第43話 攻守反転
「撤退する!」
ジェイコスさんの決断は早かった。調査班の力では目の前の魔物、ケルベロスに敵わないと判断したのだ。
「俺も含め、前衛複数人で奴を足止めする! その間に影の道まで戻れば、奴の図体では追ってこれない筈だ、急げ!」
「「「WOOOOOOOOO!!!!!」」」
慌てて調査班が撤退を始めると共に、ケルベロスがこちらに飛び掛かってきた。
ジェイコスさんと共に、何人かの前衛冒険者がケルベロスの足止めに加わる。
「ソフィア、リリスを頼む! 僕は奴の足止めに加わる!」
「えっ、ちょっと!?」
Aランクの魔物という事は、討伐にAランク冒険者の参加が推奨されているという意味だ。
つまりAランクの勇者パーティー【暁の翼】が、本来相手取るレベルの相手なのだ。
勇者パーティーの、Aランク冒険者の実力は、よく知っているつもりだ。だからこそ分かる。ジェイコスさん達はケルベロスの猛攻に耐え切れない。
「ジェイコスさん、加勢します!」
「シテン!? Eランクの君が戦える相手ではない! 下がっていろ!」
ジェイコスさんごめんなさい。忠告、今回は無視させてもらいます。
僕はケルベロスと切り結ぶ冒険者達の間に割って入る。
そして奴の注意を惹きつけるべく、ステータスを注視する。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【ケルベロス】 レベル:60
性別:オス 種族:魔物、悪魔
【スキル】
〇炎の刻印……任意の攻撃に、火属性の魔力を付与する事が出来る。
〇氷の刻印……任意の攻撃に、氷属性の魔力を付与する事が出来る。
〇雷の刻印……任意の攻撃に、雷属性の魔力を付与する事が出来る。
〇自然回復力向上……自然回復力が向上し、傷がすぐに治る。
〇猛毒ブレス……猛毒を含んだブレスを口から放つことが出来る。
〇吸血……他の生き物の血を飲むと、一定時間身体能力と魔力が向上する。
【備考】
なし
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
スキルが六つも――!
って、驚いてる場合じゃない! ケルベロスがこっち向いた!
「「「VAAAA!!!」」」
三つの頭が咆哮して、一直線にこちらに向かってくる。
四メートルはある巨体だというのに、かなりの速さだ。
……だが準備さえしておけば、対応できないスピードではない。
ケルベロスの前足が僕を押しつぶす直前。
僕の身体は影の中に沈み込んだ。
同時に僕はケルベロスの足を伝って、奴の影の中に入り込む。
僕を見失ったケルベロスの背後に回り、影から飛び出した。
「【
体表から滴っている、恐らく猛毒の体液を避けるように中距離攻撃を仕掛ける。
だが、ケルベロスの胴体目掛けて短剣を振るった瞬間――獣の本能で危機を察知したのか、奴がその場から急に飛びのいた。
遠隔解体の狙いが逸れる。胴体ではなく、奴の後ろ足へ。
「「「GUAAA!!??」」」
その瞬間、まるで豆腐を切るかの様に、ケルベロスの足があっけなく切断された。
「「「VOOOOOO!!!!」」」
足を斬り落とされたケルベロスが一歩下がって、僕の事を恨めし気に睨みつけていた。
どうやら僕の解体スキルは、ケルベロスであっても問題なく通用する様だ。
自然回復力向上のスキルで、傷口が再生する様子もない。再生能力もちゃんと阻害出来ている。
「なっ!?」
「すげえ! あいつケルベロスの足を一撃で斬り落としやがった!」
「どんな攻撃力してるんだ!? あの短剣が何か特別なのか!?」
足止めに参加していた他の冒険者から驚愕の声が伝わってくるが、それを気にしている余裕はなかった。
なぜなら、見えてしまったからだ。
撤退するソフィアとリリス達を取り囲むように、ゾンビの群れが再び現れ、襲い掛かっている所を。
「おいどうなってる!? 結界が解除されてるぞ!」
「不味い、前衛は殆どこっちに来ちまった! 向こうに残ってるのは後衛ばかりだ! これじゃゾンビ共の攻撃に耐えられるか分からんぞ!」
「クソッ……シテン! 悪いが付き合ってもらうぞ! ケルベロスをこのまま無力化させて、撤退中の仲間と合流――」
ジェイコスさんが指示を出すより早く、僕はケルベロスに追撃を加えんと飛び出している。
だが、同時にケルベロスもまた動く。
一瞬、溜めるような動作――ブレスか!
「離れろ!」
攻撃を中断し、慌ててその場から飛びのく。
直後、ケルベロスの中央の口から放たれた獄炎が、さっきまで僕のいた場所を焼き払った。
「ただのブレスじゃない! 猛毒ブレスに炎属性を付与してるのか!」
鼻から脳天に突き抜けるような刺激臭が漂い、咄嗟に息を止める。
放たれた毒炎はあっという間に広がり、周囲の木々に燃え移った。
そして一瞬、僕らが距離を空けた瞬間だった。
どぷり、とケルベロスの影が膨らんだかと思うと、沼に引き摺り込まれる様に姿を消してしまったのだ。
「は……?」
「ッ! 影魔術だ! ケルベロスをどこかに転移させた!」
――まさか。
◆
(三人称視点)
「ヒャヒャヒャヒャ! 愉快愉快! まるでアリの様に逃げ惑うておるわ!」
古城の主、そしてケルベロスの『飼い主』でもある男は、ゾンビに囲まれ身動きがとれなくなっている冒険者を眺めて嘲笑っていた。
「さっきは不覚を取ってしもうたが……儂が本気を出せばこの通りよ! 人間風情が儂に楯突くからこうなるのじゃ。『番犬』と出会った時のあいつらの顔と来たら……ヒャヒャ、思い出すだけで笑えてくるわ!」
シテンが投げ込んだ爆発物の影響で、男はしばらく外の様子が確認できなくなっていた。
だがそれは男を逆上させるきっかけとなった。虎の子である番犬、ケルベロスを冒険者にけしかけて、皆殺しにする腹積りであった。
だが現在、男は撤退する冒険者の方を観察するのに夢中で、ケルベロスと戦っている足止め役達には気を払っていなかった。
ケルベロスはAランクのモンスター。Aランクに満たない冒険者が数人奮闘した所で、敵う相手ではないのだ。
決着の分かりきった戦いを見るよりも、自らゾンビを率いて撤退する冒険者を追い詰める方が楽しめると思ったのだ。
「さて、そろそろ番犬、ケルベロスがあいつらを食べ尽くした頃か? 久しぶりの人間の肉じゃから、さぞかし喜んで――」
ここに至ってようやくケルベロスの様子を覗いた男は、あまりの驚愕に一瞬、声を失った。
「ば、馬鹿な! 一人も殺せていないどころか、足を斬り落とされたじゃと!? 奴ら、Bランクの冒険者ではなかったのか!?」
決定的瞬間を見逃していたため、誰が足を斬り落としたのかすぐには判別できなかった。
「何をしておるケルベロス! そんなネズミ共、お前のブレスで焼き尽くして――いや、待てよ?」
怒りのままにケルベロスに攻撃命令を出そうとした男だったが、直前で悪魔的なアイデアが閃いた。
「今こいつらを殺すのは容易じゃが……それよりも先に、逃げる冒険者を殺した方が効果的かもしれんな。足止めの役目も果たせず、目の前で炎に包まれながら殺される仲間達――うむ、そっちの方が好みじゃのう! ここまでしてくれた人間共には、たっぷり絶望しながら死んでもらわなくては気が済まん!」
早速ケルベロスに、遠隔で影魔術を行使する。
図体が大きい分、ケルベロスが通れるほどの影の道を作るのには多少の集中を要したが、その後に待っている展開を考えればさしたる苦ではなかった。
「さ~て、もうすぐケルベロスがゾンビ共と合流するぞぅ、生意気な冒険者共の惨殺ショーをたっぷり愉しんでから、足止めしていた輩をいたぶって――」
男がその気配に気づいたのは、ただの偶然だった。
ケルベロスの転移に集中していなければ、もっと早くに気づけたかもしれない。だが、全ては後の祭りである。
「
青年の手が、
シテンの手が、
男の首元を掴んでいた。
触れたもの全てを解体する、必殺の手で。
「なっ……!? 貴様どこから!?」
シテンは男の声に応えず、確実に相手を解体するために、明確な殺意を持ってスキルを発動した。
「【解体】」
◆
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