第61話 エピローグ、或いはリリスのプロローグ


(リリス視点)


 ……シテンさんがソフィアさんと楽しそうに会話している光景を見て、私はそこに割って入ることが出来ませんでした。

 今回だけじゃありません。ケルベロスを倒したあとも、冒険者の皆さんと一緒に、影の道を通って引き返している最中も。


 ……あの時、シテンさんが駆けつけてくれた時。

 あの瞬間から、私の身体はおかしくなってしまいました。

 まるで心臓が壊れてしまったかのようにドクドクと脈打って、頭の中はシテンさんの事でいっぱいです。

 シテンさんの事を考えるだけで頭と頬が熱くなり、何もしゃべれなくなってしまいます。

 こんな事、今まで一度も経験したことがありません。あのケルベロスに何かされたのでしょうか。私はどうしてしまったのでしょうか。


「シテンさん……」


 地上へ向かう道すがら、シテンさんの背を見つめていると、勝手に私の口が動いてしまいます。

 どうして言葉が出たのか分かりません。シテンさんにどうしてほしいのか、分かりません。

 私が生まれたばかりだから、分からないのでしょうか。

 もっと経験を積んだ他の皆さんなら、答えが分かるのでしょうか。


「どうしたの? リリスちゃん。さっきから様子が変よ?」


 そう言って私に声を掛けたのは、髪留めのお話をしてくれた、女性の冒険者でした。

 ケルベロスの毒にやられてしまい、ゴーレムの荷台に乗って運ばれています。それでも顔色が良いのは、さっき援軍に来てくれた人たちが治療してくれたからでしょうか。


「その……自分でもよく分からないんです。助けを求めたら、本当にシテンさんが来てくれて……それから私、おかしいんです」


「ふむふむ、なるほど」


 その女性の冒険者さんは、訳知り顔で頷いていました。

 もしかしたら、この人は何か知っているのでしょうか。


「多分ね、それは恋愛感情だよ」


「恋愛、感情……?」


「そう。人が人を好きになって、その人のことしか考えられなくなったり、様子がおかしくなっちゃったり」


 ピッタリと症状を言い当てられて、ドキリとしてしまいます。

 恋愛感情。恋。

 知識としては知っています。ですがそれがどういったものなのか、今まで私は具体的にイメージしたことはありませんでした。


「本当にピンチの時に誰かに助けてもらったりすると、コロッとその人の事を好きになっちゃう事があるの。人間ではよくある事だけど、サキュバスでも一緒なんじゃないかな?」


「……私が、シテンさんを、スキ……」


 言葉に出してみて、それはとてもしっくりと私の中に染み込んでいきました。

 同時に、抗いがたい欲望が、私の中から溢れ出てくるのを実感します。

 その欲望の泉はあっというまに心から溢れ出て、私の口から漏れていきました。


「シテンさんが、欲しい」


 私の視線は、ソフィアさんと会話しているシテンさんに向けられます。

 シテンさんをずっと見ていたい。ずっと会話していたい。ずっと傍に居たい。


 シテンさんが欲しい。



「……ありがとうございます。やっと、私のしたい事が、分かった気がします」


 私はまだ名も知らない、髪留めを付けた冒険者さんにお礼を言いました。

 けれど視線はシテンさんに向いたままです。もうこの視線を、一瞬たりとも離したくありませんでした。



 憧れの人から、好きな人へ。

 この日、私はシテンさんの事を、好きになりました。



(三人称視点)



「うんうん、やっぱりシテン君のこと好きになっちゃってたかー……まぁ、彼がいなきゃ私達全滅してたからね。助けてもらったなら好きになっちゃってもおかしくないね、うん!」


ゴーレムの荷台に乗せられて運ばれる髪留めを付けた冒険者は、訳知り顔でうんうんと一人頷いていた。まるで経験者であるかのようなしたり顔だった。





「サキュバスに好かれた冒険者ってのはたまーに聞くけど……サキュバスの性欲って凄いらしいね。一度人を好きになったら、他の男には目もくれずに一直線に突っ込んでくるって話。リリスちゃんの様子を見る限り本当っぽいねー。まぁ、頑張れよシテン君!」


 彼女はそう言って、シテンの背に無責任なエールを送った。


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