第60話 連続石化事件、終結


「……ようやく終わった、完全に」


 石化したクリオプレケスが蘇る気配はない。

 この石像は地上に持って帰ることになるだろう。今は石化しているが、ソフィアの石化解除薬などを使えばまた復活できるからだ。

 この事件にはまだ分からない点が多く残されている。奴を尋問すれば、この事件を起こした目的などもいずれ明らかになるだろう。


 さて。


「ジェイコスさん、奴に何かされたりしてませんか? 体に異常があったりとかは」


「………………いや、異常だらけだが。なぜ俺はまだ生きているんだ?」


 上半身と下半身で真っ二つになってしまったジェイコスさん。

 【臨死解体ニアデッド】の効果が働いている今、どれだけバラバラになってもダメージはなく、生命活動に支障はない。はず。


「えっと……僕の派生スキルの効果と言いますか。あんな状況だったので咄嗟に斬ってしまいましたが、命に別状はないので安心してください」


「ああ、それは構わない……もとより、命を捨てる覚悟で『やれ』と言ったのだからな。それよりこれは、元に戻せるのか……?」


「待ってください。今戻しますね」


 切り離された上半身と下半身の断面を近づけると、まるで磁石のようにピタッとくっついた。

 接合面に問題が無いことを確認した後、臨死解体を解除する。

 幸い、境目から血が噴き出たり上半身がずれ落ちたりする事はなかった。

 無事に元通りくっついたようだ。回復薬も用意していたけれど、杞憂で終わって良かった。



「しばらくは体が自由に動かないかもしれません。無理せずゆっくりと、下半身を馴染ませてください」


「わかった。それよりも、他の仲間たちを助けてやってくれないか。ケルベロスの毒を吸い過ぎてしまった。一刻も早く治療が必要だ」


 確かに、その通りだ。

 僕やソフィアは毒の影響をあまり受けていないが、他の冒険者の容態は深刻だ。

 ソフィアがゴーレムで運搬してくれているが、治療が間に合うかどうかは分からない。


「ソフィア、急いでみんなを運んで地上に戻ろう。急がないと間に合わないかもしれない」



 戦闘が終わって息つく暇もなく、僕らはクリオプレケスの居所を後にする。

 影の道を潜って17階層まで戻り、ミュルドさんやその護衛の冒険者達と合流して、そのまま真っすぐに地上へと向かっていた。


 ……正直、間に合うかどうかはかなり怪しいところだった。

 負傷者の体力はそろそろ限界だ。それにゴーレムで運搬している分、平時よりも進行速度が落ちてしまう。

 ここに魔物の襲撃が重なったりしたら、恐らく犠牲者が出るのは避けられないだろうと覚悟していた。




 結論から言うと、それらは無用な心配だった。

 僕らが地上に向かう途中、前方からこちらに向かってくる冒険者の一団が現れたのだ。


「あれは……地上に報告しに先に帰っていた、調査班のメンバー?」


 そう、影の道をくぐって古城へ向かう前に、途中経過を報告するため先に地上に帰ってもらった三人の冒険者だ。

 それだけではない、調査班に加わっていなかったはずの冒険者が多数。それになぜか、受付嬢のツバキさんまでいる。


「ツバキさん? どうしてここに? それに後ろの人達は」


「お疲れ様です、シテンさん。地上に戻った調査班の方々が、救援要請をギルドに出したんですよ。Aランク相当の敵がいるかもしれないって。そこで手が空いている冒険者を急いでかき集めて、こうしてやってきたという訳です。それでも数が足りなかったので、急遽私もついていく事になりましたが。こう見えて私も、元Aランク冒険者なんですよ?」


 ……そうか。先に地上に帰った三人が、救援を呼んでくれたのか。

 ツバキさんと一緒に来た他の冒険者が、負傷者の治療を始めている。良かった。これなら地上まで体力が保てそうだ。


「……その様子だと、既に元凶は倒してしまったようですね。正直推定Aランクのモンスターなんて勝てるかどうか怪しい所だったので、撤退戦のつもりで来たのですが……まさか倒してしまうとは。やはりシテンさんは只者ではないですね?」


「はは……」


 ツバキさんの言葉に返事をする余裕もなく、僕はその場にへたり込んだ。

 負傷者の治療が間に合ったことで、ようやく一連の戦いは終結したと言ってもいい。

 僕自身も気づかない内に消耗していたらしい。しばらく立ち上がれそうになかった。


「……お疲れさまでした、シテンさん。あとは私達に任せて、少し休んでください」


 ツバキさんの言葉に甘えて、僕はその場で束の間の休息を取ることにした。

 ……迷宮都市を震撼させた連続石化事件は、これでようやく解決に至ったのだった。



「ねえ、シテン」


 負傷者の処置が一通り終わり、全員で地上に戻る最中。

 ゴーレムの荷台に乗ったソフィアが、声を掛けてきた。


「どうしたの、ソフィア」


「……お礼を言っておきたくて。あのリッチを倒してくれた、お礼」


いつぞやの独白のように、ぽつりぽつりと語り始める。

その声が少し震えているような気がしたけれど、僕は気づかないふりをした。


「これで石化事件の被害者が増えることも無くなる。犠牲になった人たちも、これで浮かばれる。……私だけじゃきっと、この事件を解決することは出来なかった。直接犯人をぶちのめしてやりたいっていう、私の願望も」




「全部、シテンのお陰よ。シテン、本当にありがとう」


 花の咲くような笑みを浮かべたソフィアの目の端に、煌めくものがあった。

 それだけで、彼女がこの事件に、どれだけ心を痛めていたか分かるような気がした。



「……ソフィアもお疲れ様。ここまで辿り着いたのはきっと、ソフィアの力もあってこそだよ」


 ……同時に、そんな彼女の笑顔に思わず見惚れてしまった自分がいた。

 そのせいか、咄嗟に返事はしたが、気の利いたセリフが思い浮かばなかった。

 今の言葉、早口になっていなかっただろうか。


「ふふ、ありがと。でもここまで迅速に解決出来たのは、間違いなくシテンのお陰よ。……本当にありがとう、シテン」


 そんな僕の心境が見透かされたのかは分からないが、ソフィアはくすりと笑った。


「……お礼、と言ったらなんだけど。もし今後シテンが困った時は、いつでも私を頼って。私に出来る事なら、なんでも協力するから」



 誤解を招く言い方は止めた方がいい、という忠告が喉まで出掛かったが、結局口に出すことは無かった。理由は分からなかった。

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