第10話 ソフィアの願い
「……どうして、そこまで石化解除薬に拘るんですか?」
ソフィアさんの申し出は、悪い提案ではないはずだ。
用途の分からなかった狂精霊の核に価値を見出し、大量に買い取ると言ってくれた。
だが、彼女がそこまで拘る理由が分からない。それが気になった。
頭を上げたソフィアさんは、先ほどとは打って変わって、静かに語り出した。
「……最近、迷宮内部で、石化の被害者が急増しているの。原因は不明。僅かな生存者は、謎の魔物に襲われたって証言してるらしいけど、情報が少なすぎて調査が進んでいないそうよ」
その話なら知っている。本来石化を使ってくる魔物が居ない層で、なぜか石化してしまった冒険者が多数発見されているのだ。
石化は呪いの一種で、数あるステータス異常の中でも、致死率が高いことで有名だ。体が石のようになり動かせず、砕ければ二度と復元できない。
魔物の目の前で身動きが取れなくなってしまったら、殆どの場合生きては帰れないだろう。それに迷宮内で石像になってしまえば、地上に移動させるのも容易ではない。大抵の場合は置き去りになる。
石化を解除するには、解除薬を使うか、高位の神官に解呪してもらうしかない。どちらもかなりの費用がかかる。
「被害者が急増した結果、石化解除薬の需要も急増したの。だけどこの薬は量産できるような代物じゃない。さっきも言ったけれど、材料にどうしても精霊核が必要になる。――精霊核がどれくらい貴重なアイテムかは分かる?」
「ええ、まあ」
精霊核は、最低でもBランク以上の、精霊系のボスモンスターからのみ入手できる素材だ。しかもドロップ確率がかなり低い、レアドロップアイテムなのだ。
一般的にベテランと呼ばれ始めるBランクの冒険者、それが束になって挑むのがBランクのボスモンスターだ。ましてやレアドロップとなると、何度も同じボスを倒す必要があるだろう。決して容易に手に入れられるアイテムではない。
「石化解除薬が高価なのは、それが一番の理由。同時に最大の障害でもあったの。
私はこの問題を解決する方法が無いか、研究を始めた。他の素材で代用出来ないか、薬の精製量を増やせないか、同じ効能の薬を新たに作れないか……シアの力も借りたけれど、明確な解決法を見つけることは出来なかった」
ようやく話が繋がってきた。
彼女は石化解除薬の供給不足を解消する方法を、ずっと探していたのだ。
そして僕の解体スキルが、この問題を解決してくれると考えたのだ。
魔物の死体は時間経過で消滅してしまうので、解体を行うためには、魔物を倒した現場に僕が居合わせる必要がある。つまり僕が居なければ、狂精霊の核は入手できない。
だから彼女は僕に、狂精霊を解体してほしいと依頼しているのだ。
「……この店の馴染み客の中にも、被害に遭った人も何人か居るわ。解除薬を買う金が足りなくて、仲間の命を諦めた冒険者も見てきた。私はこれ以上、何もせずに黙って見ていられないの!」
そう叫ぶ彼女の顔には、悲壮な決意が浮かんで見えた気がした。
僕には彼女がウソを言っているようには見えなかった。
「金儲けなんて考えてるわけじゃないわ。私はただ、人の命を救える薬を、もっと簡単に入手出来るようにしたいだけ。たとえ一時しのぎに過ぎないとしても、石化事件が収まるまでで構わない。貴方の力を貸してほしいの。……報酬は、薬を売って得た利益の八割。それとは別に、素材の買取代と、迷宮に潜る分の費用もこっちで負担する。……これで、どうかしら」
「…………」
ソフィアさんの話が、終わった。
シアは、黙って事の成り行きを見守っている。
後は、僕が選ぶだけだ。
とはいえ、もう僕の答えは決まっていた。
「……一つ、条件を訂正させてください。薬を売って得た利益の取り分は、八割も要りません。それだとソフィアさんの利益が、労力に対して少なすぎますから。その分、より多くの人に薬が行き届くようにしてあげてください」
「……そ、それってつまり」
「この取引、是非引き受けさせてください。僕なんかの力でお役に立てるなら、喜んで力を貸しますよ」
彼女の人を救いたいという決意は本物に見えた。その一助になれるなら、僕のユニークスキルの力を使う事もやぶさかではない。
とはいえ、シアの頼みでもあるし、お金が至急必要という理由もあるんだけれど。彼女と違い、どうしても俗っぽい理由が混じってしまうのは許してほしい。
「あ、ありがとう……!! 良かった、正直他に打つ手が無かったから、断られたらどうしようかと……! 本当にありがとう、シテン!」
ソフィアは僕の両手を握って、力強く握手をしてくれた。
感極まったのか、ちょっと涙目になっている。そこまで感動されると気恥ずかしいな……まだ何もしてないのに。
「いや、まだこれからですよ、ソフィアさん……いや、ソフィア」
「そ、そうね! まだこれからよね! ……まずは本当に狂精霊の核で石化解除薬が作れるか、念のために確かめなくちゃ。副作用でも発覚したら大問題だし」
「……シテンさん、私からもお礼を言わせてください。ソフィアさんは、ずっと石化で命を落とす人たちを救えないか、研究を続けていたんです。シテンさんなら、ソフィアさんの力になってくれるかもと思って、ここに来てもらったんです。……ソフィアさんの頼みを引き受けてくださって、ありがとうございます」
「私こそ、シアにお礼を言わないと。貴方に協力を頼んで正解だったわ。ありがとう、シア」
「困ったときはお互い様ですよ、ソフィアさん。どうかお気になさらず」
お礼を言うソフィアに対して、柔らかく微笑むシア。
二人の間にはやはり親し気な雰囲気が流れている。彼女たちはどうやって友達になったんだろうか? シアの成長を見守って来た兄貴分として、少し気になった。
そんな事を考えていたせいなのか、ソフィアが奇しくも同じような質問をシアに問いかけた。
「……ところで、二人は一体どういう関係なの? そういえばシアが前に、大好きなお兄さんが居るって言ってたけど、もしかして」
「あーっ!? い、今はその話はやめてください!」
何故か顔を真っ赤にして慌てて止めに入るシア。仲のいい友達が出来て、楽しそうで何よりだ。
「シアは僕と同じ孤児院の育ちで、可愛い妹みたいなものです」
「そ、そうですね……」
「――ははー、なるほど。完璧に理解したわ。そういうコトね。大丈夫、私はいつでもシアの味方だから。助けが必要な時はいつでも言ってね?」
「もう、ソフィアさんっ! からかってるんですか!」
……この後も色々と三人で話をしたが、ひとまずソフィアは、狂精霊の核を使って今から薬を作ることになったので、今日のところは解散となった。
明日になれば薬が完成するらしいので、翌日また来てほしいという事だった。
作った薬に問題が無ければ、そのまま迷宮に潜るそうだ。
ちなみに薬が一日で作れるものなのか聞いてみたが、ソフィアは【錬金術】スキルを持っているそうで、製造時間を大幅に短縮することが出来るらしい。すごい。
明日の予定について軽い打ち合わせをした後、僕とシアは店を後にするのだった。
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