第46話 命運は、シテンの手に握られる
(ソフィア視点)
氷魔術で作られた杭が、迫るゾンビをまとめて串刺しにする。
【錬金術】スキルで生み出されたゴーレムが、纏めてゾンビをひき肉にする。
ゾンビ共の血肉が辺りに飛び散り、私の衣服を汚していく。
死体はやがて消滅し、浴びた血肉もなくなるけれど、すぐにまた腐った血肉のシャワーを浴びる。
吐き気を催す悪臭と、喉の渇きと、魔力枯渇による倦怠感で、私の意識が散り散りになっていくのを自覚する。
それでも私は決して口の動きを止めず、スキルと魔術の詠唱を紡ぎ続けた。
……どれだけの時間が経っただろうか。
ついに視界が霞み始めたその時、ゾンビの群れの一方向、古城の方角から、突然爆発が起きたのを認識した。
「――遅くなって済まない! 加勢する!」
現れたのは、ケルベロスの足止めに加わっていた調査団のリーダー、ジェイコスだった。
先ほどの爆発は、彼の持つスキル【衝撃】によって生み出されたものだったみたい。
ジェイコスだけでなく、他に足止めに加わっていた前衛の冒険者も引き連れている。
彼らは消耗こそしていたが、まだまだ戦闘は継続可能な様子だった。
「ゾンビ共を吹っ飛ばせ! 包囲網に穴を開けろ! ――【
ジェイコスが槍を振るうと、私達を包囲していたゾンビの群れが塵芥のように吹っ飛ばされていく。
前衛が復帰した事で、ギリギリのところで保たれていた私たちの戦線は見事に息を吹き返した。
ゆっくりと、でも確実に私たちは出口に向かって進行していく。
――その時、私はある事実に気付いた。気づいてしまった。
「ここまでよく持ちこたえてくれた。後は俺たちに任せて出口に――」
「ねえ、シテンは? シテンはどこ!?」
思ったより大きな声が出てしまったけれど、それを取り繕う余裕は私にはなかった。
シテンが居ない。ケルベロスの足止めに加わっていたはずの、シテンが帰ってきていない。
まさか、まさか――シテンは、あのケルベロスに、
「落ち着け、彼は死んでいない。彼は自らの意思で、自分の役割を果たしに行った」
――静かに語られた言葉が、冷や水の様に私の心を落ち着かせるのを感じた。
ジェイコスは私の動揺した声を聞いても、冷静沈着な態度を崩しはしなかった。
「ごめんなさい、少し慌ててたみたい……ならシテンは、今どこに?」
そして落ち着いて初めて、新しい疑問が湧いてくる。
ジェイコス達が私達に合流したという事は、ケルベロスとの戦いが終わったという事。
けれど正直、今の私たちの戦力ではあの化け物に勝てる気はしない。二手に分かれたのならもっての外。
ならジェイコス達は、どうして私達と合流することが出来たの?
「……彼は、こいつらの首魁の下に単身で向かった。首魁の注目を引き付けながら、ケルベロスを足止めするために」
「足止め……!? シテン一人で!? いくら何でも無茶よ!」
「俺も正直、この判断が正しかったかどうか分からない。――だが彼の、シテンの実力は確かなものだ。俺たちの前で、ケルベロスの足を一本斬り落としてみせた。Bランク冒険者が集まっても、ロクなダメージを与えられなかったケルベロスをだ」
ジェイコスは古城の方に視線を向ける。
さっきよりは遠く見えるようになった古城、あそこで今、シテンは独りで戦っているの?
「俺はシテンを信じてみる事にした。これは賭けだ。彼がどれだけ敵を足止め出来るかで、俺たちの命運が決まる。――彼を見殺しにしたと
……そう言ったジェイコスの瞳には、覚悟が宿っていた。
そうだ、さっき私も考えた事じゃない。シテンは勝算もなしに、無謀な戦いをするタイプじゃないって。
シテンが自ら囮になると言ったのなら、きっと考えがあるはず。
「信じるわ」
「感謝する」
私の意思を伝えるのには、その一言だけで十分だ。
私はジェイコスの判断と、シテンの意思を信じる事にした。
そして悲鳴を上げる私の身体に鞭打ちながら、お互いに戦場に戻っていく。
直後。
古城の方角から、大爆発が――先ほどのジェイコスの衝撃波を凌駕する爆発が、私達を襲い掛かった。
「キャアッ!」
「なんだ!?」
ゾンビですらも一瞬、気を取られる程の大爆発。
強烈な風圧と砂埃が止んだ後、そこには、目を疑う光景が広がっていた。
堂々とそびえ立っていた古城。
その上半分が、まるで最初から無かったかのように、跡形もなく消滅していた。
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