第74話 シテン、徹夜する
(三人称視点)
迷宮都市ネクリア、表通りから逸れた路地裏、それでいて迷宮帰りの冒険者がふらっと立ち寄れるような絶妙なポイントに、シアの鑑定屋はある。
店、というよりは、地面の敷物と、幾つかの荷物と机を置いただけの簡素な作りだ。
屋台の様に、店を簡単に移動できる仕組みになっており、実際シアの鑑定屋はたまに場所を変えて営業する事があるのだ。
とはいえ頻繁に場所を変えれば客足も遠のく。シアは幾つかの出店する場所を予め決めており、今居る場所はその中で最も店を開く頻度が高い場所だった。
「ありがとうございました! またのご利用をお待ちしております!」
今日もシアの元気な声が辺りに鳴り響く。
時間は昼前、迷宮から生還した冒険者が酒場で飲み明かし、手に入れたドロップアイテムを鑑定しに行列を作っていた。
「お次のお客様、お待たせいたしました! 本日はどのような品を鑑定なさりますか?」
「鑑定ちゃん、こいつを見てくれ。29階層で手に入れたヒュプノスオウルの羽冠だ。そこそこ状態も良いと思うぜ」
「もう、またそのあだ名! 恥ずかしいからやめてくださいってば!」
ぷくっ、と頬を膨らますシア。
どこか小動物のような可愛らしさと仕事へのひたむきな姿勢が評価されている事実が、このあだ名を広めている一因なのだが、彼女には自覚があまりないようだった。
「では、失礼しますね……【鑑定】」
ヒュプノスオウルの羽冠を手にしたシアの両目が、微かな光を灯す。
彼女の持つスキル【鑑定】は、視界に映るものから様々な情報を得ることができる。
今回の場合は、素材の性質と状態だ。そこから算出した買取価格をシアが伝える。
この間、僅か数秒程度である。
「ありがとうございました!」
取引が成立し、またシアの元気な声が響く。
シアの鑑定スキルは他の同一スキル所持者と比べて、明らかに数段優れた性能をもっていた。
鑑定スキルはその熟練度によって性能が変化し、未熟な者だと情報が出てくるまで数分かかったり、疲労による回数制限があったりする。
しかしシアは疲労した様子を見せることもなく、凄まじい速度で客足を捌き続けていた。
この回転率と格安の手数料、それにシアの人気が相まって、表通りから外れているにも拘わらず、シアの鑑定屋はここまでの人気を誇っていた。
しばらく経った頃、ようやく客足が落ち着きを見せた。
「今日の売り上げは上々ですね。最近は色んな事件が重なって迷宮に潜る人が減っていましたけど、シテンさんが石化事件を解決したお陰で、お客さんの数も戻ってきていますね」
本日の成果に満足げな笑みを浮かべながら、偉業を成し遂げたシテンに思いを馳せるシア。
「ピークタイムは過ぎましたし、この後はどうしましょうか……。買い取った品をチェシーさんの所に持っていくか、それとも場所を変えて
チェシーとは、シアがよくお世話になっている商会の主の名だ。
孤児院から卒業したシアは現在、チェシーの営む『猫の手商会』と取引をすることで生計を立てている。冒険者から鑑定して買い取った素材を今度は猫の手商会に売り払うのだ。
顎に手を当ててこの後を予定を考えるシアだったが、こちらに駆け寄ってくる人影を見て思考を中断させた。
「はあっ、はあっ、ようやく見つけた!」
「ソフィアさん? こんな時間にどうされたんですか?」
さっきまで走り回っていたのだろうか、息絶え絶えのソフィアの様子を見て、これは只事ではないとシアは判断した。
身構えるシアだったが、次にソフィアの放った台詞はその心構えをあっけなく打ち砕いた。
「た、大変なの、シテンが、シテンが逮捕されちゃった!」
「へっ!?」
◆
(一人称視点)
おはようございます。
本日も快晴ですね。ご機嫌いかがでしょうか? 僕は結局寝られませんでした。
謎の四人組から襲撃を受けた後、僕は冒険者ギルドの本部が運営する収容所に連行された。
そこから間をおかずに尋問が始まったワケだけど……実のところ、僕の容疑は割と早い段階で晴れた。
というのも、ギルドには専属の鑑定士というのが居て、事件現場の痕跡を鑑定することでかなり精密な状況分析が可能なのだ。
アイテムの鑑定だけでなくこうした事件の調査にも役立つのだから、【鑑定】スキルというのは大変便利なスキルである。
あとは僕が
「ほらこんな風に、【
「分かった、もう分かったから! さっさと自分の手を元に戻せ気持ち悪い!!」
なお衛兵さんたちにドン引きされた模様。
自分で言うのもアレだけど、解体スキルは絵面が酷いから仕方がないね。
……もう眠気がマックスで色々と面倒だったんです。多少強引な説得だったのは許してほしい。
で、容疑が晴れたからといって、すぐに家に帰れる訳ではなかった。
バラバラになった容疑者四人を組み立て直す必要があったのだ。
ブロック状の肉片になった彼らを戻せるのは僕しかいない。ギルドとしても彼らを尋問する必要があるから、とりあえず最低限
そんな訳で、僕が収容所に居る間の殆どの時間を、彼らの組み立てに費やす羽目になった。
恐らくソフィアが狙われたからとはいえ、勢いあまってバラバラにしすぎてしまったのが仇となってしまった。
衛兵の皆さんも手伝ってくれないし。一人で眠たい目をこすりながら、四人分のバラバラの肉片を繋ぎ合わせるのは大変だった。
ようやく一段落ついた頃には、既に朝日が昇り始めていた。
「お待たせしました、襲撃者の身体を一部復元しました」
「待て。なぜ頭だけなんだ。首から下はどうした」
「尋問するだけなら会話ができれば問題ないですよね? じゃあ頭部だけ戻せば大丈夫ですよね?」
「何が大丈夫なんだ!? 生首みたいで気持ち悪いわ!! さっさと胴体も復元しろ!!」
「もう眠気が限界なんです……これ以上続けたらミスするかもしれません。組み立てに失敗したら大量出血で襲撃者の人が死ぬかもしれません」
「……じゃあ残りの肉片はどうするんだ、まさか此処に放置して帰る気じゃないだろうな!?」
……ちょっとした揉め事は起きたけど、翌日残りの身体を復元しに来るという約束を取り付けて、なんとか仮眠の許可を得る事ができた。
さすがに外出の許可は貰えなかった。
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