第16話 奇襲

 このまま何事もなく探索が終わりそうだ。


 ――そう考えた直後。ゾッとするような寒気が、僕の身を刺し貫いた。


「――ッ! ソフィア、離れて!!」


「えっ――」




 咄嗟に僕は叫んだが、間に合わなかった。



 頭上・・から現れたその魔物は、無防備なソフィアの背中を、鋭い爪で切り裂いた。


「しまったっ、ソフィア!」


 クソッ、直前まで気配が無かったから気づけなかった! まさか影の中から出てきたのか!?


 奇襲を受け、力なく地面に倒れ伏した彼女に、魔物はトドメを刺そうとしている。


「させるかっ!」


 咄嗟に解体用のナイフを投擲。同時にこちらに意識を向けさせるため、魔物のステータスを確認する。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

【レッサーヴァンパイア】 レベル:30

性別:オス 種族:魔物、魔族、不死者(レッサーヴァンパイア)


【スキル】

〇魔力吸収……触れた対象の魔力を吸収し、自身の力に変える。魔法などの魔力を用いた攻撃も吸収できる。

〇氷魔法……氷属性の魔法に高い適性を持つ。知識がなくとも、思考だけで氷魔法を自在に扱える。


【備考】

〇狂乱状態

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




「レッサーヴァンパイア……! 下級とはいえ、吸血鬼なんてこんな場所に居ていい魔物じゃないぞ!?」


 背中から蝙蝠のような翼を生やし、口内に長い牙を隠し持つ人型の魔物。レッサーヴァンパイア。

 不死者アンデッドと呼ばれる魔物の一種だ。ステータスには書いていないが、種族としての特性で、飛行能力と再生能力を持つ。

 本来ならレッサーヴァンパイアは、迷宮の31階層以降に生息している魔物だ。

なぜこんな所に居るのか、なぜ狂乱状態に陥っているのか。残念ながら、ゆっくりと考えている時間はない。


「ギシャッ」


 ナイフの投擲を容易く回避したレッサーヴァンパイアは、理性の欠片も感じさせない声を上げて、こちらを注視していた。

 どうやら意識を惹きつける事には成功したらしい。


 ……まずはソフィアの回復が最優先だ。そのためにはこいつを遠ざけて、なんとか回復の隙を作らなければ。


ソフィアとレッサーヴァンパイアの間に立ち、彼女への視線を遮断する。


「ソフィアごめん、そこで待ってて」


 目の前の敵から視線を放さず、ソフィアに声を掛ける。

 返事はないが、背後から僅かに身じろぎする気配を感じた。どうやら意識はあるようだ。


 短剣を鞘から引き抜く。

 同時、僕の攻撃の意思を察知したのだろう。翼を利用した高速飛行で、僕の首筋目掛けて一直線に飛んできた。

 思ったより速い。接触に合わせてカウンターするのは危険だな。


 爪の攻撃を、短剣を盾にして受け止める。

 まるで固い金属同士がぶつかり合ったような、耳障りな音が響く。

 それに紛れ込ませるように、僕はスキルの発動を宣言した。


「【解体】」


 解体スキルの力が波及していく。僕の手から、短剣を通じて、レッサーヴァンパイアの爪先へ。


 レッサーヴァンパイアの身体にまで届いた・・・事を確認してから、その体をバラバラに切り刻むイメージを思い浮かべる。


 そして、僕の望むままの形にレッサーヴァンパイアが解体される――その瞬間。



 ブワッ!



と音を立てて、レッサーヴァンパイアの身体が霧状に変化した・・・・・・・


「ぐっ!? ……くそっ、『霧化』の能力か!」


 これもヴァンパイアという種族が持つ能力の一つだ。体を霧状に変化させ、物理攻撃を無効化してしまうのだ。



 拡散する黒い霧から、慌てて距離を取る。スキルの発動は隠したつもりだったけど、口の動きで気づかれてしまったのか。これでは解体スキルが通じない。



「けど、対策が無いわけじゃない」



 僕は腰に付けたポーチから、一枚の羊皮紙を取り出した。

 魔術スクロールと呼ばれている。魔道具の一つで、中に魔術が封じ込められている。持ち主が魔力を注ぎ込めば、一度きりだが封じられた魔術を発動できるという代物だ。


 

このスクロールに封じられた魔術は、『大爆炎』。



「喰らえっ!」


 ドバン! と大きな音を立てて、黒い霧を塗りつぶすかのように、スクロールから爆風が放たれた。

 ……狂精霊との遭遇というトラブルを経験した僕は、もし今後予想外の事態が起きた時に対応できるよう、念のためこれを買っておいたのだ。

 こうも早く出番が来るとは思わなかったが、用意しておいて正解だった。


 霧状になったレッサーヴァンパイアの姿があっという間に見えなくなる。

 僕も爆風の衝撃で後ろに転がったが、幸い魔術の巻き添えを食うこともなく、擦り傷程度で済んだ。


 よし、狙い通り。今がチャンスだ!


 僕は地面に転がっていたソフィアを背負うと、一目散にその場から逃げ出した。


 僕がスクロールを使ったのはレッサーヴァンパイアを倒すためではない。

 霧状になった奴を、爆風で遠くに吹き飛ばして、その間に距離を取ることが目的だったのだ。


 さっきステータスを見た時、あいつは魔力吸収のスキルを持っていた。

 魔力を使った攻撃を全て無効化する、かなり厄介なスキルだ。恐らくスクロールの魔術も無効化されているだろう。

 霧化の能力と合わせれば、物理、魔術、両方の攻撃を無効化出来てしまう、極めて厄介な組み合わせだ。


 それにソフィアを回復する時間も必要だった。あのまま戦闘を続けていれば、いずれソフィアが限界を迎えるか、攻撃の巻き添えを食らっていたかもしれない。


「ソフィア、頑張れ! あとちょっとで回復できるから!」


 第3階層の迷路のように複雑な洞窟を迷うことなく走っていく、なるべくソフィアに負担を掛けないように。

 迷宮に潜る前、この辺りの地形は全て記憶してきた。このまま進めば、魔物が居ない安全地帯セーフゾーンがあるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る