第65話 アドレークの噂
(三人称視点)
ドアを開けて入ってきたのは、シテンと共に調査に赴いたBランク冒険者、ジェイコスだった。
先日の戦いで受けた傷も、ギルドが運営する治療院の手によって完治していた。
彼は足元に転がる椅子の残骸と、ツバキの表情を交互に見て、なんとなく状況を察した。下手に刺激するべきではないと判断した彼は、早速本題に入る。
「それで、俺を呼び出した用件というのは? 例の調査についてはもうあらかた報告したはずだが」
「今回は聞き取りをするわけではない。ジェイコス、一連の調査における君の活躍を讃えて、現時刻をもって君をAランク冒険者への昇格を認めよう」
「おめでとうございます」
傍らに立つツバキが、ジェイコスに祝いの言葉を述べた。
多くの冒険者の憧れの的となるAランク。『人類の到達点』とも呼ばれる最高峰の冒険者が、新たに一人生まれた瞬間だった。
「……感謝する、と言いたい所だが、一つ確認したいことがある」
だが当の本人はAランクへの昇格を喜ぶわけでもなく、アドレークに訝しむような視線を向けていた。
「Aランクという称号は、分不相応だと俺は思っている。アークリッチが融合したとはいえ、Aランクのケルベロスに敗北し仲間を危険に晒してしまった。それに俺よりも相応しい人物がいると考えている」
「……君よりもAランクに相応しい人物だと?」
「シテンだ。彼は単独でアークリッチを討伐し、復活したケルベロスとアークリッチの融合体に止めを刺したのもシテンだ。経験の差を差し引いても、俺以上、あるいは現役のAランク冒険者の実力に匹敵する。……仮にAランクというのが過大評価だったとしても、今のCランク冒険者という彼の扱いは明らかに不当だ」
そう、一連の事件で評価されたのは、ジェイコスだけではない。
シテンもまたその功績を認められ、DランクからCランクへと昇格を果たしていた。
だがそれを知ったジェイコスは、『シテンへの扱いは不当であり、自分が昇格するのならシテンも昇格させるべきだ』と、本人の代わりにアドレークに直接訴えているのだ。
「……君やそこのツバキ君の言う通り、彼は今回の調査において確かに大きな貢献を果たしたのだろう。それを十分に考慮した上での昇格だ。私の決定に何か不満でも?」
「それが真に考慮した上での結論なら、お前は支部長を辞めた方が良いな。DランクからSランクへ一気に昇格した前例もある。ランクの飛び級が出来ないという訳ではないだろう」
「決定は決定だ。君が何と言おうと、私の決めた事柄を覆すことは出来ん」
「え、えっと……お二人とも、落ち着いてください」
両者ともに一歩も主張を譲らない。ツバキは困ったように視線を交互に彷徨わせた。
「……この西支部について、昔からとある噂が流れている。勇者、或いはそのバックの聖教会と繋がっていて、勇者に便宜を図る代わりに多額の裏金を受け取っているのだと」
「何が言いたいのかね」
「俺は噂話などは当てにしないタイプだが、今となって考えるとあながち嘘というわけでもなさそうだな。迷宮都市には東西南北四つの支部があるのに、勇者が西支部しか利用しないのも妙だ。シテンをここまで冷遇するのは、勇者から何か言われているんじゃないか?」
「下らん妄想だな。私は暇じゃないんだ、これ以上君と付き合う時間はない。用が済んだなら退室してもらおう」
フン、と鼻を鳴らしてアドレークは出口を顎で示した。
これ以上の会話は無駄と悟ったのだろう、ジェイコスもそれ以上何も言わず、引き下がることにした。
「……なら、帰らせてもらおう。だが近い将来、お前がこの判断を後悔してもしらんぞ」
そう言ってジェイコスは部屋から立ち去った。
後に残されたアドレークはそれを見届けると、肩を震わせて怒り狂った。
「――どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって! 私を誰だと思っている!? 次期ギルドマスターに最も近い男だぞ! 私が判断を誤ったことなどない、だからこそ支部長の立場まで登りつめたのだ!」
感情のままに周辺に当たり散らすアドレーク。
高価な机や調度品、美術品が壊され、床に散乱する。
破壊音と怒号が支部長室に鳴り響き、収まるのに数分の時間を要した。
「フーッ、フーッ……私はギルドマスターのもとへ報告に向かう! ツバキ君、
一方的に指示したあとアドレークは退室してしまった。
残されたのは部屋が破壊されていくのはただ眺めているしかなかった、受付嬢のツバキのみ。
「……やめようかな、この仕事」
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