第54話 リリス

お詫び:連続更新します!とか言っておいて更新すっぽかしてしまい申し訳ありませんでした……!


◆◆◆


(リリス視点)


 ――シテンさんに、どうして冒険者になったのか、尋ねてみたことがあります。


「ん? ……そうだなあ。簡単に言うと、人助けかな?」


 たしか、狂精霊を倒しながら特訓をしてもらっている時だったと思います。


「つい最近なんだけど、僕のユニークスキルで人助けをしたことがあったんだ。その時たくさんの人に感謝された事が、忘れられなくて。今までこのユニークスキルを持っていても、それで良い思いをしたことはなかったんだ。だからびっくりした」


 シテンさんは話しながら、当時の状況を思い返しているようでした。

 きっとその瞳には、人から感謝されたという当時の光景が今も焼き付いているのでしょう。




「それで、『僕のユニークスキルでも、人の役に立つことは出来るんだ』って気づいたんだ。物をバラバラに壊すだけのスキルでも、要は使い方次第だって、今になって気付いた」


 ……後で知ったことですが、シテンさんはユニークスキルを持っていたがために、『勇者パーティー』というところに無理やり同行させられていたそうです。

 最近気づいたことですが、シテンさんはあまり自分の事を話したがりません。この瞬間も、何か複雑な、暗い感情がシテンさんから発せられるのを見ました。

 きっと、ユニークスキルのせいで、他にも過去によくない思いをしたことがあるんだと思います。


「だから、この力を使って、僕にしかできない事をやろうと思った。せっかくユニークスキルなんて大層なものを得たんだからね。……そして考えた結果が、迷宮都市で冒険者として人助けをする事だった。この力を使えば未知の素材を手に入れられて、薬を安価で作ることも出来るし、他にも何か僕にしかできない役割があると思うんだ。あとは孤児院への仕送りも兼ねて、かな?」


 勇者みたいに、大それた理由じゃないけどねと、苦笑するシテンさん。


 世界でたった一つしか存在しないスキル、ユニークスキル。

 シテンさんはやや過小評価している傾向がありますが、【解体】のスキルは十分に強力だと思います。

 そんな強大かつ唯一の力を得てしまったら、ヒトは増長してしまってもおかしくありません。

 ……それでも欲に囚われず、スキルを使ってやりたい事が『人助け』と言えてしまうのは、シテンさんの魅力の一つだと思います。



 私は、そんなシテンさんに憧れました。



「私も、シテンさんみたいに人助けが出来るでしょうか?」



 初めて出会った時、スライムに襲われていた私を助けてくれたのも、『人助け』の一環だったんだと思います。

 あの時、私には味方はいませんでした。

 何も分からず生まれ落ちて、訳も分からず魔物に襲われて、冒険者にも襲われて。

 生まれた時から敵だらけで、魔物からもヒトからも敵意を向けられて、私はどうすればいいかも分からず、ただ泣きながら逃げるしかありませんでした。

 やがて限界が訪れて、スライムに飲み込まれた時、私はもう、生きることに疲れ切っていました。



 ……こんな思いをするくらいなら、生まれてこなければ良かった。



 そう考えていた時、私を救ってくれたのが、シテンさんでした。

 シテンさんも最初は、私の事を警戒していました。それでもその根底には、優しさがあるのも感じ取れました。

 誰かに手を差し伸べてもらったのは初めてで、しかも魔物である私を受け入れてくれて……そんなシテンさんに、私は強い執着と、憧れを抱きました。


 ……シテンさんがたくさんの人に感謝された事を忘れないように、私もシテンさんに救ってもらったことを決して忘れません。


「きっと出来るよ、僕が保証する。僕にだって人の助けになれたんだ。リリスの優しさと力があればたくさんの人、いやもしかしたら、魔物だって助けられるかもね」



 だから、私もシテンさんと同じになりたかったんです。

 憧れの人と同じように、誰かの助けになれる私に、なりたかった。




 

 だけどそれは結局、私の夢想にすぎませんでした。



「ヒャヒャヒャヒャーー!!」


 骨を擦り合わせたかのような、聞いたヒトを不安にさせるような嗤い声。


 私たちが倒したはずのケルベロス、その頭の付け根から、骨と皮だけの上半身が飛び出しています。

 感じ取れる底知れぬ悪意と敵意が、あのアンデッドこそこの事件の犯人に違いないと、私に確信を抱かせました。


「ああ、愉快、愉快――やはり人間など、ウジ虫の様にすり潰すのが一番じゃ!」


 私達を嘲笑うあのアンデッドからは、触手のように影が伸びていて。

 その先端には、心臓を貫かれたソフィアさんがぶら下がっていました。


 ――私が現実逃避をしても、何も状況は変わっていませんでした。


 死んだはずのケルベロスが蘇り、真っ先にソフィアさんを狙いました。


 私はその敵意を感じ取れても、それを防ぐことは出来ませんでした。


 もう既に自力で動けないソフィアさんは、何もできず心臓を貫かれて。


 運搬用のゴーレムも動かなくなって、ジェイコスさんや他の冒険者の皆さんも、逃げることも出来ず倒されてしまいました。



 残ったのは、無力で何もできない、泣きじゃくるだけの私です。


「う、あぁ、ああぁぁぁぁぁ……」」



 結局私は、シテンさんのようにはなれませんでした。

 ソフィアさんやジェイコスさん、私と仲良くしてくれた冒険者のヒト達。その皆さんが、目の前で倒されるのを、私は止められませんでした。


 ……私が居なければ、こんな事にはならなかったのでしょうか。

 私が石像を見つけたことをシテンさんに伝えていなければ。

 人助けをしたくて、石化事件の痕跡探しに協力していなければ。

 そうすれば、ソフィアさんも、石像になってしまった聖職者さんも、ジェイコスさんも、他の冒険者さんも、こんな事にはならなかったのでは、ないのでしょうか。


「……さて、残るは貴様だけじゃ、小娘。まさかサキュバスが人間共の味方をしているとはのう。証拠は隠滅していたはずじゃが、感情の痕跡までは拭いきれなんだか。貴様にもそれ相応の報いを受けてもらわなくてはなァ」


 胸に大穴の空いたソフィアさんを投げ捨て、ケルベロスが近づいてきます。

 その上に体を生やしたアンデッドが、私に粘ついた悪意を向けました。


 あぁ……まただ。

 誰かから、敵意を向けられる感覚。シテンさんと出会う前の、誰も味方のいないあの孤独な感覚を思い出してしまう。



「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 魔物である私なんかが、ヒトであるシテンさんに憧れてしまったから?

 人助けだなんて、身の丈に合わない夢を抱いてしまったから?

 こんな思いをするくらいなら、皆を傷つけるくらいなら、

 やっぱり私は、生まれてこなければよかったのでしょうか。


 ソフィアさんの命を奪った触手が迫る中、私は後悔と懺悔を口にしながら、それでも脳裏に思い浮かぶ光景がありました。

 決して忘れないと誓った、シテンさんが私を救ってくれた、あの時の光景です。

 シテンさんなら、こんな私でも、また助けてくれるのでしょうか。




「助けて」







「リリス。遅くなってごめん。助けに来たよ」



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