第22話 勇者パーティー、シテンを追って迷宮へ(勇者視点)

(三人称視点)


「なぜだ! どうして金が無いんだ!?」


 勇者イカロスは荒れていた。先ほどまで上機嫌に酒をあおっていた姿が嘘のようだった。


 切っ掛けは、【暁の翼】の拠点に設置されている金庫を開けた事だった。

 追加の酒を買うための資金を調達しようとしたのだが、金庫の中には金目のものが殆ど入っていなかったのだ。


「……まさか、中身を誰かに盗まれたニャ?」


「シテンよ! アイツが金庫の中身を管理してたんだから、アイツが犯人に違いないわ! 追放された腹いせに金目の物を盗っていったのよ!」


 魔法使いのヴィルダは、シテンが金庫の中身を盗んだと断定した。

 三人は知る由もないが、シテンが金庫の中身を盗んでいったわけではない。

 そもそも、シテンは追放される際にヴィルダ本人によって暴力で脅されたため、私物を含め拠点の荷物を持ち出す暇すらなかったのだが、当の本人はすっかり忘れていた。


 元々金庫の中身には、金目のものは最初から殆ど入っていなかったのだ。


 原因は、勇者達の浪費癖だった。勇者パーティーはAランク冒険者が集まるだけあって、一度の迷宮探索で得る金額は莫大だったが、それ以上に金の浪費が激しかった。

 今まではシテンが不用品を売り捌いたり、一人で迷宮に潜り資金調達などを行って、だましだましパーティーの経済を支えていたが、それでもギリギリの状態だった。

 金庫の中身も含め、拠点にある金目の物は既にほとんど売り払っていたのだ。


「……あのクソ野郎。とうとう俺を本気で怒らせたな。勇者である俺に楯突いたらどうなるのか、思い知らせてやる」


 勇者イカロスは、シテンが犯人だとすっかり信じこんでいた。

 ここに居る三人は、今まで何度もシテンに浪費癖を指摘された事があったのだが、誰もそんな事は覚えていなかった。

 各々自身の浪費癖に自覚が無かったため、『最初から金目のものが無かった』という事実に気づくことは無かった。


「……シテンの奴をボコボコにするのは賛成ニャけど、まずは迷宮で金を稼いだ方が良いんじゃないかニャ? アイツを探すのはそれからでも遅くはないニャ」


 斥候のチタが、勇者イカロスにそう提案したが……


「――あ? お前も俺に楯突くってのか? あいつを探し出してブチのめすのが先だ。俺の命令が絶対で最優先だ。文句あるのか?」


 イカロスはまるで八つ当たりをする様にチタを威圧した。

 シテンに対する怒りのあまり、イカロスは他の事が考えられなくなっていた。

 その結果、チタの提案を『反対意見』と受け取ったのだ。


 イカロスを怒らせてしまったチタは、慌てて弁解する。


「ち、違うニャ! 決してイカロスに逆らうつもりじゃないニャ! よく考えたらやっぱりイカロスの意見の方が正しかったニャ! 早速シテンを探しに行くニャ!」


 勇者パーティーでは、イカロスの意見こそ絶対であり最優先であった。

 たとえパーティーメンバーであっても例外ではなく、少しでもイカロスの機嫌を損ねた者には、容赦なく暴力による制裁が与えられていた。

 暁の翼は、勇者イカロスのイエスマンで固められていたのだ。


「お金なんかあとでいくらでも稼げるんだから、シテンを探す方が先よ。もしかしたらアイツ、迷宮都市の外に逃げてるかもしれない。探すなら早い方がいいわよ」


 ヴィルダのその言葉を切っ掛けに、三人は慌てて拠点を飛び出した。

 だが、先ほどまで大量の酒を飲んでいたため、三人の足元はおぼつかず、普段より移動速度がかなり低下していた。


 普段の倍以上の時間をかけて、三人が辿り着いた場所は、冒険者ギルドの建物だった。


 冒険者ギルドはこの迷宮都市と、迷宮【魔王の墳墓】を管理する組織であり、全ての冒険者はこの機関に属することになる。


 この建物では、冒険者に対する依頼、クエストの発行と、迷宮で入手したドロップアイテムの鑑定、買い取りを主に行っている。


 今の時間帯は昼過ぎ。多くの冒険者は迷宮に潜っている時間帯なので、建物内の人数は多くは無かったが、それでも勇者達の姿を見た途端、ギルド内がざわつき始めた。


「おい、あれ勇者様じゃないか?」


「なんか顔が真っ赤だぞ、しかも足元がふらついてる。酒でも飲んでるのか?」


「――ここに居る冒険者達。俺は勇者イカロスだ。とある冒険者を探している。かつて俺のパーティー、暁の翼に所属していた冒険者のシテンだ。奴の行方を知っている者は居るか?」


 勇者達が冒険者ギルドに来たのは、シテンの行く先を尋ねるためだった。

 冒険者というのは噂好きで、情報収集をするにはまず彼らに尋ねた方が早いというのは、イカロス達も知っていた。

 冒険者ギルドには常に冒険者がたむろしているので、まず三人はここで聞き取りを行う事にしたのだ。


「『死体漁り』の事か? それならさっき、一人で迷宮に潜るのを見かけたぜ」


 結果としてはこの判断は正解だった。早くも目撃者が現れ、シテンが現在迷宮内部に居ることが発覚したのだ。

 シテンは現在、生活資金を稼ぐために一人で迷宮に潜っている真っ最中だった。



 聞き取りを終えた三人はギルドを出て、今後の方針を話し合い始めた。


「アイツは今迷宮に居るみたいね。なんで一人で潜ってるのかしら」


「そんなの決まってるニャ。あんな弱っちぃ奴とパーティーを組んでくれる冒険者なんて居るはずないからニャ。それよりどうするニャ?」


「決まってる。俺たちも迷宮に潜るぞ」


 イカロスは既に、シテンを追いかけて迷宮に潜ることを決めているようだった。

 それを聞いたチタは、イカロスを怒らせないようにへりくだった態度で尋ねる。


「そ、それは良いアイデアニャ、流石イカロスだニャ。アタシは実は、転移門の前で待ち伏せしようかと考えてたニャ」


「…………確かに待ち伏せする案は俺も考えた。だが、よく考えれば迷宮の中に居てくれた方が都合がいい。なにせ、迷宮の中では何が起こっても、全部魔物のせいに出来るんだからな」


 ちなみに嘘だった。チタの話を聞くまで、イカロスは待ち伏せという案を思いついていなかった。

 だがイカロスは自分のプライドを守るために、チタの提案を受け入れず強引に自分の意見を押し通すことにした。そして、あわよくばシテンを亡き者にしようと企んでいたのだ。


「おら、とっとと迷宮に潜るぞ。チタ、あいつの痕跡を追えるだろ? 早く見つけないと、シテンの奴が魔物に食われちまうかもしれないからな……そうなる前に、俺が直々に手を下してやらないとな、ククク」


 イカロスは下卑た笑みを浮かべて迷宮の入り口へと勝手に歩き出した。

 残された二人は、勇者の機嫌を損ねないように密かに話し合う。


(どうするニャ? 武器はあるけど、防具は重いから拠点に置いてきちゃったニャ。おまけに全員酔っぱらってるし、大丈夫かニャ?)


(イカロスが行くって言ったんだから、ついていくしかないでしょ。今のイカロスの機嫌を損ねたくないし、それに深い層まで潜ることはないわよ。あのシテンが一人で行ける階層なんて、たかが知れてるわ)


(……それもそうだニャ。アタシ達は魔王を倒して世界を救う、勇者パーティーニャ。この程度のハンデ、大したことないはずニャ)



 そして結局三人とも、シテンを追いかけて魔王の墳墓へと潜る事となった。

 奇しくもシテンと同じでロクな防具を身に着けず、しかも酔っぱらった状態で。


 ――完全に迷宮を舐め腐っていた勇者達は、相応の仕打ちを受ける事になる。

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