第14話 勇者、シテンを勧誘した理由を思い出す(勇者視点)

 元々シテンは、パーティーの不満のはけ口として貶めるためにイカロスが勧誘してきたのだ。

 その理由は、彼が持つユニークスキルの存在だった。


 勇者イカロスを、勇者たらしめる最大の点は、女神から授けられたユニークスキル【勇者】の存在だ。

 このスキルがあるからこそ、イカロスは世界、及び聖教会から正式に勇者として認められ、迷宮『魔王の墳墓』に眠る魔王討伐を任せられたのだ。


 イカロスにとって、このユニークスキルは自らのアイデンティティであり、拠り所でもあった。自分は女神から選ばれた特別な人間なのだと、本気で考えており、ユニークスキルを持たない他の人間を、内心で見下していた。


 だが迷宮都市ネクリアにやって来てしばらくした頃、他にもユニークスキルを持つ人間が居るという噂を耳にした。


 勇者以外にも、ユニークスキルが幾つか存在するのはイカロスも知っていた。だがどれも知識の中だけの存在で、実際に他のユニークスキルを持った人間と出会ったことが無かった。


 興味をそそられたイカロスは、早速ユニークスキルを持つ者の下へ向かった。


 だがそこでイカロスを待ち受けていたのは、ボロボロの孤児院で過ごす薄汚い孤児が、ユニークスキル【解体】を所有しているという事実だった。


(なぜだ、なぜこんな薄汚い子供が、俺と同じユニークスキルを持っている?)


 呑気に孤児の子供達と遊ぶその少年、シテンの姿を見て、イカロスはこれまで感じたことのないようなドス黒い感情が湧き上がっていた。


(俺は女神に選ばれた特別な存在だぞ。なぜミナシゴ風情が、俺と同じステージに立っている?)


 ……当時の彼は気づいていなかったが、それは嫉妬と呼ばれる感情であった。

 女神に選ばれた存在であるはずの自分が、世間からは目の前の少年と同格に扱われてしまうという事実。

 それが我慢ならなかった。


(そうだ、こいつを俺のパーティーに入れよう。お前に格の違いを分からせてやる。俺とお前は決して同格の存在ではないということを、世間の有象無象共に分からせてやる)


 イカロスが考えたのは、シテンを勇者パーティーに引き入れて、雑用係としてこき使うというものだった。

 それだけでなく、彼を精神的、肉体的にも追い詰めて、生意気にもユニークスキルを得てしまった事を、つまりは生まれてきた事を後悔させてやろうと考えたのだ。


 イカロスは勇者としての権力で圧力をかけ、ほとんど無理やりにシテンをパーティーに引き入れた。

 イカロスを含め、勇者パーティーのメンバーは元々選民思想の強い者ばかり揃っていたので、孤児であるシテンを迎え入れる事に不満の声を挙げた。だがイカロスが無理やりシテンをパーティーにねじ込んだ結果、不満のはけ口としてシテンが虐げられるようになった。

 勇者であるイカロスには、同じパーティーであっても表立って逆らうことは出来なかったからだ。


 そしてシテンの存在は、勇者パーティーの名を広める事にも貢献した。

 世にも珍しいユニークスキルを持つ人間が、同じパーティーに二人も所属しているのだ。

 迷宮都市の長い歴史を辿っても、同じようなパーティーは未だかつて存在しなかった。

 その片割れが、おとぎ話にも出てくる勇者のスキルとなれば、話題になるのは当然とも言えた。


 世界の中心とも称される迷宮都市ネクリアで、注目を集めたイカロス、及び暁の翼のメンバーは、まるでこの世界の主役になったかのような錯覚を得ていた。

 迷宮に潜れば百戦百勝、貴重な素材やマジックアイテムを数えきれない程入手して、歴代最速でAランク冒険者にまで上り詰めた。


 冒険者として最高の名誉であるSランク冒険者として認められるのも、もはや時間の問題だと考えていた。もはやイカロス達の快進撃を阻む障害はないと思っていたのだ。

 先日の戦いで、敗北を喫するまでは。



(予想外のトラブルはあったが、まだ大丈夫だ。世間のバカ共はシテンが悪者だと考えているに違いない。ここからいつも通り迷宮攻略を成功させれば、十分巻き返せる。むしろ邪魔者が居なくなった分、プラスと考えるべきだ)


 過去に思いを馳せていたイカロスは、自分の行いを正当化すると、再び仲間たちとシテンの愚痴話を始めた。

 酒盛りを始める前にイカロスは、冒険者ギルドにシテンの脱退届と、なぜ勇者パーティーが敗北を喫したのかを、シテンを悪者に仕立て上げて噂をばら撒いておいたのだ。


(噂好きの有象無象の冒険者共の事だ、今頃はシテンの悪評をせっせと広めている頃だろう……。追放されたからといって、それで終わりじゃないぞ。徹底的にお前を追い詰めて、生まれてきた事を後悔させてやる)



「ニャハハ……あれ? お酒がなくなっちゃったにゃ。まだ残ってたかニャ?」


「んん~? ちょっと、もうお酒残ってないじゃない。わたしはまだ飲み足りないわよ!」


「お酒とかの食料を用意してたのも、確かシテンの仕事だったニャ。つまりお酒が無いのもシテンのせいニャ! アイツは本当に最後まで、アタシ達の邪魔をしてくるニャ。……ウニャー! 思い出したらお酒飲みたくなったニャ! 追加のお酒買ってくるニャ!」


 そう言って、ふらつく足で追加のお酒を買いに行こうとするチタ。

 しかし途中で何かに気付いたのか、立ち止まってしまった。


「しまったニャ~、アタシのお小遣いはもうとっくに使い切ってたニャ! すっかり忘れてたニャ」


「白々しいわよチタ。アンタいつもそうやって他人の金を使わせようとするじゃない。……まぁ今日はパーティーでの飲み会だし、拠点の金庫からお金出しちゃいなさいよ。イカロスもそれでいいでしょ?」


「ん? ああ、構わないぞ」


 イカロスは適当に許可を出したが、実のところ、拠点の金庫にどれくらい金が置いてあるのか把握していなかった。

 雑用などは栄えある勇者が行う仕事ではないと考えていたイカロスは、そういった資金管理もまとめてシテンに任せていたからだ。


 一方でチタはリーダーであるイカロスの承諾も得たところで、チタは早速拠点に置いてある、パーティー共有の金庫を開けることにした。


「ニャニャニャ~♪ やっぱり金庫や宝箱を開けるときは気分がアガるニャ♪ え~と、暗証番号は……アレ? イカロス、金庫の暗証番号って何だったかニャ?」


「は? 知らねーよ。全部シテンがやってたからな。……ホントあいつ居なくなっても俺たちを苛つかせてくるな。オラ、どいてろ」


 金庫が開けられないと悟ったイカロスは、聖剣ダーインスレイヴを手に取ると、それを振るいあっさりと金庫を切り裂いてしまった。


「ほら、これで取り出せるだろ、さっさと酒買ってこい」


「ニャハハー! お宝御開帳ニャー!」



 金庫の中のお宝に喜声をあげるチタを尻目に、イカロスは酒の代わりにつまみを食べ始め、のんびりと椅子に座ってくつろぎ始めた。



 ……ちょっとしたトラブルはあったが、この時はまだ、誰も危機感を抱いてはいなかった。


 シテンが居なくなった今、もう二度と敗北することは無い。自分たち暁の翼はさらなる栄光を手にするのだと、本気で考えていた。


「……ニャン?」


 金庫の中身を漁っていたチタが、首を傾げた。

 中に入っていたのは書類ばかりで、金や値段の付きそうな物はほとんど入っていなかったのだ。


「……これだけ? 金庫の中に、これっぽっちしか入ってないニャ? アタシらのお金はどこいったニャ?」



 イカロス達は、今後の自分たちの成功を信じて疑っていなかった。

 この時は、まだ。

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