第24話 三つの異変

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◆◆◆


「正直、本当に全部買い取るとは思ってませんでしたよ」


「…………。一度宣言したものを覆すような真似はしない。全く、年寄りをからかうような真似は止めてもらいたいね」


 アドレークは不機嫌そうな表情を隠そうともせずに吐き捨てた。


 結局レッサーヴァンパイアの素材は、丸ごと一匹分買い取ってもらう事になった。吐いた唾は飲み込めなかったという訳だ。

 例の如く相場が分からない素材部位もあるので、おおよその金額ではあるが金貨二百枚にはなるだろうと言われた。

 彼は僕を蔑むような態度を隠さなかったので、こちらも強気で対応してみたのだ。結果は思わぬ臨時収入だった。



「さて、そろそろ本題に入らせてください。僕がここに来たのは、レッサーヴァンパイアの件を報告するだけじゃなく、迷宮で起きている異変についての情報収集をするためです。端的に言いますが、ギルドではどこまで掴めているんですか?」


 そう、本来は情報収集のために訪れたのだ。昨日の時点ではこれといった情報は無かったが、また何か新しい情報が入っているかもしれない。


「……そうだな。君には知る権利があるだろう。現在【魔王の墳墓】には、三つの大きな異変が起きている。魔物の大移動、魔物の狂乱化、そして連続石化事件だ」


「…………」


 魔物の大移動。今回のレッサーヴァンパイアや狂精霊の様に、本来の生息地から大きく外れた、離れた場所で魔物が現れる異変。


 魔物の狂乱化。このレッサーヴァンパイアの様に、原因不明の狂乱化を果たした魔物が急激に増加している異変。


 そして、連続石化事件。これについては、もはや言うまでもないだろう。



「シテン、君だけに限らず、これらの異変は他の冒険者からも多数報告されている。中でも魔物の大移動は深刻だ。本来初心者が探索するはずのエリアに強力なモンスターが現れ、低ランクの冒険者が犠牲になっている」


 アドレークの口ぶりを聞くに、ギルドは石化事件よりも魔物の大移動の方を深刻に捉えているようだった。


「……魔物の狂乱化、連続石化事件については、未だに詳細が掴めていない。原因も不明だ。今回のレッサーヴァンパイアの件についてはこの二つの事件に関係する可能性があるため、こちらで買い取るという対応をさせてもらった。吸血鬼には石化能力を持つ者も居るからな」


「その言い方だと、魔物の大移動については」


「ああ、進展があった」


 乾いた口内を潤すために、部屋の隅で控えている受付嬢さんが出してくれた、紅茶を口に含んだ。味はしなかった。


「――とある魔物が、迷宮の地形を無秩序に破壊しているという、目撃情報があった。奴は迷宮の階層を貫くような『大穴』を開け、その結果迷宮の生態系が大きく崩れた。魔物の大移動は、地形破壊により住処を追われた魔物が、その大穴を通って本来居ないはずの階層まで追いやられたことが原因だと思われる」


「とある魔物……?」


「【ミノタウロス】という名だったそうだ。君は聞き覚えがあるんじゃないか?」


「!」



 忘れるはずがない。勇者パーティーを一瞬で壊滅せしめた埒外の魔物、ミノタウロス。

 あの後の消息は掴めていなかったが、奴がこの異変の元凶だったのか……!



「もちろん、覚えています。ギルドで閲覧した資料にも載っていない、未知の魔物だったと」


「その認識で相違ない。だが奴はただの魔物ではない。……迷宮の地形が、再生能力を持つことは知っているな?」


 僕は首肯した。

 迷宮の地面や床、壁などは、壊れてもすぐに修復されるという性質がある。

 だから迷宮で地形を破壊して、安全な通り道を作って攻略するなんて芸当は普通出来ない。冒険者なら誰でも知っている常識だ。

 僕が解体スキルで地形を壊す戦法をよく使うのも、この法則が働いているためだ。

 もっとも、解体スキルの『性質の保持』を使えば、再生させずに地形を破壊したままにしておく事も出来るが……


 そうか、ミノタウロスという魔物も。


「ミノタウロスは、迷宮の再生能力を阻害して、自在に地形を破壊することが出来る……?」


「その説が有力だ。奴を止めない限り、魔物の大移動が収まることは無いだろう」


 ミノタウロス。想像以上に厄介な魔物だったらしい。まるで迷宮の破壊者だ。

 だが、一体誰がミノタウロスを倒せるというのだろう。勇者パーティーを粉砕せしめた、あの怪物に。


「ミノタウロスについて、他に分かっていることは? 目的や、どこから現れたのかなどは?」


「不明だ。だが今回のレッサーヴァンパイアの生息エリアを考慮すると、少なくとも31階層より下で発生したのだろうな。現時点ではそれ以上深い階層からの魔物の大移動は報告されていない」


 他にめぼしい情報はまだ入っていないようだ。

 そして僕が出会ったレッサーヴァンパイアは、大移動してきた魔物の中で最も深い階層に生息する魔物だったらしい。

 階層が深い程魔物は強力になるから、つまり現時点では最強格のイレギュラーだったという訳か。


「……ちなみに、今ミノタウロスは?」


「第17階層での目撃が最後だ。現在Sランク冒険者に討伐要請を出している。彼らの協力が得られれば、この問題が解決するのは時間の問題だろう」


 Sランク冒険者。この迷宮都市にて数ある冒険者の中でも、頂点に君臨する十二人の傑物。

 勇者イカロスですらAランクで留まっている所から、さらに上のランクである彼らの実力は推して知るべし。


「……ええ、それならひとまず安心ですね」


 僕はそう口にしたが、しかし内心では不安を掻き消すことが出来なかった。

 実際に対峙した僕だからこそ分かる。

 あれは普通の魔物とは根本的に何かが違う、異質な存在だ。

 Sランク冒険者が強力なのは重々承知しているが、それでもアドレークの言うほど上手くいくのだろうか。


「……なんだね、その表情は。彼らの実力を疑っているのかね?」


 疑念が顔に出てしまっていたのだろう、僕の顔を見たアドレークがやや不満そうに問いかけてきた。


「いえ、そういう訳では」


「彼らは迷宮都市、ひいては我々冒険者ギルドの誇る戦略兵器・・・・だ。その力は国家間のパワーバランスに影響を及ぼす程だ。……多少癖の強い所はあるが、一度動けば最後、敗北はありえない。ミノタウロスの件は彼らに任せて、君は黙ってギルドに貢献すればいい」


 ……人を兵器扱いかぁ。まるでS級冒険者達が、自分達の保有する兵器みたいな言い方。

 やっぱりこの人の事は好きにはなれないな。


「全く。そもそも勇者パーティーがしっかりしていれば、Sランク冒険者が出張ってくることも無かったのだが。ああ失敬、君はもう関係者ではなかったな……そうだ、君にもう一つ伝えておくことがあった」


 さっきの買取の件を根に持っているのか、嫌味を言いながらワザとらしくコホン、と一つ咳払いをした。


「今回の異変において、我々冒険者ギルドはこれ以上の被害拡大を防ぐために、下級冒険者の迷宮探索を一時的に制限することになった。具体的には、Eランク以下の冒険者は、今後Dランク以上の冒険者の同伴が必須条件となる」


「えっ」


 え、制限? なにそれ初耳だけど。

 もしかして僕、ソフィア同伴じゃないと迷宮に潜れなくなるの?


「……だが、君が今回の制限について気にする必要はない。今回のレッサーヴァンパイアの発見、及び迅速な討伐による、被害拡大の阻止。その功績を鑑みて、君のDランク冒険者への昇格を認めよう。これで晴れて君は、下級冒険者の括りから外れたわけだ」


「は、はあ……」


 ……ん? もしかして今ので僕、Dランク冒険者になった?

 あまりにもあっさりしていたので、思わず変な声が出てしまった。


「これからは中級冒険者の一員として、迷宮都市の発展により一層尽力してくれたまえ。……私からの話は以上だ。ツバキ君、彼をエントランスまで送ってあげなさい」


「は、はい!」


 アドレークはそう一方的に告げるや否や、さっさと応接間を出て行ってしまった。

 今日の話はここまでのようだ。まあ、おおよその現状は把握できたので良しとしよう。

 部屋の隅に控えていた受付嬢さん――ツバキさんの案内に従って、僕も応接間を後にした。






「――では改めて! シテンさん、Dランク冒険者への昇格、おめでとうございます!」


 冒険者ギルドのエントランス、受付カウンターに戻ってきた僕は、ツバキさんからDランク昇格をお祝いされていた。


「あ、ありがとうございます」


「その若さでDランクに到達するなんて、きっとシテンさんは冒険者に向いてますよ! 今後も無理しない範囲で頑張ってください!」


 にこやかな営業スマイルで激励され、彼女から新しい登録証を受け取る。

 ちゃんとDランクの文字が刻印されていた。


「……そして、これが先ほどのレッサーヴァンパイアの買取代金になります。全部で金貨二百五十枚です」


「二百五十枚……!」

 

 予想より値が付いたな。アドレークが見栄を張るために頑張ったのだろうか?


 狂精霊の核が一個金貨一枚でソフィアに買い取ってもらう契約になっているので、一日五十個採取するとすれば、換算しておよそ五日分の儲けになる。

 これだけあれば装備も新調出来るだろう。


 すぐに使う予定があるので、即日受取を希望した後、念のため金貨の枚数を確認。

 そしてランク昇格における説明事項等をツバキさんから聞いて、ギルドでの用事は全て完了した。


「それじゃあ、僕はこれで失礼します」


「……シテンさん、最後に一つ、私から忠告を」


 帰ろうとした矢先、ツバキさんに呼び止められる。先ほどまでの営業スマイルではなく、どこか不安げな表情を浮かべていた。


「これは私個人の勘なのですが……迷宮都市で起きている、三つの異変。これが同時に発生したことは、偶然ではないと思うんです」


「…………」


「二千年の歴史を有する【魔王の墳墓】で、過去に例を見ない異変が三つ、示し合わせたかのように同時に起きた。……私には、何かとてつもない事態が進行しているように思えるんです」


 ツバキさんの忠告は上辺だけの気遣いではなく、どこか実感のこもった言葉に聞こえた。


「シテンさん。迷宮の中では何が起こってもおかしくありません。常識に囚われず、物事の優先順位をハッキリと定めて行動してください。決して油断しないように。……くれぐれも無理のない範囲で、お気をつけて」


「……分かりました。忠告、ありがとうございます」


 ツバキさんの忠告を肝に銘じ、僕は冒険者ギルドを後にした。

 彼女の言った通り、最近の迷宮は異常だ。あらゆるトラブルに対処できるよう、事前準備をさらに重ねることにしよう。



 ――冒険者ギルドを出て、数分後。

 早速トラブルが発生した模様。


「おいおい、『死体漁り』のシテン君。ちょっと俺たちに付き合えよ。――持ってるんだろ? レッサーヴァンパイアの素材を売った金を。そいつを渡してもらおうか! ギャハハハ!」


「うわぁ……めんどくさいな」

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