第20話 ソフィアの独白、そして帰還

(ソフィア視点)


 私には、自分にまつわる記憶が残っていない。


 気付いた時には、私は迷宮の中で一人倒れていた。それが最初の記憶。

 それ以前の記憶は、何も思い出せない。

 いつ、どこで生まれたのか、なぜこの迷宮都市に居るのか、どうして迷宮で一人倒れていたのか、何一つ分からない。


 唯一、確実だったのは、自らのステータスに書かれていた情報だけだった。

 そこで知ったのは、自分の名前が『ソフィア』だという事と、【錬金術】というスキルを持っている事。そして、私が魔女であるという事だった。


 通りすがりの冒険者に救助してもらい、迷宮都市ネクリアに来たは良いものの、私の事を知る人物は見つからなかった。

 冒険者ギルドで調べてもらっても何も分からず、結局私は何の宛もないまま、この世界で生きていくことになった。


 私がこの世界で生きていくのは、簡単な事じゃなかった。

 お金もなく技能もなく、記憶もないまま放り出された世界。けれど世間は私が魔女というだけで忌み嫌い、味方どころか見知らぬ敵だらけの状態。時には石を投げられる事もあった。


 幸いだったのは、おおよそ一般常識と呼べる記憶は残っていたのと、【神の塔バベル】の恩恵で、会話による意思疎通には問題が無かったことだろう。


 私に与えられた選択肢は、体を売る仕事に就くか、命を懸ける冒険者になるか。


 私は後者を選んだ。

 何もない私に唯一残されていた衝動。それは『自分が何者なのか』を知りたいという欲望だった。

 なぜ迷宮の中で一人倒れていたのか……この迷宮都市ネクリアに居れば、いつかは答えに辿り着けると思っていた。


 もちろん、当時の私には戦闘技術どころか、魔術の知識すらない。必死に冒険者パーティーを探して頼み込んで、何とか雑用係として入れてもらった。

 迷宮で生き抜く知恵と技術、魔術の知識はこの時身に着けた。


 けれど同時に、重大な事実が発覚した。

 私の身体には、不死身とも言える程の強力な再生能力がそなわっていた。


 冒険者としてそれなりに自信をつけてきた頃、不慮の事故で私は致命傷を負った。

 頭部を含め、身体の三分の一以上を失う程の重傷。けれど私の身体は、数分程度で何事もなかったかのように元通りに修復してしまった。

 後でわかったことだが、私の身体は受けた傷に比例した速度で、傷を自然修復してしまうようだった。

 幸いと言うべきか、人の眼は無かったので誰にも気づかれずに済んだが、それ以来私は傷を負う事を恐れるようになってしまった。


 素人目に見ても、あの状態から回復する程の再生能力は、常軌を逸していた。あんな真似が出来るのは回復系スキルを極めた者か、伝説の薬と言われる『エリクサー』くらいだろう。


 そんな不死ともいえるような再生能力が誰かに知られたら、トラブルの種になる事は容易に想像できた。それくらいには、私は人の悪意を学んできたつもりだった。


 冒険者としての生活に限界を感じた私は、代わりに錬金術の知識を学び始めた。

 幸いというべきか、私には錬金術の才覚があったらしい。次々と新たな薬品や技術を開発して、自分で言うのもアレだが、迷宮都市でもそこそこ名の知れた錬金術師になった。

 冒険者生活から遠ざかり錬金術に没頭した結果、いつしか自分の工房を持つまでになった。


 生活基盤も安定し、生まれ持った【錬金術】スキルも腕を磨き続けた。

 けれど、私が一番欲しているはずの、自分の正体については何も進展していなかった。

 工房の名前に自分の名前を入れたり、魔女っぽい服装をして人々の注目を集めたり、工房を訪れたお客さんに自分について何か知っていることは無いか尋ねてみたり。

 思いつく方法は可能な限り実践したけれど、どれも大した成果は上げられなかった。


 そんなどこか満たされない日々を過ごしていた時、ある少女が工房を訪れた。

 彼女の名前はシア。『エリクサー』という伝説のポーションについて調べているようで、魔女であり錬金術師でもある私の下を訪れたらしい。


 残念ながら、あまり彼女の力になってあげることは出来なかったけれど、人間とは違う、魔女である私に一切物怖じしない態度に、個人的な興味が湧いた。

 身の上話や世間話をしている内に意気投合し、いつしか私の初めての親友になっていた。


 その後もシアと交流を続けながら、私が目覚めてから五年は経った頃。

 迷宮内で冒険者が次々と石化させられるという、未曽有の事件が起きた。

 その被害者には、私の知り合いも含まれていた。

 よくお店に薬を買いに来てくれる人や、冒険者時代にお世話になった人も居た。

 ……私に錬金術を教えてくれた人も、その中に居た。

 彼らを石化の呪縛から解き放てるのは、私達錬金術師のはずだった。本来ならば。

 ……どうしても、石化解除薬を作るための素材が足りなかった。

 元々供給の少ない精霊核は、事件を機に急激に高騰。

 一人で採取しに行くだけの実力もなく、精霊核を取りに行った高ランク冒険者までもが、石化被害に遭う始末。

 鑑定屋として、様々な情報を仕入れているシアにも相談したけれど、具体的な解決策は出なかった。


 だんだん犠牲者が増えていく様を、黙って見ているしかない無力感。

 そんな絶望的な状況に陥っていた時……シテン。貴方に出会ったのよ。



「――――」


 ソフィアの身の上話が終わった。

 彼女は、自分が何者なのかを知るためにこの迷宮都市に居るのか。


「……まあ、私の話はこんなところ。突然こんな話をされて戸惑ったかもしれないけど、私の正体について何か知っていないか、念のため聞いておきたかったの。打算ありきでごめんなさいね」


「いや、気にする必要はないよ。自分の起源を知りたいと思うのは、すごく自然なことだと思うし。残念ながら僕では力になれそうにないけど……」


 ソフィアの話を聞いてみても、やはり彼女の正体に思い当たる節は無かった。

 彼女の再生能力は、どうやら彼女自身も理由を知らないらしい。


 けれど彼女の能力は他人に知られれば、悪用される恐れも十分考えられた。

 貴重なスキルを持った人が捕らわれて、違法な人体実験を行われたという事例もある。警戒に越したことは無いだろう。


 ……裏を返せば、それを僕に打ち明けてくれたという事は、ソフィアは僕の事をかなり信頼してくれている様だった。

 なんだか、想像以上に僕の事を評価してくれているらしい。


「じゃあ、今度は僕の番かな。あんまり面白い話は出来ないから、期待はしないでね?」



 ……そうして僕の身の上話をしている内に、迷宮の出口のそばまでやって来ていた。

 幸いな事に、その後は何事もなく、僕たちは地上に無事帰還することが出来た。




 工房に帰ってきたソフィアは、早速石化解除薬の製造に取り掛かるつもりのようだ。


「今日はありがとう、シテン。これは精霊核五十個分の買取代金。金貨五十枚よ」


 そう言ってソフィアは僕の目の前に、金貨が大量に入った革袋を置いた。

 ……買取価格は事前に相談して決めた額とはいえ、一日で金貨五十枚も稼げるなんて、正直実感が湧いてこなかった。

 これだけあれば数か月は生活費に困ることは無いだろう。一日の稼ぎとしては破格すぎる。これを毎日続けたらどうなってしまうんだ……?


「……ほんとにこの金額で良かったの? こっちもそれなりに蓄えはあるし、もっと高く買い取ることも出来るわよ?」


「大した危険もなく、一日でこの稼ぎなら十分だよ。レッサーヴァンパイアの素材の分もあるしね。安く買い取った分、薬の代金を下げてなるべく多くの人に出回るようにしてほしい」


「ん、分かった。そういう事なら早速製造に取り掛かるわ。明日は薬の販売に専念したいから、私は迷宮探索には同行出来ないけど……」


「僕も明日は休むつもりだよ。でもソフィアが居るのと居ないのとじゃ、素材の持ち帰れる量が格段に違うからね。また予定が合えば同行してほしいな」


「もちろん。なるべく早く薬を用意したいから、こっちからも是非お願いするわ。……次からは、荷物持ちとして人を雇った方が良いかしら?」


「ソフィアが同行出来ない日は、それもありだね。それか次元拡張機能の付いた、マジッグバッグを買うっていうのも良いかな……」


 そんな感じで、ソフィアと今後の話をしていると、しばらくしてシアが工房にやって来た。


「こんばんは、シテンさん、ソフィアさん。探索は無事に終わりましたか? こちらも準備は終わりました」


「ええ、想定以上の結果よ。私は助けられてばかりだったけど、シテンは予想よりも遥かに冒険者として優秀だった。シア、あなたのお兄さんは、きっと将来凄い冒険者になるわよ?」


「か、買い被りだよソフィア……」


 流石にシアの前でそんな事を言われると恥ずかしくなってきた。


「あら、私は本心で言ってるわよ? 貴方みたいな逸材がEランクのまま留まっているなんて、未だに信じられないくらい。冒険者として、もっと上を目指すべきよ」


 ……冒険者として生きる道か。

 今までは無理やり冒険者をやらされたり、臨時の金策として仕方なく冒険者をしていたけれど……本格的に、考えてみても良いかもしれないな。

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