第17話 作戦会議


「着いたっ!」


 幸い途中で魔物に遭遇する事もなく、遂に安全地帯セーフゾーンに辿り着いた。

 背負っていたソフィアを地面に寝かせ、光源となる灯魔石トーチストーンを使い部屋内を明るくする。


「ソフィア! まだ意識はある!? 今から薬を飲ませるから、起きてたら口を――」


「……ありがとう、シテン。でももう大丈夫よ」


 回復ポーションの蓋を開けようとした時、横に寝かしたソフィアが上体を起こした。


「まだ無理しちゃダメだ、出血も多いし、早く薬を、」


「薬を使う必要はないわ。もう傷は・・・・塞がってるもの・・・・・・・


「えっ!?」


 驚く僕の前で、ソフィアは自身の背中を僕に見せつけた。


 ――レッサーヴァンパイアに切り裂かれたはずの傷は、跡形もなく消え去っていた。


「な、なんで……」


 確かに僕は、彼女が背中を切り裂かれた光景を見た。

 切り裂かれた衣服と、付着した血痕がその事実を裏付けている。

 だが傷だけが存在しない。まるでヴァンパイアみたく、傷口が再生してしまったかの様に。

 魔女特有の能力だろうか? そんな話は聞いたことが無いけれど……


「これは一体どういう……」


こういう体質なの・・・・・・。私は傷を受けても、すぐに治ってしまう。……ごめんなさい、これ以上は、今は言えないの」


 彼女はどこか気まずそうに口をつぐんだ。あまり深く追及されたくない事情があるらしい。


 改めて、彼女の容態を観察する。目の焦点も定まっていて、受け答えもハッキリしている。顔色も良いし、本当に問題はなさそうだ。


「分かった、深くは聞かないよ。とにかく無事で良かった。早速だけど、状況は把握してる?」


「……恩に着るわ。倒れている間も意識は薄っすら残ってたから、おおよその状況は分かるわ。どうしてレッサーヴァンパイアなんて強力な魔物が、こんな層に居るのよ……」


 ソフィアは悔しそうに唇を噛んだ。……無理もない。

 ミノタウロスといい、狂精霊といい、レッサーヴァンパイアといい、最近の迷宮は明らかにおかしい。

 迷宮の魔物は基本的に決まったテリトリーから離れようとしない。縄張り争い等、外的要因による例外はあるが、それにしてもこの頻度は異常だ。


「とにかく、迷宮を脱出することを最優先に考えよう。狂精霊の核はまた集めればいい。少し休んだらここを――」


ここを出よう、と言いかけた口が固まった。

先ほども感じた、身も凍るような寒気が僕の身体に襲い掛かってきたからだ。

ソフィアも同じく感じた様だった。ぶるりと身を震わせて、回復したはずの顔色が蒼白に染まっていく。


「……もう追ってきたのか。まさか安全地帯にまで踏み込んでくるなんて」


「まさか、私の血の匂いを追ってきたの……?」


 念のため灯魔石を置いておいて正解だった。部屋の中は光で満たされている。先ほどの様に、影の中から奇襲を受ける心配はないだろう。


「シテン、ここは私が食い止める。貴方は隙を見て、何とかここから脱出して」


 突如、ソフィアがそんな提案をしてきた。


「貴方をこんな事故に巻き込んでしまったのも、元はと言えば私のせいだわ。ここまで足を引っ張ってばかりだったし、せめて足止めくらいはやらせてほしい。……私なら大丈夫。人一倍傷の治りは早いから、なんとか隙を見て脱出するわ」


 ソフィアは悲壮な覚悟を決めた表情で、僕を安心させるかのように笑みを浮かべてみせた。



 僕の返事など決まりきっている。



「その提案は受け入れられない。ソフィア、協力してあの魔物を倒そう。二人で一緒に地上に帰るんだ」


 ソフィアは既に、僕にとって切り捨てられない存在になっていた。

 シアの友人で、僕の取引パートナー。最初はそれだけの関係だったけど、迷宮の中で一緒に戦ったり、会話をしたりする内に、すっかり彼女に情が湧いているのを自覚していた。


 何より、仲間を切り捨てて自分だけ助かるなんて、そんな真似は絶対に出来ない。

それは僕を切り捨てて自分たちの名誉を守った勇者達と、同じ真似をすることになる。


「っ……無理よ! 相手はBランクのモンスター! 二人だけで倒せる相手じゃない! いくらあなたが強くたって――」


「――大丈夫、勝機はあるよ」


 取り乱すソフィアを落ち着かせるように、穏やかな声で言葉を被せる。

 嘘は言っていない。僕の【解体】スキルならば、奴を倒す方法はある。


「協力してほしい。ソフィアの力があれば、きっとあの魔物も倒せる。僕を信じてほしい」


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