに立っていた。


「あなた達が、シテンさんを襲った襲撃犯ですね」


 そう言って、シアが襲撃者たちに語り掛ける。

 その視線は、襲撃者のリーダーの男に向けられていた。


(何だこの女? 突然現れて何を言っている?)


「――”ポーター・カルナック”。男性、三十七歳。身長百七十四センチメートル、体重五十九キログラム、四月一日生まれ。所持スキルは【武器操作】。派生スキルとして、操作した武器に追尾ホーミング機能を付与できる」


 男の表情が驚愕に染まる。それは襲撃者のリーダー、ポーター・カルナックの個人情報に違いなかった。


(……俺の個人情報を特定するには、ステータスを見る必要がある。だがいつ見たんだ? 誰かにステータスを見られれば俺は絶対に気付くはずだ、だがこの女が現れてから、ステータスを覗かれた感覚はない)


 仕事柄、ポーターは自身の個人情報を徹底的に隠蔽している。年齢、身長、体重、生年月日、さらには派生スキルまで。ここまでの情報を掴むのは、ギルドの特別隊であっても容易な事ではない。



(そもそも体格や派生スキルの情報は、ステータスには表示されないだろう? どうやって俺の情報を突き止めたんだ!?)


「単刀直入に尋ねます。なぜ、シテンさんを襲ったんですか?」


 男の困惑を置き去りにして、シアがリーダー格の男に尋ねる。


「――――」


 誰も、何も答えない。

 それもそのはず、襲撃犯たちは全員猿轡をされている。返事をしようにもできる状態ではないし、突如現れた正体不明の少女に話す義理もない。




 にも拘わらず。







「――なるほど、冒険者ギルドの西支部長、アドレークさんの・・・・・・・・差し金・・・だったんですね・・・・・・・



 目の前の少女は。シアは、彼らにとって致命的な内容をあっさりと口にした。



「!?」


 有り得ない事態だった。

 特別隊ですら辿り着いていない真相に、目の前の少女はいとも容易く到達してみせた。

 絶句する襲撃者たちの反応に満足したのかは分からないが、さらにシアが畳みかける。


「次の質問です。アドレークさん、いえアドレークはあなた達に、いつ、どこで指示を出しましたか? 襲撃する理由を伝えてはいましたか?」


(なぜだ!? なぜアドレークの名が出てきた、俺たちの関係はまだ誰にも知られていない筈だ!)


 ポーターは内心で取り乱す。


 鎌かけなどではない。何らかの手段で目の前の少女は、この情報が正しいと確信を得ている。

 この事実が特別隊に伝われば、芋づる式にこれまでの悪事も露になるだろう。

 もはや破滅は免れない状況であった。


(まさか心でも読んだとでもいうのか!? 何者だ、この小娘は)


 突拍子もない閃きだが、無視できない可能性ではあった。

 そうでもなければ、この異常な事態を説明できないからだ。

 シアの問いかけを無視して、ポーターはシアのステータスを覗き見る。

 この少女が持つ何らかのスキルによって、真相が暴かれた可能性を考えたのだ。




▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

【シア】 レベル:5

性別:メス 種族:人間


【スキル】

〇鑑定……視界に捉えた対象の、任意の情報を読み取る。習熟により、読み取れる情報の量と種類が追加される。


【備考】

なし

△△△△△△△△△△




 しかし、シアのステータスには、ポーターが望む情報は書かれていなかった。


 体つきを見てもレベルを見ても、明らかに争い事とは無縁の、鑑定スキルを持つだけのただの少女だ。


(鑑定スキルだと? 馬鹿な、それではこの状況は起こり得ない。鑑定スキルは痕跡から情報を得るだけで、人の心を読み取ることはできないはず――)


「――それがそうでも・・・・・・・ないんですよ・・・・・・、ポーターさん」


 その言葉に、思考の沼に沈んでいたポーターは、現実世界に無理やり引きずり上げられた。


(俺の、思考が)


「ええ、聞こえてます。厳密には思考を読み取っているだけなので、見ているという表現が近いかもしれませんけれど」



 ――シアのアイスブルーの瞳が、凍えるような眼差しでポーターを捉えている。

 その両目は、淡く輝いていた。


「アドレークから依頼を引き受けたのが二日前。でもシテンさんを狙った理由は教えてもらっていない……まあ、そんな所だとは思っていました。襲撃する貴方たちにわざわざ理由を教えるメリットなんてありませんからね」


 またしても、核心に迫る情報が暴かれる。

 目の前の少女が言っている事が本当ならば、逃れる術はない。

 心の中を読む相手に、どんな策を講じても無意味だからだ。


(か、鑑定スキルにそんな事ができるなんて、聞いたことが無い!! ただの鑑定スキルがそんなデタラメな真似できるはずが――)


「これは私の推測ですが、誰か背後に糸を引いている人がいると思うんです。アドレークはその黒幕の指示に従って、貴方たちに襲撃を命じた」


 男の思考を再び遮り、シアは一方的に話し出した。

 既にこの場は、目の前の少女に完全に支配されていた。


「さて、ここからが本番です。黒幕にあたる人物に、心当たりはありますか? なければ私は、アドレークの身辺を探らなければいけません」


 魂の奥底まで見透かすような冷徹な視線。

 胸の奥を撫でられたかのような、ぞわりとした感触を感じて、ポーターは恐怖した。


「どんな理由であれ、シテンさんとソフィアさんを襲った貴方たちは、絶対に許せません。――貴方達が知っている事、全部見させてもらいます・・・・・・・・・


「――ッ」


 この少女は、異常だ。

 自身の知る理の、埒外にある存在だ。


「私の前では、隠し事なんてできませんよ――【心理鑑定マインド・ジャッジ】」


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