第42話 ランクの差
(三人称視点)
「子ネズミ共め、何処から入り込んだ? ここは物理的に閉鎖された空間、普通の手段では来ることはできないはずじゃが……」
薄暗い古城の一室で、しわがれた男の声が響く。
声の主の視線は、自らの影に向いていた。
本来ならば何も移さない真っ暗闇のはずだが、その影にはシテンたち調査班が、ゾンビの大群と戦う光景が映し出されていた。
「小手調べにゾンビをけしかけてはみたが、まるで相手になっておらんのう。Dランクの魔物を容易く蹴散らすとなると、Cランクの他にBランク冒険者も居るようじゃな」
戦況は一方的だった。
四方を囲まれているにもかかわらず、冒険者達が次々とゾンビをなぎ倒していく。
百以上いたゾンビの群れは、わずか数分で半数まで数を減らしていた。
「これ程の戦力を揃えてきたとなると、此処に来たのは偶然ではあるまい。間違いなく儂を討伐しに来たな? はて、どこから情報が漏れたのやら」
手に持った杖で足元の影をコツコツ、と叩くと、影がまるで生物のように蠢いた。
男の影は迷宮内にある様々な影に繋がっている。その中の一つ、ゾンビを保管している場所から、調査班の所へ追加のゾンビを送り出したのだ。
「【蛇の眼】の準備が整えば、奴らをまとめて石像にしてやれる。それまではゾンビで相手をしてやろう。……いや、念のため『番犬』も呼んでおくか?」
そう呟き、男が一瞬影から意識を逸らした瞬間だった。
突如、男の足元が爆発した。
◆
(一人称視点)
僕は『大爆炎』の魔術スクロールを起動し、影の中に放り込むという作業を続けていた。
「多少は効いてくれると良いんだけど」
ゾンビ達が影の中から出てきたのを見るに、あの影も魔術によって他の空間と繋がっているのは間違いない。
ならば影の中を攻撃してしまえば、隠れているゾンビや術者に直接ダメージを与えられると考えたのだ。
普通は影の中に物を投げ入れるなんて事は不可能だが、ここで先日用意したヴァンパイアの防具が活きてくる。
ヴァンパイアの素材から作られたこの防具には、『影に干渉できる』という能力が備わっている。
影の中に武器や道具を保管したり、自分の身体を短時間影の中に潜行するといった使い道が主だが、今回は敵の影に爆発物を投げ込むという用途になった。
ゾンビ共を相手にするよりは、本体に直接ダメージを与えた方が相手も混乱するだろうと思い、ジェイコスさんに提案してみたのだ。
ゾンビ共の隙を窺い、影にスクロールを投げ込むと、そこからはゾンビが出てこなくなった。
影と影を繋ぐ魔術が壊れたか、繋がっていた他のゾンビや術者に被害が及んだか。どちらかはわからないが、とりあえず効果はあったようだ。
ゾンビの湧き出る影を一つ無力化し、次のポイントに向かう。
数十体のゾンビの群れが立ち塞がるが、いちいち相手をしてやる必要はない。
「【遠隔解体】」
「「「グギャアアアア!??」」」
一直線に放たれた斬撃は、ゾンビを切り裂くだけに留まらず、その背後に居た別のゾンビまでまとめて切断する。
レベルアップと共に範囲、威力共に向上した解体スキルは、数十体のゾンビを纏めて蹴散らした。
動きも鈍く、防御も薄い。ゾンビ程度の敵なら問題ないな。
次の影にスクロールを放り込みつつ、他の場所の戦況も窺う。
「ゾンビ共を駆逐しろ! ――【
ジェイコスさんがスキルを使い、獲物の長槍を振るう。
槍が命中したゾンビと、その周辺に居たゾンビが纏めて吹き飛ばされた。うわ、今のでニ十匹くらい倒したな。
「リリスちゃん、近くに森があるから、炎以外の魔術で攻撃してね! ――『氷よ、凍えよ』!」
「は、はいっ! ――『氷よ、凍えよ』!」
ソフィアとリリスが連携して、氷魔術でゾンビの動きを封じていく。
リリスはどうやら氷属性に適性があるらしい。数日の修行で、既に二節詠唱を行えるまでになった。
普通の人間の魔術師が二節詠唱を習得するまで半年かかるらしいから、かなりの習得速度だ。もしかしたらリリスは魔術の天才かもしれない。
「ジェイコスさん、結界の準備整いました!」
「よし、発動しろ! ゾンビ共をまとめて土に還してやれ!」
調査班の中には聖教会で修練を積んだ聖職者も加わっている。
長い詠唱と祈りの後、その聖職者が大規模な結界を発動した。
「グェアアァァアァ!?」
アンデッドに特効である、聖なる力に満ちた結界が僕らを包み込む。
結界に巻き込まれたゾンビの群れは、まとめて浄化され消滅してしまった。
「……よし、ひとまず切り抜けたな。このまま結界を維持し、古城へ向かうぞ!」
百以上は居たゾンビの群れが、わずか数分の戦いで全滅してしまった。
一方こちらは大して消耗もしていない。ランク差がある魔物との戦いは、やはり一方的な展開になってしまうな。
「シテン、そっちはどうだ。効果はあったか」
「なんとなく手応えはありました。これで敵の勢いが少しは収まると良いんですけど……」
流石にこれで倒せるとは思っていない。あくまで牽制だ。
その後古城に向けて進軍する僕らだったが、敵の増援らしき影は見当たらなかった。
高価なスクロールを奮発した甲斐があったか、はたまた結界のお陰か。
「もうすぐ城に着くぞ……」
崩れて役目を果たしていない城壁が、僕らの目の前に姿を現す。
……その城壁の奥から、のそり、と巨大な影が姿を現した。
「なっ……」
「コイツは」
乾いた血のような赤褐色の肌。
胴体からはポタポタとドス黒い液体が滴り落ちており、蛇のような尾が付いている。
そして、こちらを見て舌なめずりを浮かべる、犬の頭が三つ。
「あの魔物、まさか【ケルベロス】か!?」
三つ首の番犬、ケルベロス……Aランク相当のモンスターだ。
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