第45話 血みどろの逃避行
(ソフィア視点)
「ソフィア、リリスを頼む! 僕は奴の足止めに加わる!」
私たちの前に現れたAランクモンスター、ケルベロスを前にして、シテンは突然そんな事を言い出した。
「えっ、ちょっと!?」
私の制止も聞かず、彼は足止めをしているジェイコス達の下へ駆けてゆく。
突然の出来事に一瞬呆然としてしまうが、リリスちゃんが私を現実に引き戻してくれた。
「ソフィアさん、行きましょう! シテンさんはきっと何か考えがあるんです!」
「……っ」
シテンをあんな危険な魔物の前に置いていって良いのか、最初私は躊躇した。
けれどリリスちゃんの言った通り、彼には何か考えがあるようにも思えた。
まだ出会ってひと月も経っていない関係だけれど、それでもシテンの人柄は把握しているつもりだ。
シテンは勝算もなしに、無策で突っ込むタイプの冒険者ではない。
「分かった、行きましょう。……すぐに影の道まで、リリスちゃんを無事に避難させる。その後でシテンも助けに行くわ!」
「はい!」
覚悟を決めた私は、他の撤退組の冒険者と一緒に元来た道を、全速力で引き返す。
……けれど、流石にそう上手くいかないみたい。
「み、皆さん! 周りからたくさんの敵意を感じます! 注意してください!」
「やっぱり簡単には逃がしてくれないみたいね……」
リリスの忠告通り、周辺の木の影から大量のゾンビが現れ始めた。
けれど私達には、アンデッドモンスターを退ける結界の使い手が居る。
「グオオオオオッ!!」
ゾンビの大群は結界に触れた瞬間に塵になっていく……でも、数が多すぎる。
結界も無制限に展開できるわけじゃない。それにさっきと違って前衛ができる冒険者が減ってるから、ゾンビの群れに対処できないかもしれない。
結界がもし途切れたら、少なくとも私たちは身動きが取れなくなってしまう。
私は結界を維持している聖職者の女性に、状況を確認する。
「結界はどう!? まだ保てるかしら!?」
「まだ大丈夫です! このゾンビの群れさえ切り抜けられれば――」
「危ないっ!」
リリスちゃんの警告。
けれどそれを理解した時には、既に遅かった。
「――――」
一瞬、黒い影のようなものが、聖職者の女性を覆った、気がした。
次の瞬間、ついさっきまで話していた彼女は、私の目の前で、物言わぬ石像と化していた。
一瞬で、当の本人さえも自覚しないまま、私はまた、何もできなくて。
「石化攻撃だ!」
「このタイミングでか!? どこからだ!」
「やばい、うちの聖職者が狙い撃ちにされた……結界が!」
術者が居なくなった事で、ゾンビを退けていた結界が解除される。
洪水の様に溢れ出す百以上のゾンビが、私達を蹂躙せんと襲い掛かってくる。
「ご、ごめんなさい! 私がもっと早く気付いていれば……ゾンビの敵意と混じって、気づくのが遅れてしまって……」
「……リリスちゃんは悪くないわ。悪いのは全部、石化を起こした犯人よ」
涙目で慌てるリリスちゃんを落ち着かせようと、静かにゆっくり、私は呟いた。
……けれど、私も内心では、自分への無力感と苛立ちを抑えるのに、幾ばくかの苦労を要した。
石像と化した彼女は、微動だにしない。
この混乱の中、彼女を庇って戦う余裕はない。即ち、石化=死を意味する。
私は石像と化した彼女を救えない。見捨てることしかできない。
「――――。『氷よ、極寒よ、――その牙を以って、凍てつき、凍えよ』!!」
私の中で膨れ上がる感情を糧に、膨大な魔力を込めて詠唱を始める。
五節詠唱。今の私に出来る、最大威力の魔術。
虚空から現れた氷塊の波が、押し寄せるゾンビを轢き潰していく。
「グゲァ!」
「オオオーッ!?」
「――氷は長くはもたないわ! 今のうちに一点突破を!」
体内の魔力がごっそり失われる感覚と共に、急激な疲労感が襲い掛かってくる。
それを気合で誤魔化して、連続で魔術を使用する。
「『凍えよ』、『凍えよ』、『凍えよ』!!」
「私もっ……! 『氷よ、凍えよ』!」
私とリリスちゃんの魔術攻撃で、僅かにゾンビの包囲網に穴が開く。
ここだ、チャンスは今しかない!
「今だっ! 火力を前方に集中させろ、こじあけるぞ!」
「このチャンスを無駄にするな! さもなきゃ全滅だぞ!」
「石像になった奴は悪いが置いていく、抱えて逃げる余裕はない!」
他の冒険者も負けじと、各々の武器やスキルでゾンビの群れを薙ぎ払っていく。
前衛が少ない分、大半が後方支援火力、魔術や弓などでの攻撃だ。
今は前衛の代わりに、私の氷がゾンビをせき止めているけれど、氷がなくなれば私たちは今度こそ終わりだ。
残った全ての力を搔き集め、ゾンビ共を殲滅していく。
止まることのないゾンビの大群に焦りを感じながら、いつ来るか分からない石化攻撃への恐怖を抑えながら、私たちは戦い尽くした。
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