第29話 装備を新調してみた
孤児院でシア達と一夜を過ごした翌日。
僕とソフィアは、再び迷宮の第3階層を訪れていた。理由はもちろん、狂精霊の核集めだ。
「――へえ、魔物の大移動は、そのミノタウロスっていう魔物が原因だったのね」
僕はソフィアに、ギルドで聞いた三大異変についての情報を共有していた。
一度被害に遭ってしまった彼女には、是非とも把握しておいてほしいからだ。
「近々Sランク冒険者が派遣されるっていう話だよ。もしかしたら、
「あんなのはもう二度と御免よ。“迷宮が大爆発したので地形が修復されるまで立ち入り禁止”だなんて。いくらなんでも加減を知ってほしいわ」
あの時の騒動は酷かったな……
数年前の事。生態バランスの乱れによって、迷宮で大量発生した虫系モンスターを駆逐するためにSランク冒険者が派遣されたのだけれど、やりすぎて迷宮が崩壊してしまいしばらく誰も迷宮に入れなくなったという話。一体何をどうしたらそうなるんだろう。
「あとは、魔物の狂乱化と、石化事件だね。この二つは依然として進展はないみたい……前に倒したレッサーヴァンパイアの死体は、調査のために回収されたけれど」
「回収? 買い取られたって事? じゃあ今着てるその装備は?」
ソフィアは僕の身に着けている装備について尋ねてきた。
昨日シアと一緒に見繕った新しい装備だ。
「ああ、これはまた別のを購入したんだ」
この装備は別個体のヴァンパイアの素材から作られたものだ。
装備を選ぶにあたり、自分に必要な要素をまず明確にしておく必要があった。
考えた結果、僕が今必要としている装備は、解体スキルをより活かせる能力、そして魔術、魔法防御の向上を両立させるものだった。
先日の戦いで、解体スキルの攻撃力は、Bランク相当の魔物にも十分通用することが分かった。
ならば攻撃力を伸ばすのではなく、防御力や応用力を補うべきだろう。
特に魔法、魔術攻撃への耐性は必須だった。狂精霊の攻撃も魔法攻撃だし、上級の魔物には魔術を使ってくるものも多い。今後の探索の事を考えても、対策は必要だ。
後は解体スキルを活かすための能力だろう。強力な攻撃性能を持つスキルであっても、命中させなければ意味がない。
レッサーヴァンパイアの様に回避手段を持つ相手に対して、何らかの対策を用意しておかなければならない。
そしてこの二つの条件を満たす装備で、質の良いものをシアに探してもらった。
その結果、偶然にもヴァンパイアの素材で作られた防具一式だったという訳だ。
この防具を作るために人工飼育されたヒポクリフの皮に、ヴァンパイアの血を染み込ませ、特殊な薬品と魔法で硬化処理をした防具らしい。血が染み込んだような
「ヴァンパイアの素材から作られた装備には魔力を遮断する性質があるし、軽くて丈夫だから軽戦士には人気の防具ね。シテンにはうってつけだと思うわ」
「他にもヴァンパイアならではの機能も備わっているんだ。血を吸わせると装備を自動修復してくれたり、影の中に干渉したり、後は血液操作っていうのもあるよ」
「結構高性能なのね……高かったでしょ」
「臨時収入があったから、なんとか」
冒険者にとって、装備品が与える影響は大きい。
例えば、先日1層に迷い込んだ狂精霊と戦った時。
当時はロクな装備をしていなかったので苦戦したが、その後3層で狂精霊を狩る時はちゃんと装備を整えていたので、苦も無く倒すことが出来た。
資金に余裕があるうちに、装備はしっかりと整えておきたかったのだ。
「あ、着いたよ。ちょっと狩ってくるね」
話している間に次の狂精霊の出現ポイントに到着したので、ゴーレムの荷台から降りて地面を駆ける。
狂精霊が慌てて魔法を乱射するが、気にせず真っすぐ突っ込む。
ヴァンパイアの力に守られた今の僕にとっては無視できるレベルだ。攻撃が命中するが、痛みはない。
「【
射程内に入った瞬間、スキルを発動する。
レベルアップの影響で射程も延びた。以前よりも素早く、鋭くなった斬撃が狂精霊の核を真っ二つに解体する。
Dランクボスモンスター、狂精霊は何のダメージを与えることが出来ず、沈黙した。
「もう狂精霊相手に苦戦することはないかもな」
Dランクのボスモンスターならば危なげなくソロで討伐できる程強くなった、ということだろう。
狂精霊の核を回収して運搬用ゴーレムの荷台に放り込む。荷台に腰かけていたソフィアが、若干呆れを含んだ声色で話しかけて来た。
「狂精霊を瞬殺できるくらいの実力があるのに、なんでギルドはDランクのまま留めちゃったのかなー。甘く見積もってもC、良ければBランク認定はイケると思うんだけど」
「特に急いでランクを上げる事情もないし、僕は別に気にしてないよ。ギルド側だって、実際の戦闘場面を見たわけでもないだろうし」
僕が荷台に飛び乗ると、ゴーレムは自走を開始する。最初は僕とソフィアも徒歩で歩いていたが、体力を温存するために今はゴーレムに乗って移動している。
「……うん、品質に問題なし。これで狂精霊の核は、えーと、丁度三十個?」
「もう少しペースを上げれば、六十個は――」
「―――ァ―」
いけそうだ、と続けようとした僕の口が止まった。周囲を警戒していた僕の耳が、微かな異音を捉えたからだ。
「どうしたの?」
「声がした。女の子の悲鳴みたいな」
「……この辺は狂精霊以外の魔物はほぼ出ないから、冒険者もあまり立ち寄らないはずだけど」
「念のため確認しにいこう。先に行くから後から付いてきて」
ソフィアの返事を待たず、荷台を飛び降りて全力で飛び出す。
一分ほど走っただろうか。僕の耳には、先ほどよりもはっきりとした悲鳴が聞こえていた。
「――やだっ、やめてぇ!?」
音の発信源に辿り着いた僕が見た者は、毒々しい見た目の粘性生物が、一人の少女に絡みつき襲っている場面だった。
「今助ける! 動かないで!」
咄嗟に少女に声を掛け、『遠隔解体』を発動する。
あの紫色の粘性生物は、ポイズンスライムと呼ばれる魔物だろう。その名の通り毒の粘液を纏い、捕らえた獲物を衰弱させ動かなくさせる。
奴の弱点は体内にある核。そこを破壊すれば、狂精霊と同じように生命活動を停止する。
猛毒の粘液を意にも介さず、放たれた斬撃はスライムの核を真っ二つに切断した。
形状を保てなくなったポイズンスライムが、生命活動を停止しただの水溜りになった。
「大丈夫ですか!? 喋れますか!?」
スライムから解放され力なく地面に倒れ伏した少女を抱き寄せ、大声で叫んだ。
桃色の髪が特徴的な、小柄な少女だ。迷宮に潜る恰好としては、やけに露出の多いのが気になったが、それ以外には特に問題はなさそうだ。
なんとか大事になる前に助けられた……そう安堵したのも束の間、少女の身体を見て、ある異変に気付いてしまった。
「うぅ……ス、スライムは? あなたが助けてくれたんですか?」
少女が荒らげた息を整えながら話しかけてくるが、僕は内心それどころではなかった。
スライムの粘液に囚われていた時は、不鮮明でよくわからなかったが、少女の身体には人間にはない部位が存在していた。
側頭部から生えている小さな黒い羽と、背中から生えたコウモリの飛膜のような翼。
“悪魔”という種別の魔物にみられる特徴だ。
僕は、少女を注視してステータスを確認した。
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【リリス】 レベル:1
性別:メス 種族:魔物、魔族、悪魔|(サキュバス)
【スキル】
なし
【備考】
なし
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この子は人間じゃない……魔物の一種、サキュバスだ。
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