第19話 戦後処理


 戦いが終わり、その場で休んでいた僕の下に、ソフィアが駆け寄ってきた。

「凄い凄い! ホントにレッサーヴァンパイアを倒しちゃった!!」


「むがっ!?」


 よっぽど興奮しているのか、なんと僕を思い切り抱きしめてきた。

 ソフィアの身体からとても柔らかい感触と、どこか甘いミルクのような香りが漂ってきて、思わず胸が高鳴ってしまった。


「ソ、ソフィア落ち着いて」


「……あっ! ごめんなさい! 私ったらつい……」


ようやく自分の行動に気付いたのか、恥ずかしそうに顔を赤らめる。

なんとなく気まずい空気が流れ始めたので、それを断ち切るように話題を振った。


「と、とりあえずレッサーヴァンパイアの素材を回収しよう! 運搬用ゴーレムは出せる?」


 僕の傍らには、四肢をバラバラにされたレッサーヴァンパイアの死体がある。

 念を入れて、頭部は小指の先程度の大きさまで、サイコロ状に解体した。

 既にステータスも表示されないので、確実に死んでいる。流石に自己再生を封じられた上でここまで解体されると生存出来なかったようだ。


 レッサーヴァンパイアの素材は、魔術触媒、及び装備の素材としての用途がある。

 Bランクの魔物ともなれば、素材一つでもそれなりの値段で売れる。解体スキルを使えばドロップアイテムなんか無視して大量に素材を採取できるだろう。思わぬ臨時収入だ。


 もしかしたら狂精霊の核のように、解体スキルの裏技でしか入手できない部位素材も、有効活用できるかもしれない。とりあえず死体を丸ごと持ち帰ることにした。

 ソフィアと協力して運搬用ゴーレムに、バラバラ素材と化したレッサーヴァンパイアを積み込む。



 そして来た道を引き返してみると、置き去りにしてしまった運搬用ゴーレムがそのまま放置されていた。

 積み荷の狂精霊の核も無事だ。幸いなことに別の魔物に襲われることもなかったらしい。


 二台の運搬用ゴーレムを引き連れて、今度こそ僕らは地上へ向かう。

 もちろん灯魔石トーチストーンは明るさ全開にして、周囲への警戒を怠らないように。


「それにしても、災難な一日だったね……どうしてレッサーヴァンパイアなんて魔物があんな浅い層に居たんだろう。色々と謎が残っているし、ギルドに一度報告するべきかもね」


「……私、さっきからずっと考えているんだけど。例の連続石化事件の犯人、あの吸血鬼だったりしないかしら?」


 地上への帰り道。世間話をしていると、そんな話題が出てきた。

 やはりソフィアとしては、石化事件に関わっているのか気になっているようだ。

 確かに吸血鬼の中には、石化能力を持つものも居る。だが……


「残念だけど、あのレッサーヴァンパイアは犯人じゃないと思うよ。無関係とまでは、断言できないけれど」


「……根拠は?」


「まず、目撃者が居ない。影の中に隠れられる吸血鬼でも、攻撃の瞬間は必ず実体化するのは有名な話だ。それなら石化から回復した人の中に、吸血鬼の姿を見た人が一人くらい居る筈だ。でもそんな話は一度も聞いたことが無い」


「言われてみれば、確かにそうかも」


「次に、さっきのレッサーヴァンパイアは狂乱状態になっていた。あんな理性の欠片もない状態で、誰にも気づかれずに石化事件を立て続けに起こすなんて考えにくい。……まぁこれは、狂乱状態になったのがつい最近だったという可能性もあるけど」


「…………」


「最後の理由。被害者の中には、Aランクの冒険者も何人か含まれている。いくら予想外のエリアで奇襲を受けたとしても、Aランクの冒険者がそう簡単にやられるとは思えない」


 ソフィアは黙って僕の話を聞いていた。

 最後の理由については、それなりに自信がある。勇者パーティーというAランク冒険者達の強さを、僕は今までずっと見てきたからだ。

 彼らは性格こそアレだが、実力は本物だった。仮に勇者パーティーが同じ魔物から奇襲を受けたとしても、敗北する未来がちょっと想像できない。


 ……そう考えると、一瞬でパーティーを壊滅させた、ミノタウロスという魔物の異常性が際立つな。あれはいったい、何者だったのだろうか。


「随分、石化事件について詳しいのね。昨日調べたの?」


「勇者パーティー【暁の翼】は、元々この事件を調査していたんだ。その時に調べたんだ。まあ、調査中に見事に敗走しちゃったわけだけど……」


 ミノタウロスと遭遇したあの日、本来は石化事件について調査をするために迷宮に潜っていたのだ。

 勇者パーティーに調査を依頼するくらい、ギルドも事態を重く見ているという事だった。

 結局成果を上げる前に僕は追放されてしまったので、ギルドからの調査依頼が今どうなっているのかは、僕も知らない。


「……そっかぁ、ちょっと残念。私が直接犯人を懲らしめてやりたかったけど、当てが外れちゃったみたい」


「Aランク冒険者を手玉に取る相手なんて危険過ぎるよ。僕らはギルドに情報だけ伝えて、犯人討伐は他の冒険者に任せよう」


 Aランク冒険者でも相手にならないなら、そろそろSランク冒険者が出張ってくるかもしれないな。そうなれば事件の解決は時間の問題だろう。



 そう楽観的に考えていると、ソフィアが突然こんな話を切り出してきた。


「……ね、シテンはさ。私の事どこまで知ってる?」


「どこまで、って……」


 質問の意図が分からず聞き返すと、彼女は少し困った風に笑った。


「うーん、なんていうのかな。ほら、私って魔女だから、色々と噂されることが多いのよ。もしかしたらシテンも聞いたことくらいあるんじゃないかなー、って思って」


「いや……ソフィアについて知ったのは、昨日が初めてだと思うよ」


 確かに魔女という種族は迷宮都市の中でも珍しい。その由来も含めて、噂の対象にされやすいのかもしれない。

 だが、なぜ急にこんな話を?



「シテンにはね、私の事をもっと知っていてもらいたいの」


 まるでこちらの思考を見透かしたような、唐突な告白だった。


「さっき、私の体質について追及しないように気遣ってくれた事、すごく感謝してる。……でもやっぱり貴方に隠し事をするのは、なんだか不誠実に思えてきたの。一人の取引相手として、そして一人の親友として」


 そこまで聞いて、ソフィアが何を話したいのかようやく理解できた。

 レッサーヴァンパイアとの戦いで見せた、異常な速度で傷を修復してしまう体質について話そうとしているのだ。


 敢えてその話題には触れないようにしていたが、ソフィアの方から振ってくるとは意外だった。

 気にならないと言えばウソになるが、彼女の意思を踏みにじってまで知りたい事ではない。


「無理に話さなくてもいいよ。誰だって隠し事の一つや二つあるものだし、絶対に他の人に話したりもしない」


「もちろん、貴方がそんな事をする人じゃないっていうのは、理解してるつもり。勇者や他の冒険者が流している噂なんてもう全く信じてないわ。あなたの人物像を直にみて判断した上で、私の意思で決めたことよ」


「――――」


 ソフィアはさっき、僕の事を親友だと言ってくれた。

 彼女が僕の事を親友と思ってくれていた事は素直に嬉しい。だからこそ、自らの体質を――自らの秘密をさらけ出すのは、とても勇気の要る行いだっただろう。

 既に覚悟を決めた彼女の表情を見て、僕は彼女の意思を尊重することに決めた。


「シテン、私の話が終わったら、今度は貴方の話も聞かせてほしいな。きっと貴方とは、長い付き合いになると思うの。もちろん話せる内容だけでいいけど、お互いの事を知って親睦を深めておくのは大切でしょう?」


 彼女はどこか楽し気に笑って、そして自分の身の上話を始めた。

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