第53話 寄生虫
(三人称視点)
ケルベロスの体内で複数人が放った攻撃が炸裂した。
ひと際大きくケルベロスの身体が痙攣したかと思うと、それきり三つの頭を地に伏せ、動かなくなった。
数瞬遅れて、体中の穴という穴からドス黒い血液が流出し、辺りには血と獣臭が混じった臭いが漂い始めた。
「死んだ……のか?」
冒険者の誰かが沈黙に耐えられず声を出した。
ソフィアはケルベロスに意識を集中させたが、ステータスは表示されない。
その巨躯の何処にも、魂の残滓を見つけることは出来なかった。
「死んでるわ」
そう呟くと同時に、ソフィアはその場にへたり込んでいた。
既に体力の限界で、意識を繋ぎ留めるのがやっとだった。
「俺も確認した。……ステータスが表示されない。間違いなく死んでいる」
ジェイコスも同様に確認し、最後の力を振り絞ってスキルを使い、声を拡散させた。
「――ケルベロスは倒した! 俺たちの勝利だ!!」
ジェイコスが勝利を宣言すると、冒険者達が揃って勝鬨をあげた。
「よっしゃあああ!!」
「信じられねぇ! Aランクのモンスターを倒しちまった!」
「ざまーみろ!」
「喜ぶのはまだ早いぞ! 毒炎にやられる前にさっさと脱出するんだ!」
術者であるケルベロスが斃れたせいか、燃え広がっていた毒炎は急激にその勢いを失いつつあった。
しばらくしてケルベロスの死体が消えれば、完全に鎮火するだろう。
「うぐ……もう限界……」
魔力を使い果たしたソフィアが、その場で崩れ落ちた。
「大丈夫ですかソフィアさん!?」
「リ、リリスちゃん……悪いけど、私のカバンからポーション取ってくれない……? せめてゴーレムだけでも動かして、みんなをここから避難させないと」
見渡すと、ソフィアだけではなく他の冒険者も、力を使い果たしてその場にへたり込んでいた。
戦闘どころか、身動きすら難しい状態だ。
「ゴクッ……ふぅ。そろそろポーション中毒になりそう……ありがと、リリスちゃん」
リリスから受け取った回復ポーションを無理矢理飲み干したソフィアは、【錬金術】スキルを発動する。
「【錬金術――大量生産:運搬用ゴーレム生成】。動けない人は言って。私のゴーレムで出口まで運ぶから」
狂精霊の核を運搬する時に使った、荷台のようなゴーレムが地面から大量に出現する。
ソフィア自身ももう碌に動けないのだろう、自分で作ったゴーレムの荷台に乗り込んでいた。
「感謝する、ソフィア。……シテンは結局、ケルベロスとの戦いに間に合わなかったな」
「正直最初は、勝てるとは思ってなかったわ……未だに実感が湧いてこない」
「シテンの攻撃で、足を一本失っていたのが大きい。あれがなければ、敵の体勢を崩すという作戦も実行できなかっただろう」
ジェイコスは冷静に今回の勝因を分析していた。
実際、シテンが足を奪っていなければ、此処にいる冒険者達が総力を結集してもケルベロスは倒せなかっただろう。
「ひとまず脅威が去った今、シテンを出迎えたい所ではあるが……負傷者が多い。早急に地上に戻り、手当てが必要だ。ソフィア、悪いが負傷者たちをゴーレムで地上まで送り届けてくれるか? シテンの出迎えは俺が行っておこう」
「……ううん、しょうがないわね」
本音を言うと、シテンを自ら出迎えたかったソフィアだが、運搬用ゴーレムは術者が近くに居ないと動かない。負傷者たちと一緒に、一足先に地上に戻ることにした。
「リリスちゃん、代わりにシテンを出迎えてあげて。怪我してたり疲れてたら、私の回復ポーションを飲ませてあげてね」
「…………」
ソフィアはシテンを出迎える役をリリスに任せようとしたが……リリスからの返答はなかった。
――リリスはどこか、怯えたような表情をしていた。
「リリスちゃん?」
怪訝な表情を浮かべるソフィア。
同時に傍にいたジェイコスが、周囲の異変に気付いた。
「……気のせいか? 炎が勢いを取り戻したような」
ケルベロスと共に消え去るはずの毒炎は、しかし消えることなく未だに燃え盛っていた。
「な、なんですか、これ……こんな、ひどい感情が……気持ち悪い……」
リリスが今度は顔を青ざめさせて、がたがたと体を身震いさせ始めた。
ここまで来てソフィアも異変に気付く。
ケルベロスの死体が消えていない。既に討伐から数分が経過している。普通ならとっくに塵になって消えている頃だ。
「――――ヒャ、ヒャヒャヒャヒャ」
地に付したケルベロスの死体。
その三つの頭の付け根のあたりから、
死体を貪る寄生虫のように、生理的な嫌悪感を抱かせる姿だった。
「あぁ……よくも、よくもやってくれおったな。ケルベロスを殺すだけでなく、この儂をも一度は殺すとは……許さんぞ、子ネズミ共」
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