第70話 ソフィアの抱き枕
とうとう宴も終わりが近づいてきた。
「うぇぇ……もう食えねぇ」
「私、十秒後に吐きます……」
「Zzz……」
酔いつぶれた冒険者達が、机や床に突っ伏している。
その中には古城での戦いの時、結界を張ってくれた聖職者の人も居る。
あの後石化させられてしまったが、奇跡的に生き残っていたのだ。
ソフィアの石化解除薬で復活した彼女は、今は床に寝転がってカウントダウン式ゲロを吐いていた。それでいいのか聖職者。
「……そろそろお開きだな。動けない奴には水を飲ませてやろう。酷い奴には回復薬を使ってやれ」
ジェイコスさんの合図で、僕たちも撤収の準備を始める。
……こんな大人数でお酒を飲むなんて初めての経験だったけれど、結構楽しかったな。
「ソフィア、歩ける?」
「んん、へーき……」
そう力なくうなだれるソフィアは、千鳥足だった。やっぱりお酒の飲みすぎだろうか。顔が真っ赤になっている。
「家まで送るよ。ほら、肩に掴まって」
「ありがと……」
「シテン、悪いがリリスへの贈り物を預かってもらえるか。袋に纏めてある」
そう、残念ながらリリスは今回の祝賀会には不参加だ。
魔物である彼女は迷宮の外に出ることができない。
流石に迷宮の中で酒盛りをするわけにはいかないので、かわりに各々プレゼントを用意して後日リリスに渡そうという話になったのだ。
……リリスが迷宮の外に出る方法について、当てがあるにはあるのだが。
でも流石に、僕の一存でやって良い事ではないだろうしなぁ。いきなり魔物が地上に出てきたら大混乱だ。
「分かりました。皆の分も今度リリスに渡しておきます」
「ああ頼む。夜道には気を付けるんだぞ」
そして僕とソフィアは、酒場を後にした。
僕も多少酔ってはいるが、ちゃんとソフィアの家、兼錬金工房までの道順は覚えていたので、特に問題なく到着した。
「ソフィア、着いたよ。一人で入れる?」
「んぅー……」
ちょっとダメそう。
仕方なく鍵を拝借して、一緒に中へ。
お客さん用のソファーが置いてあるので、そこにソフィアをそっと寝かせる。
「……じゃあ、僕は帰るね。おやすみソフィア」
夜中に女性の家に居るのもなんとなく気まずいので、そそくさとその場を後にしようとする。
だが。
「……ソフィア?」
ソフィアの伸ばした手が、僕の服の端を掴んでいた。
「……帰っちゃ、ダメ」
アルコールが回っているのか、耳まで真っ赤になっているソフィア。
その紫紺の瞳はとろんと、潤んで蕩けている。普段の活気的な表情と違う、女性として意識せざるを得ない妖艶な表情を浮かべているように見えた。
「えっ、と」
「もう夜遅いし……泊まっていきなよ。私ももうちょっと、酔っていたい気分なの……」
僕が返事をするよりも早く、ソフィアが体を起こして僕の身体を捕まえた。
そのまま、一緒にソファーに倒れこむ。
「わっ」
「ふふ、抱き枕~」
突然後ろから抱きしめられ、身動きできなくなってしまう。
お酒の匂いに混じって、甘いミルクのような体臭と、圧倒的な柔らかさが伝わってきて、僕の思考を埋め尽くす。
「ソ、ソフィア!? 悪酔いしすぎだよ! 落ち着いて!」
「さっきツバキがシテンの事、気持ちよさそうに撫でてたから、ちょっと羨ましかったんだ~。私にも味わわさせろ~!」
◆
「すーっ、すーっ……」
……僕のすぐそばで、赤ら顔のソフィアが寝息を立てている。
抱き枕として僕を散々弄んだ挙句、寝落ちしてしまったのだ。
幸いと言っていいのか、取り返しのつかない事態には発展しなかった。
本当だ。
「今日のソフィア、なんか浮かれてたな……」
ソフィアと酒を飲むのは今回が初めてではない。
狂精霊の核を集めた帰りに打ち上げをしたことはあるが、その時はここまで理性を手放してはいなかった。
やっぱり、石化事件が解決して、肩の荷が下りたからだろうか。
ソフィアを起こさないように、ゆっくりと拘束を解く。
体が冷えてはいけないので、毛布を彼女の身体に被せる。念のため、二日酔い対策の回復薬も傍に置いておく。
「おやすみ、ソフィア」
静かにソフィアの工房を出て、外から鍵を閉めた。
勝手に鍵を借りる形になってしまったけれど、次に会った時に返そうと思う。
「さて」
迷宮都市は、既に闇夜に閉ざされている。
大通りから外れた所なので、この時間帯は人通りもない。宵闇に浮かぶ街灯の光が、ただ静寂を見守るのみ。
――あくまでそれは、普段ならばの話。今日に限っては、どうやら事情が異なるようだ。
「どちら様ですか?」
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