第9話 錬金術師ソフィア
「着きました、ここです」
あの後僕はシアに連れられて、とある建物を訪れていた。
それは人通りの少ない道に面した、古めかしい木造の家だった。玄関には看板が置いてある。……『ソフィアの錬金工房』?
「ごめんなさいシテンさん、いきなり連れ出してしまって」
「大丈夫だよ、シアの頼みならお安い御用だ」
あんな縋るような表情で頼み込まれたら、そりゃ頷くしかない。
何でも確かめたい事があるという事だったが……?
「お邪魔します。ソフィアさん、いらっしゃいますか?」
シアはその家の扉を開けて中に入ると、そう言って辺りに視線をやった。
看板に書いてあった通り、ここは錬金術で作った道具を売っているお店のようだ。錬金工房特有の薬品の匂いと、木材の香りが店中に漂っている。
その店内の奥から、人が向かってくる気配がした。足音からして一人、女性だろうか?
「――シア? いらっしゃい。こんな夕暮れに来るなんて珍しいわね?」
「はい、どうしてもソフィアさんに見てもらいたいものがあって。今は大丈夫ですか?」
予想通り、現れた人物は一人の少女だった。
長い金色の髪と紫の瞳、豊満な胸元に、無駄な肉付きがほとんどない、抜群のプロポーション。その顔立ちは、少女と女性の中間と言うべきだろうか。まだ愛らしさを残していて、しかしそれすら彼女を引き立てる魅力の一つとして共存していた。
いや、要するに凄い美少女だ。シアもかなりの美少女だが、彼女も負けず劣らずだ。予想は当たったのにびっくりしてしまった。
ソフィアと呼ばれたこの女性が、この店の主であり、今回の用件に関わっているのは間違いないだろう。
「お客さんも居ないし、全然大丈夫よ。……そっちの人は?」
「あ、シテンといいます。初めまして」
「初めまして、『ソフィアの錬金工房』店主のソフィアです。冒険者向けに錬金術で作った道具や薬品を販売しています。どうぞよろしく」
お互いに軽く挨拶をして、シアが本題に入った。
「ソフィアさんに見てもらいたいものがあるんです。シテンさん、もう一度さっきの素材を出してくれますか?」
僕がリュックから狂精霊の核を取り出すと、ソフィアさんは怪訝な表情をした。
「これは……何かの素材? 初めて見るけれど……」
「『狂精霊の核』という素材です。シテンさんが迷宮で手に入れた素材です――ソフィアさん、これを使って、『石化解除薬』を作ることは可能ですか?」
「ッ!? 貸して!!」
シアの言葉を聞いたソフィアさんは途端に目の色を変えて、僕の返事を待たずに精霊核を奪い去った。
手の上で転がしたり、様々な角度から観察したり、魔力を流したりと好き放題に弄っている。
「確かに……構造は精霊核と殆ど同じ。これなら薬の材料として代用できるかもしれない……!」
そう言ってソフィアさんはいきなり僕の目の前に詰め寄ってきた。
うわ近い! かなり興奮しているようだ。どこか甘い花のような香りがした。
「ねぇ! 貴方が手に入れたの!? どこで!? こんな素材初めて見た! 私に買い取らせてくれない!?」
「あの、ちょっと話の流れが見えないんですが……」
「ちょ、ちょっとソフィアさん落ち着いてください!」
急展開に困惑していると、シアが間に割り込んでソフィアを抑えてくれた。
「ご、ごめん、つい興奮しすぎて……でも本当にどうやって手に入れたの? 迷宮で手に入る精霊核はあらかた調べつくしたけれど、未開拓階層での産物?」
「順を追って説明しますね、シテンさんにも事情を説明するので、聞いていてほしいです」
「あ、うん。お願い」
ようやくシアが状況を説明してくれるようだ。
◆
「そちらのソフィアさんは、石化解除薬という薬の材料を探していたんです。その材料こそが、精霊系モンスターから入手できる『精霊核』系列のアイテムでした」
石化解除薬……名前の通り、石化状態を解除できる唯一の薬品、だったか。
しかしその材料が精霊核だとは知らなかった。
「精霊核はとても貴重な素材で、それを原料とする石化解除薬はかなり高額です。
ソフィアさんは何とか材料費を抑えて薬を作れないか、代わりになる素材を探していました」
ソフィアさんが頷いた。
「そこでシテンさんが持ってきた、狂精霊の精霊核です。私が鑑定した結果、既存の精霊核と非常に似た構造をしていることが分かりました。ただ私は錬金術の専門家ではないので、石化解除薬の材料に出来るか、その場では断言できませんでした。なので、専門家であるソフィアさんの意見を聞きたかったのです」
なるほど、その確認のために、持ち主である僕と一緒にこの店に来たという訳か。
一人納得していると、シアがこちらをうがかうような視線を向けてきた。
「シテンさん、ソフィアさんは私の友人で、信頼できる人です。シテンさんのスキルと、手に入れた経緯について話しても良いでしょうか?」
「うん、構わないよ」
先ほどから窺える二人の雰囲気を見るに、やはりこの二人は親しい間柄のようだった。
シアの友達というなら、少なくとも僕の情報を悪用するような人ではないだろう。
特に拒絶する必要はない。
「この精霊核は、シテンさんが迷宮の第1階層で手に入れた物です」
「えっ、第1階層!? ……あ、ごめん、続けて」
コホン、と恥ずかし気に咳をしてソフィアさんが続きを促す。
「……ボスモンスター『狂精霊』。本来第3階層に居るはずの魔物がなぜ1階に上がってきたのかは分かりませんが、とにかくシテンさんはこれを倒しました。その時シテンさんの持つユニークスキル、【解体】の力を使って、ドロップリストには存在しない、未知の素材としてこの精霊核を入手したのです」
「…………」
話を聞いたソフィアさんは、驚きの表情のまま固まってしまっていた。
そうだよね、ドロップリストに無いアイテムなんです、なんていきなり言われても信じられないよね。
「……ユ、ユニークスキル? 本物? その。ステータスを見ても……?」
「いいですよ」
やがて復活したソフィアさんがステータスの確認を求めてきた。
承諾すると、ソフィアさんが僕を凝視し始める。しばらくすると、胸の奥をくすぐられるような、なんともむず痒い感覚がした。ステータスを見られているのだ。
彼女の視界には、こんな感じに僕のステータスが映っているだろう。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【シテン】 レベル:15
性別:オス 種族:人間
【スキル】
〇解体……ユニークスキル。対象を望むままの形に解体することが出来る。
【備考】
なし
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「驚いた……本物だわ。ユニークスキル持ちなんて初めて見た」
「はは、よく言われます」
世界中から人の集まる迷宮都市とはいえ、ユニークスキルはかなり希少だ。僕も実物を見たことがあるのは、勇者イカロスくらいだ。
「でも確かに、ユニークスキルなら、世界の法則を捻じ曲げて、未知の素材を生み出すなんて芸当も出来るのかも……道理で私が知らないはずだわ」
あれ? なんかあっさり信じてくれた?
ちょっと僕の方が人を疑り深くなっていたようだ。
「そ、それよりも! さっき狂精霊から手に入れたって言ったわよね! 確かDランクの魔物だったはず! なら、たくさん討伐すればその分精霊核が大量に入手出来るってことじゃないの!?」
「ま、まあ理論上はそうなりますね……」
Dランクとはいえボスモンスターをたくさん討伐するって、かなり無茶苦茶言ってるような……
けど、今になって考えてみると、恐らく次に戦う時には、今回ほど苦戦しないだろう。
さっき手こずったのは、予期しない場所で遭遇して取り乱してしまったのと、僕が碌な装備を付けずに迷宮に入ったのが主な原因だ。
攻撃パターンと精霊核の位置は把握したし、ちゃんと魔法耐性のある装備を用意すれば、今度はもっと効率的に倒せる自信がある。
……あれ? なんか現実的な手段に見えてきたぞ?
そんな事を考えていると、ソフィアさんはなんと、いきなり僕に向かって深々と頭を下げたのだ。
「ちょ、ちょっとソフィアさん!?」
「ッ! お願い! 私に力を貸してほしいの! 石化解除薬を大量に作るために、狂精霊の核を揃えるのに協力してほしい! 貴方の力が必要なの!」
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