第28話 勇者パーティー、Dランクの魔物に大苦戦する(勇者視点)

(三人称視点)


 シテンを追って迷宮に入った勇者イカロス一行は、迷宮の第1階層でシテンの痕跡を辿っていた。


「こっちからシテンの匂いがするニャ。徐々に近づいていってるニャ」


 斥候役であるチタは猫獣人だ。獣人は鼻が利くので、シテンの匂いを辿って追跡するのはそう難しい事ではなかった。


「ククク、もうすぐだぜシテン。俺たちを騙して金を盗んだ罪、たっぷり償わせてやる……」


 勇者イカロスが舌舐めずりをしながら奥に進む。

 道中でコボルトに何度か遭遇したが、流石に最弱レベルの魔物に苦戦することは無かった。

 自分達がシテンに追いつくことを信じて疑わず、迷宮でピンチに陥ることなど微塵も考えていなかった。


「……待って、何かいるわ」


 異変に気づいたのはヴィルダだった。魔術学校を首席で卒業したと普段から自慢するだけあって、周辺の魔力の変化には敏感だった。

 彼女の感覚は、嵐の様に荒れ狂う魔力の渦を探知していた。


「この魔力の乱れ方、精霊系モンスター? こっちに近づいてくる」


「ハッ、俺たちはドラゴンさえ倒した事があるんだぜ? 今更精霊の一匹や二匹にビビるかよ」


「……この辺に精霊系モンスターなんて居たかニャ?」


 チタだけが些細な違和感に気づくが、既に勇者イカロスは近づいてくる魔物を蹴散らすと決めていた。

 勇者の意見には逆らえないので、チタもそれ以上は何も言わずに戦闘態勢をとる。


「――――」


 やがて、魔物が正体を現した。

 光り輝く球体の魔物、狂精霊。シテンが戦ったものとは別の個体だ。

 魔物の大移動で第一階層に現れた狂精霊は、一体だけではなかったのだ。


「狂精霊! Dランク討伐推奨のボスモンスターね」


「俺たちは全員がAランクの【暁の翼】だぜ? 相手にならねえよこんな雑魚」


「――――ッ!」


 イカロスの馬鹿にしたような態度が気に障ったのか、狂精霊は彼目掛けて魔法を乱射し始めた。

 嵐の様な魔法の攻撃。シテンでさえ手を焼いた攻撃だが、イカロスは回避行動を行わなかった。


「Dランクの魔法なんざ当たってもかすり傷一つ付かねぇ――グゲェッ!?」


 そして、盛大に吹っ飛ばされたイカロスは、洞窟の壁に叩きつけられた。


「イ、イカロス!?」


「ニャッ!? この狂精霊めちゃくちゃ強くないかニャ!?」


 ――イカロスの目の前にいる狂精霊は通常個体、シテンが戦ったものと同じ強さであり、特に強化されているわけではなかった。


「グッ……クソが! なんでこの俺に攻撃が通るんだ!? たかがDランクの雑魚モンスターだろ!?」


 狂精霊の嵐のような攻撃は止まず、それらはヴィルダやチタにも牙を剥いた。

 攻撃に移る間もなく、慌てて地面を転がるように回避する二人だが、普段と比べて動きが悪い。

 身軽なチタは攻撃を回避できるが、後衛であるヴィルダはそうではなかった。


「キャアッ!?」


「ヴィルダっ!」


 遂に狂精霊の攻撃がクリーンヒットし、大きく吹き飛ばされてしまうヴィルダ。

 チタが慌てて駆け寄るが、ヴィルダは既に意識を失っていた。もはや戦闘続行は不可能だ。


「このクソアマ、肝心な所で役に立たねぇ! 一度も攻撃せずに気絶しやがった、てめーの役割は魔法攻撃だろうが!」


 Aランク冒険者の矜持なのか、勇者イカロスは一撃食らったものの立ち上がり、狂精霊に果敢に攻撃を仕掛けていた。

 だが、狂精霊は実体を持たないモンスター。核の部分に攻撃を命中させなければダメージを与えることは出来ない。

 そして核も非実体であるため、剣による物理攻撃では決して傷つけることは出来ない。

 だが、情報収集をパーティーメンバーに任せきりにしていたイカロスは、そんな情報は持ち合わせていなかった。


「グッ……この俺が、勇者であるこの俺が! なんでDランク風情の魔物に苦戦する羽目になっているんだぁ!?」


 普段の勇者ならば、狂精霊の攻撃でダメージを受けることはなかっただろう。

 だが今回は、通常とは異なる点がいくつもあった。

 一つが、聖女の不在。状況に応じて回復やバフを掛けてくれる聖女が居ない今、勇者達の能力は平時より劣っていた。

 次に酩酊。先ほどの酒盛りからまだ時間が経っておらず、アルコールが抜けきっていない彼らは、判断能力や身体能力が低下していた。

 さらに、装備の不足。碌な防具を身に着けず、普段着のまま迷宮に潜った彼らの防御力など、もはや語るまでもなかった。いくらレベルアップで身体能力が向上しているとはいえ、素の耐久力には種族としての限界がある。

 そして最後に……


「ニャ……!? イカロス、不味いニャ! いつの間にかコボルトの群れに囲まれてるニャ!」


「はあっ!?」


 ――シテンの不在。彼は戦闘中、他の魔物が乱入してこないように見張りを任されていたが、彼が居ない今、見張りを務める者は誰も居なかった。

 斥候であるチタでさえ、戦闘中は見張りをシテンに任せる事に慣れきっていたので、狂精霊との戦闘中に周囲を警戒するのを怠っていた。


 その結果、騒ぎを聞きつけたコボルトの群れに囲まれ、逃げ道を塞がれるという最悪の事態を招いてしまったのだ。


「クソコボルトが俺たちの戦いの邪魔しやがって! シテンは何して――ッ!」


 そこまで言って、イカロスはようやく、普段見張りをしているシテンが居ない事に気付いた。

 だがいつも見下しているシテンが居ないせいで、自分たちが苦境に立たされている事を認めたくなかったイカロスは、八つ当たりをする様に狂精霊に斬りかかった。

 が、当然攻撃は当たること無くすり抜け、隙だらけになったイカロスの身体を、狂精霊の魔法攻撃が滅多打ちにした。


「グゥゥゥ……」


 その様子を、一体のコボルトが群れの中から遠巻きに観察していた。

 それはコボルトリーダーと呼ばれる魔物で、このコボルト達を統制している長だった。


 最弱の魔物と呼ばれるコボルトだが、例外がある。

 極希に第1階層に出現するコボルトリーダーという魔物は、他のコボルトを率いて群れを作る。

 それは通常のコボルトの群れの比ではなく、多い時は五十匹以上のコボルトを率いることもある。

 それに知能も高く、今回の様に待ち伏せなどの高度な作戦を指揮する事も出来る。

 コボルトリーダーに率いられたコボルトの群れは危険度が跳ね上がるので、初心者殺しと呼ばれ危険視されているのだ。


「こいつら、アタシらがやられるのを待ってるニャ!? おこぼれ狙いかニャ!」


「おい! 起きろヴィルダ! こんな犬畜生共、お前の魔法で焼き尽くしてやれ!」


「…………」


 ヴィルダが起きる気配もなく、魔法や魔術が使えないイカロスとチタは狂精霊に対する有効打が無い。

 二人の体力も限界が近づいており、このままではいずれ全滅することは目に見えていた。

 イカロスの脳裏に『敗北』の文字が浮かび上がる。

 先日ミノタウロス相手に完全敗北したばかりの彼は、二度目の敗北など許容できる筈も無かった。


「クソガアアアアッ! こうなったら、やるしかねぇ!」



 突如叫び出したイカロスは聖剣ダーインスレイヴを天に掲げると、その赤黒い刀身が黄金色の輝きを放ち始めた。


「ニャッ!? まさかイカロス、聖剣の力を解放する気ニャ!? それは女神様の許しがないと使っちゃいけないはずニャ!」


「うるせぇ糞猫女! 女神の都合なんざ知ったこっちゃねぇ! 俺は魔王を倒す勇者様だぞ!? こんな所で死んで良い訳ないだろうが!!」


 聖剣ダーインスレイヴには、斬った相手の力を内部に蓄えるという性質がある。

 いずれ魔王と戦うときの為に貯めこんできた力で、女神の許しなくこの力を使う事は禁じられていた。だがイカロスは勝手な判断でこれを使って状況を打開することに決めた。


「くらえ、クソ魔物共がァ――!」


 聖剣から溢れ出したエネルギーは、まるで勇者の激情を体現するかのように暴れ狂い、敵味方もろとも周辺の地形を破壊し尽くした。


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