第11話 錬金術師は魔女でした

 ソフィアと精霊核の取引が成立した翌日、僕は再び彼女の店を訪れた。

 シアとは今日は別行動だ。ちょっとした用事があるらしい。日が暮れてからソフィアの店に向かうとのことだ。


「待ってたわシテン。薬は無事に完成したわよ!」


 出迎えてくれたソフィアは、満足げに成果を報告してくれた。彼女の手には、容器に入った軟膏剤がある。あれが『石化解除薬』なのだろう。


「良かった……ひとまず第一関門はクリアだね。薬が出来ないんじゃ、どうしようもなかったから」


「成分的にも既存の解除薬とほぼ同じよ。安全性も確認済み。後は数を揃えて大量生産すれば、たくさんの人を助けられるわ!」


 ソフィアは本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。そんな彼女の気分に水を差したくはなかったが、それでも聞いておきたいことがある。僕は仕方なく口を開いた。


「参考までに聞いておきたいんだけど、精霊核一個でどれくらい作れるの?」


「うーん……見ての通り、患部に塗布して使う薬だから、例えば全身石化までいくと、多量の解除薬が必要になるの。体格にもよるけど、全身石化を解除するのにおおよそ精霊核を一個使い切るくらいの計算ね」


 特に気分を害した様子もなく、ソフィアは質問に答えてくれた。


「貴重な精霊核を丸ごと使っても、ようやく一人分だなんて……本当に貴重な薬なんだね」


「ええ、でもこれ以上悩む必要はなくなるわ。貴方の力があれば、簡単に精霊核を手に入れられるんだから。さあ、早速迷宮に向かいましょう!」


「うん、こっちも準備はしてきたよ。行こう」


 そう言って彼女は、『本日臨時休業』と書かれた看板を玄関に立てに行った。


 ……実は昨日の打ち合わせの時、ソフィアが僕の迷宮探索についていくと申し出ていたのだ。本来僕が素材を採取して、それを彼女に納品すれば済むだけなので、彼女がついてくる必要はないのだが……


『初回だし、私もついていくわよ。相手は腐ってもボスモンスターなんだから万が一という事もあるし、二人で戦った方が効率的よ。それに実際にユニークスキルが発動する所を見ておきたいの。何より私は錬金術で運搬用ゴーレムを作成できるから、同行した方がたくさんの精霊核を持ち帰れるのよ』


 昨日ソフィアはそう言って、僕と臨時パーティーを組んで迷宮探索に向かうことになったのだ。


 勇者以外とパーティーを組むなんて久しぶりで心配だったが、効率的にはこれが最善だ。やるだけやってみようか。


 そして店の外に出た僕らは、既に探索用の装備一式に着替えていた。

 僕はソフィアの店に来る前に、魔法耐性を持った革鎧一式と回復薬、その他備品を揃えてきている。

 昨日の打ち合わせの時に、必要経費という形でソフィアが資金を提供してくれたのだ。結構な金額だったので正直驚いた。


 そして彼女はというと、背丈ほどもある樫の木の杖、それに大きな黒い三角帽を被っていた。


「……いかにも『魔女』って格好だね」


「ふふっ、私はこの格好、結構気に入ってるのよ?」


 昨日、打ち合わせの際にソフィアが暴露したのだが、彼女は実は人間ではなく、魔女だった。


 魔女。男性の場合は魔人。姿形は人間に似ているが、別種の生物として扱われている。魔法、魔術への適性が高く、人間よりも長命という特徴がある。

 悪魔の血を取り込んだ人間の子孫が魔女だと言われているが、実際のところはよく分かっていない。その由来故聖職者からは忌み嫌われているが、僕は別に敬虔な信者ではないので、魔女に差別意識などは持っていない。

 そして三角帽といえば、おとぎ話に出てくる魔女が被っていることで有名だ。本物の魔女であるソフィアが、わざわざ目立つ三角帽を被っていることが少し不思議だった。


「私は大体いつもこの格好よ。その方が私が魔女だって分かりやすいでしょう? でも装備としての性能は本物だから、そこは安心してね」


「なるほど、頼りにさせてもらうね」


 気を取りなおして、二人で迷宮都市の中心にある、【魔王の墳墓】の入口へ向かう。

 ソフィアは冒険者の資格も持っているようで、門番に登録証を見せると、何の問題もなく通過していた。

 どうやら彼女は現在、Cランクの冒険者らしい。ならばDランクの魔物である狂精霊に苦戦はしないだろう。ちなみに僕は下から二番目のEランクだ。


 門番からの簡単な検査を終え、転移門を潜る。一瞬の明滅のあと、視界いっぱいに第1階層の景色が広がっていた。

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