第3章 墓守(パンドラガーディアン)

第63話 勇者、目覚める(勇者視点)


(三人称視点)


 勇者イカロスが意識を取り戻したのは、治療院の一室だった。


「……なんだ、ここは?」


 見覚えのない天井、薬品の匂いが漂う無機質な部屋。

 イカロスはここが治療院の一室だとあたりを付けたが、なぜ自分がそこで寝かされているのかは思い出すことが出来なかった。


 だがその答えは、思わぬ人物からもたらされた。


「目が覚めましたか、勇者様」


 ガラスのように透明な、だがどこか無機質に聞こえる声が、イカロスの耳に届いた。

 彼はこの声の持ち主をよく知っている。


「ルチアか……?」


「はい。先日聖教会から戻ってまいりました」


 そこに居たのは、腰まで届く白髪と、薄紅色の瞳が特徴的な少女だった。

 女神が直接手掛けたと言われても不思議ではない、あまりに整いすぎた顔立ち。

 彼女の名前はルチア。勇者パーティー【暁の翼】に所属する最後のパーティーメンバーであり、聖教会が擁する【七聖女】の一人であった。


「……知らねえ間に消えたと思えば、聖国に行ってたのか。お前が勝手に居なくなるのはいつもの事だが、わざわざ迷宮都市を出てまで何してたんだ?」


 目が覚めたら隣に絶世の美少女が居る。

 そんな男なら一度は夢見るようなシチュエーションを体験しても、イカロスは微塵も喜んではいなかった。

 なぜならイカロスは内心、ルチアの事が苦手だった。あまりに無機質なその声と表情は、人間味がなさすぎて薄気味悪いと感じていたからだ。


「先日遭遇した、ミノタウロスという魔物についての報告を。――それよりも、勇者様。貴方は迷宮で倒れている所を他の冒険者に救出されたと聞きました。私が居ない数週間に、一体何があったのですか?」


 ルチアのその言葉を聞いて、イカロスはようやくここに至るまでの経緯を思い出した。

 シテンの追放。なくなったパーティーの資産。迷宮での遭難。魔物の肉をドロップし、しばらくぶりの食事にありついた記憶。そして――




「あ、ああ、ああああああああ!!???? お俺は俺はどうなった!? 見られたのか!? アレ・・を!!」


「……勇者様の仰る内容はよく分かりませんが、勇者様の二度目の探索失敗については、すでに迷宮都市で大きな話題になっています。詳しく聞いたわけではありませんが、皆さん相当酷い状態・・・・だったとか――」


「こっ、殺す!!!!! 俺を見つけた冒険者は誰だ!? あんな醜態を見られた以上、絶対に生かしておけねぇ!!!」



 静かだった病室に、イカロスのわめき声が響きわたる。

 イカロスは反射的にベッドから起き上がろうとするが、ルチアがそれを制止した。


「落ち着いてください、勇者様」


「あ”ぁ”!? 俺に指図すんじゃねぇよ、お前から先にぶっ飛ばされたいか!?」


「――聖剣の力を、無断で使用しましたね」




 ルチアのその言葉で、怒り狂っていたイカロスは途端に鳴りを潜めた。


 怒りと羞恥で真っ赤に染まっていた顔は、今では焦りで真っ青になっていた。


 聖剣ダーインスレイヴ。斬った相手の力を取り込み、内部に蓄えるという性質を持つ。

 そうして蓄えられた力は、本来魔王との戦いにて使われるはずだったが、イカロスは先日の戦いで女神の許可を得ずに、無断でこの力を使用した。

 意識を失っていたヴィルダを除けば、その時近くに居たのはチタだけ。

 彼女が黙っていればバレる事はないと、イカロスは高をくくっていたのだが、そう甘くはなかった。


「神託を授かった時、私も驚きました。女神様の目を盗み無断で聖剣を解放し、あまつさえ女神様へ暴言を吐くなど……」


「ち、違うんだルチア。あれは緊急時の判断で、仕方が無かったんだ。確かにちょっと、乱暴な言い方もしたかもしれないが、女神様に喧嘩売ってるわけじゃ――」


「女神様はお怒りです。もしこれが続くようであれば、勇者様にこれ以上援助を行う事も難しくなるとも」


「そんな!?」


 イカロスはようやく、自分が取り返しのつかない事をしたのではないかという危機感を抱いた。

 勇者パーティーは、かつて魔王と戦ったという女神を崇める聖国から、様々な援助を受けている。

 それも迷宮都市に来てからではなく、もっと以前から、イカロスが女神に勇者として認められた日からずっと続いてきたのだ。

 だからこそイカロス達勇者パーティーのメンバーは、Aランク冒険者に昇り詰める以前から金遣いの荒い生活を続ける事が出来ていたのだ。

(尤も援助だけでは賄いきれない程の浪費だったので、シテンが金策に奔走する羽目になったのだが)


 だが援助がなくなれば、それも続けられなくなる。

 今の生活基準に慣れきってしまったイカロスには、そんな事は到底受け入れる事は出来なかった。



「何とかしてくれよ! 俺は勇者だぞ、世界を救う筈の俺が、こんな辛い目に遭っていい訳ないだろ! ……そうだ、シテンだ。何もかもアイツのせいだ!! もとはと言えばアイツがパーティーの資金を盗んだのが原因だっ! だから聖剣を解放したのも、俺たちが探索に失敗したのも、全てアイツの責任だ!!」


 イカロスは謝罪すらせず、責任を全てシテンに押し付けようとした。


「シテン? 彼がパーティーの資金を盗んだと?」


「そうだ! 俺たちは元々、シテンから資金を取り返すために迷宮に潜ったんだ! そこで起きたトラブルは全部アイツの責任だろ!? 俺は悪くねェ!!」


「……そうですか。では、実際に本人に聞いてみるとしましょう。彼に関する気になる情報もありますので」


「気になる情報……?」


 何事にも無関心な聖女が、シテンに興味を抱くとはどういう風の吹き回しか。

そう思ってイカロスはルチアに問いかけたのだが、それはあまりにも衝撃的なものだった。






「迷宮都市を騒がせていた連続石化事件。それをシテンが解決してしまったそうです。今迷宮都市は彼の話題でもちきりですよ」





「………………は?」





 あまりに衝撃的すぎて、イカロスの脳はフリーズしてしまった。

 数秒後、再起動したイカロスは、絶叫という名の騒音を撒き散らす。


「ど、どういう意味だよ!!? あのゴミ漁りのシテンがなんで話題になってる!!」


「なんでも元凶のAランクモンスターを倒して、生け捕りにしたのだとか。【解体】のユニークスキルの力でしょうか? どうやって生け捕りにしたのか、気になるところですね」


「ふざけんじゃねえぇぇぇ!!! あの死体漁りがAランクモンスターを倒しただと!? あり得ねぇ、嘘に決まってる!!!!」


「……病室では、お静かに」


「黙れえええぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 シテンが功績を挙げたことが余程認められないのか、狂人のように喚き散らかすイカロス。

 治療院中に叫び声が響き渡っているはずだが、誰かが病室に来る気配はなかった。


「…………いずれにせよ、本人から話を聞く必要がありそうですね。勇者様はこちらでしばらくお待ちください」


「待て! 俺も行く。あいつは俺たちから金を盗み出しただけじゃなく、デタラメを流して人々を騙しているに違いない!! 俺が直々にぶっ殺してやる!!!」


「勇者様」


 ベッドから起き上がろうとするイカロスを、ルチアが制止した。

 イカロスが次の言葉を発する前に、ルチアは続けて語り掛ける。


「女神様から、『挽回のチャンスを与える』と、言伝を預かっております。それまでは、勝手な行動は慎むようにとも」


「ッ!? 本当なのか!?」


「詳細については私が戻り次第お伝えいたします。……それまでは、どうか病室で安静にしていてください。お体にも障りますので」


「…………」


 沈黙を了承と受け取ったのか、ルチアは一礼してイカロスの前を去った。

 宣言通り、シテンに直接会いに向かったのだろう。


 ……だが、これで大人しくしている勇者イカロスではない。


「クソッ、俺が居ない間に、なぜこんな事になっている? 俺たち勇者パーティーがあんな屈辱を受けて、シテンが良い思いをしているなんて許せねぇ……」


 女神の目がある以上、表面上は大人しく従うつもりのイカロスだったが、内心ではシテンをどう貶めようか考えを巡らせていた。


◆◆◆

第三章開始です!

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