第18話 vs吸血鬼


 ――やがて、先ほどのレッサーヴァンパイアが影の中から姿を現した。

 見たところダメージは見受けられない。やはり先ほどのスクロールでは傷を与えられなかったようだ。


「それじゃあ、作戦通りに」


「……わかったわ。シテン、どうか気を付けて!」


 ソフィアは僕の背後に下がり、僕は彼女を守るように魔物の前に立つ。僕が前衛で、ソフィアが後衛だ。

 ソフィアの腰には灯魔石トーチストーンがぶら下げてある。奴は影を渡って移動できるが、光で影を途絶えさせれば、直接ソフィアの下に移動することは出来ない。奇襲を受ける心配はしなくて良いだろう。これで前衛としての役割に集中できる。


……ソフィアは僕を信じてくれた。後は僕が、彼女の期待に応えるだけ。


「【遠隔解体カットアウト】!」


 先手を打ったのは僕だった。短剣を振るい、レッサーヴァンパイアに向けて不可視の斬撃が放たれる。


 だが本能的に察知したのだろう、見えない筈の攻撃を飛びのいて躱した。

 流石はBランクモンスター。一筋縄ではいかないようだ。


「――ギシャッ!」


 次に動いたのは向こうだった。魔術の詠唱のような、殺意のこもった叫び声を上げると、氷魔法による遠距離攻撃を仕掛けてきた。


 突如宙に現れた、氷で出来た沢山の杭。それが僕目掛けて飛来するが――


「『炎よ、燃えよ』!!」


 背後のソフィアが唱えた炎魔術が氷魔法を溶かしつくす。

 奴の【魔力吸収】のスキルは、奴自身の肉体にのみ有効だ。放たれた氷魔法は、問題なくソフィアの魔術で対応できる。


「行って、シテン!」


「ああ!」


 ソフィアの炎を目くらましに、僕はレッサーヴァンパイアへ急接近する。

 彼女の役割は、氷魔法への対処と、僕が奴に近づくためのアシストだ。

 奴を倒すためには、【解体】スキルを命中させる必要がある。適当な攻撃では、また霧化して避けられるかもしれない。

 出来るだけ接近して、確実に当てる機会を窺うのだ。


「グゥラッ」


 接近する僕に気付いたレッサーヴァンパイアは、空中に飛んで距離を取ろうとする。どうやら僕の事を警戒しているらしい。


「逃がすかっ! 【遠隔解体】!」


 右手を振るい、再び放たれる斬撃。レッサーヴァンパイアは空中で身を捻って回避したが……



「ギャッ!?」



 二発目の斬撃・・・・・・が、奴の片翼に命中し、切断した。

 僕の左手には、予備の解体用ナイフが握られている。両腕を振るい、遠隔解体を二発同時に放ったのだ。


 翼を失い制御を失ったレッサーヴァンパイアの身体が、黒い塵になっていく。

 霧化して、傷を癒すつもりなのだろう。

 だが、そうはいかない。


「――グェァ!?」


 身体を霧化させていたレッサーヴァンパイアが、異変に気付いた。

 斬り落とされて地面に落ちた片翼が、霧化せずそのままになっているのだ。

 翼の断面からも、傷が修復し始める様子はない。


「【解体】スキルで受けた傷は、再生することが出来ない」


 言葉を理解する知能は残っていないだろうが、僕は敢えて宣言した。


 解体スキルには、『解体した対象の形状、性質を維持する』という特性がある。

 僕が解体した魔物の死体が時間が経っても消滅しないのも、この特性によるものだ。解体スキルを使ってバラバラにした死体が、『バラバラになった形状』のまま維持される。

 それの応用で、再生能力を持つ魔物に解体スキルを使うと、『切断された形状』で維持され、霧化や自己再生を阻害することが出来るのだ。

 僕がスキルを解除しない限り、奴の翼は二度と再生しない。


 維持であって固定ではないので、絶対不変という訳にはいかないが、レッサーヴァンパイア相手には十分な効果だったようだ。

 霧化している間、奴はこちらに攻撃することが出来ない。だから実体化する瞬間を狙って少しずつ体を削ぎ落としてやれば、最後には只の肉片と化すだろう。


 霧化に失敗し、翼を失い墜落するレッサーヴァンパイア。

 だが戦意はまだ消えていない様だった。血走った眼でこちらを睨みつけてくる。

 これは、完全に僕を標的に捉えたな。解体スキルの危険性を体感して、僕を真っ先に仕留める事にしたらしい。


「ヴォギャ!」


 僕から距離を取るように後退しながら、氷の杭を連続で射出してくる。

 両手の武器で攻撃を捌くが、数が多すぎて対処しきれない。


「ソフィア、頼む!」


「『炎よ、燃えよ』!」


 二節詠唱により強化された炎の波が、氷の杭を飲み込み蒸発させる。

先ほどと同じように、僕は炎を目くらましにしてレッサーヴァンパイアとの距離を詰める。


 だが、流石に奴も同じ手段を警戒していた。


「シェアァッ!」


 背後から迫る気配に気づいたのだろう。

 レッサーヴァンパイアは不意を突くように急接近し、その鋭い爪で背後からの襲撃者を返り討ちにしようとした。



「……!?」



 だが残念、それは僕ではない。

 レッサーヴァンパイアが切り裂いたのは、僕と同じ背丈をした岩人形だった。

 ソフィアの【錬金術】スキルで生成したゴーレムだ。戦闘のさながら、隙を見てゴーレムを動かし、奴の気を惹く瞬間を狙っていたのだ。


 まんまと引っかかった奴は、逆方向から近づく僕にようやく気付いたのだろう。

 今度は影の中に沈んで隠れようとするが……


「『燃えよ』」


 最速で放たれたソフィアの炎が、僕とレッサーヴァンパイアの周囲を明るく照らす。


「ギッ……!?」


「ナイスアシスト」


 光が影を塗りつぶし、奴は最後の逃げ場を失った。

 実体化した奴の身体に剣を突き刺し、宣言する。



「【解体】」



 それが、決着の合図だった。


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