第2章 石化事件の謎
第23話 吸血鬼の素材を買い取ってもらおう
◆
――時は、シテンがレッサーヴァンパイアを倒し、地上に戻ってきた日まで遡る。
◆
迷宮から脱出した僕は、工房に戻る前に冒険者ギルドへ立ち寄った。
理由はもちろん素材の買取と、第3階層にレッサーヴァンパイアが現れた事を報告するためだ。
ソフィアには持ち帰った狂精霊の核と一緒に、先に工房に向かってもらっている。結構な量があるから嵩張るんだよね。
一人でギルドハウスに入ると、中に居た冒険者達の視線が僕に集中した。
「――おい、『死体漁り』だぜ」
「あいつまだ迷宮都市に居たのか? てっきり外に逃げたモンだと思ってたぜ」
「確か勇者がアイツの事探してなかったか?」
話し声が聞こえてくるが、今日は彼らに用はない。真っすぐに受付に向かう。
「こ、こんにちは。本日はどういったご用件でしょうか?」
受付嬢さんが話しかけてきたが、何となく表情が硬い。
よく見ると胸元に若葉の形をしたバッジが付いている。どうやら新人さんのようだ。
「素材の買取と……至急、冒険者ギルドに報告したい事がありまして。第3階層にレッサーヴァンパイアが現れたんです」
全ての冒険者は、冒険者ギルドに所属することになっている。そして冒険者には、迷宮都市、及び他の冒険者の不利益になりうる事象が起きた時、それをギルドに報告しなければならないという決まりがある。一応。
「れ、レッサーヴァンパイア!? あのBランク認定のモンスターですか!?」
「はい。ステータスも見たので間違いありません。何故か狂乱状態になっていましたが」
受付嬢さんはかなり驚いているようだった。
無理もない。第3階層は本来、最低ランクのFランク冒険者が主な狩場にしている階層だ。
FランクがBランクの魔物と遭遇すれば、まず命はない。
「……それが本当なら、由々しき事態ですね。すぐに討伐隊を――」
「あ、それは大丈夫です。もう討伐したので」
「……へ?」
ちょっと間抜けな声をあげて、受付嬢さんが突如固まってしまった。……そんなに衝撃的だったのか。
しばらく待っても一向に反応が無いので、どうしたものかと考え始めた時。
「――ブッ、ギャハハハ! おい聞いたか!? あの『死体漁り』が今、レッサーヴァンパイアを討伐したって言ったぜ!?」
「ありえねーだろ。Bランクの魔物なんか俺達でも苦労するってのに、シテンの奴が倒すなんて無理無理。必死で逃げ帰ってきたに違いない」
先ほどからこちらの様子をうかがっていた、野次馬冒険者たちが騒ぎ始めた。
その音でようやく我に返ったのか、受付嬢さんが慌てて喋り出した。
「し、失礼しました。その、シテンさんがレッサーヴァンパイアを討伐したというのは……」
「本当ですよ。証拠もほら」
そうなるだろうと思っていたので、予め用意していたレッサーヴァンパイアの素材を提出した。
「レッサーヴァンパイアの心臓と牙です。鑑定スキルを使えば、いつどこでだれが手に入れたのか、分かると思いますが」
「これは……! 確かに、レッサーヴァンパイアの物に違いありません。本当に倒してしまったんですね……」
受付嬢さんはこれがレッサーヴァンパイアの素材だと、一目で気づいたようだ。
一方、僕らのやり取りを盗み聞きしていた冒険者達の態度は一変していた。
「は……? 討伐部位が本物? あいつマジで倒してきたのか?」
「じょ、冗談に決まってる。別の誰かから素材だけ買い取ったに違いない。『死体漁り』にBランクの魔物が倒せるわけがない」
「でもよぉ、ギルドに功績を偽るのは重罪だぜ? 鑑定スキルですぐバレるのにそんな真似するか……?」
「じゃあ、本当にレッサーヴァンパイアを倒したってのか?」
さっきまでの馬鹿にした態度が嘘のように、重苦しい雰囲気が漂っていた。
わざわざ相手にする必要はないので、僕はあえて無視を決め込んだ。
「……コホン! シテンさん、今回の件について詳しく確認したいことがあります。込み入った話もありますので、応接間へご案内します。――そこなら邪魔も入りませんので」
受付嬢さんはにこやかな営業スマイルを貼り付けて、そう提案してきた。
断る理由が無いので、僕は了承した。どうやら彼女も、野次馬冒険者に対して良い感情は持っていないようだった。
◆
「やあ、君がシテンだね。
白髪混じりの初老の男、アドレークさん、いやアドレークは、そんな含みのある自己紹介をしてきた。
応接室に連れてこられた僕は、しばらく待たされた後、ここの支部長と直接話をすることになったのだ。
「……初めまして。冒険者のシテンです。まさか支部長自らお越しになるとは思いませんでした」
「はは、今回は特別だよ。今噂で話題の人物が、レッサーヴァンパイアを討伐したと聞いてね。一目会っておきたかったんだ。伝達事項もあるから、ついでにね」
昨日も狂精霊の出現をギルドに報告したが、その時は支部長までは出てこなかった。連絡事項とはなんだろうか?
「では私も多忙の身であるし、さっさと話を進めようか。レッサーヴァンパイアの素材をこちらに提出してほしい。他にも素材があるなら、全て」
有無を言わせぬ態度でアドレークは告げた。まるで僕に拒否権が無いような振る舞いだった。
「それは、ギルドが買い取るという意味でしょうか」
「ああ。現在ギルドは異変の原因を調査するため、冒険者達に情報提供を
アドレークはそう言って笑いかけたが、どこか僕ら冒険者の事を見下しているような態度が透けて見えた。
そしてなるほど。どうやら冒険者ギルドでも、今回の異変についてはっきりとした原因は解明されていないらしい。
そしてそれを調べる手掛かりとして、僕の持ち帰った素材を欲しがっていると。
「……構いませんよ。けれどこれは元々、新しい装備を作るための素材にするつもりだったんです。それと釣り合うくらいの対価は頂きたいですね」
これは本当の話だ。迷宮でこうも立て続けに異変が起きる様なら、今着ている間に合わせの装備では心もとない。近日中にレッサーヴァンパイアの素材を使って、より高性能な装備を作ってもらうつもりだった。
「分かった、相場より色を付けよう。牙はともかく、心臓はレアドロップの貴重品だからな。
「じゃあ、心臓よりももっと貴重な部位があれば、
「……? ああ、そうだな。だがレッサーヴァンパイアのドロップアイテムに、心臓よりレアなドロップアイテムなどあったか?」
僕の質問の意図が分からなかったのだろう、僅かに眉をひそめたアドレークはそう答えた。
「では、早速お見せしましょう。実は手に入れたアイテムが結構かさばったので、運搬用のゴーレムに載せて運んできたんです。先にギルドの鑑定所に運び込んでおいたので、そろそろ鑑定結果が出ていると思いますよ」
そして鑑定所に移動したアドレークは、レッサーヴァンパイアの素材、
そりゃ驚くだろう。なにせ死体を丸ごと持って帰って来るなんて、僕のスキルが無ければ不可能な芸当だ。
「アドレークさん。この死体丸ごと一匹分、いくらで買い取ってくれますか?」
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