第8話 『鑑定ちゃん』

「災難だったね、シア。怪我とかない?」


「だ、大丈夫です、ありがとうございました」


 そう言うとシアはペコリと礼をした。綺麗な白金色の髪が、重力に従ってさらさらと流れて、夕暮れの路地裏で映えて見えた。


「でも、どうしてシテンさんがここに? しかも傷だらけじゃないですか!」


「いや、ちょっと迷宮でね……傷の手当はしたし、大した怪我じゃないよ。今日来たのは、ええっと……」


「……もしかして、さっきの人が言ってた噂のことですか?」


 彼女は件の噂を既に知っている様だった。商いをしているだけあって、流石に耳ざとい。


「うん、もしかしたら同じ孤児院出身の人にも迷惑が掛かるかもって、考えて来たんだけど……ごめん、ちょっと遅かった」


「シテンさんのせいじゃありません! さっきは私がシテンさんの名前を出しちゃったから……それに、シテンさんはいつだって私のことを助けてくれます! さっきの時も、初めて出会った時だってそうでした!」



 ……そう言われて、僕はシアと初めて出会った日のことを思い出す。


 数年前、ちょうど僕が【暁の翼】に加入したばかりの頃だ。たまたま一人で出歩いていると、人さらいの現場に出くわしてしまった。

 その時さらわれそうになっていたのが、目の前のシアだった。

 そこでひと悶着あって、なんとか彼女を助け出した後、身寄りがないと聞いたので僕の育った孤児院に連れていったのだ。

 それ以来、彼女は孤児院の家族の一員となった。特に僕には懐いてくれたのか、孤児院に顔を出す度にべったりとくっついてくる程だった。


 シアが孤児院を卒業したあとも、今度はお姉さんとして子供たちの世話を焼いてくれている。

 僕にとってシアは、いわば可愛い妹分のようなものだ。


 そして今では自身の持つ【鑑定】スキルを活かして、鑑定屋という店を営んでいる。

 年齢にそぐわぬ確かな実力と、可愛らしい見た目から、『鑑定ちゃん』というあだ名がつき、冒険者の間で密かに話題になっているのだとか。

 今では僕も客の一人として、何度かお世話になっている。


「言われてみれば、初めて出会った時と似たシチュエーションかも。懐かしいね」


「……初めて出会った時からずっと、私はシテンさんの事を見てきました。噂話のような非道なことをする人じゃないって、私は知ってます!」


 そ、そこまで言われると照れ臭いな……

 どうやらシアは、僕の噂話を信じてはいないらしい。


「……ちなみに、流れてる噂ってどんなの?」


 噂の中の僕がどれだけ非道なのか気になったので、興味本位で聞いてみた。


「えと、私が聞いたのは……シテンさんが勇者たちを妨害したせいで敗走した、勇者を事故に見せかけて亡き者にしようとしていた、勇者達の財産目当てだった、パーティーの金を横領していた、勇者を妬むあまり悪魔と契約を交わして罠に嵌めた、勇者に毒を盛った……」


「バラエティ豊かすぎる! すごい極悪人じゃん!」


 思わずツッコんでしまった。尾びれが付きすぎていてどこまで勇者が広めた噂かは分からないが、いずれも僕を貶めるような悪意を感じとれる。こんな噂が広まってるなら、そりゃ周囲の目線が冷たいわけだ。


「噂は噂です。明確な犯罪の証拠が出なければ、たとえ冒険者ギルドでもシテンさんを罪に問うことは出来ないはずです。あまり気にする必要はないと思います」


 シアは冷静に現状を判断していた。

 確かに、今のところギルドの憲兵が僕を探し回っている様子はない。向こうも勇者の流布した噂を鵜呑みにはしていないのだろう。


「……そうだね。どのみち広まった噂を止められる訳でもないし、気にしてもしょうがないか。でもシアには、真実を知っておいてほしいんだ。どうして僕が追放されたのか」



 僕は追放に至った経緯をかいつまんで話すと、シアは怒りをあらわにした。


「なんですかそれ、勇者の自業自得じゃないですか! 自分の判断ミスで敗走したのに、その責任をシテンさんになすりつけるなんて!」


「お、落ち着いてシア。俺はもう気にしてないから」


「シテンさんはもっと怒っていいと思います! 前々から勇者のよくない噂は耳にしていましたが、ここまで酷いとは思いませんでした!」


 ぷんぷんと頬を膨らませて怒るシア。ちょっと可愛い。

 しかし僕の話を素直に信じてくれた上に、僕の代わりにここまで怒ってくれるとは。真っすぐに慕ってくれる妹分の存在に思わず胸が熱くなる。


「先生にはもう話はしたから、本当に大丈夫だよ。でも一応シアも、しばらくは身の回りに気を付けてほしい。勇者達や噂を聞いた人達が、僕と同じ孤児院出身の人にちょっかいを掛けてくるかもしれないから」


「……分かりました。シテンさんも何かあったら、私に相談してくださいね? 私も少しくらいは、力になれるはずですから。……ところで、私に会いに来てくれたのは、この話をするためですか?」


「それもあるんだけど、実はシアに鑑定してもらいたいものがあって」


 そう言って、僕は元通りに引っ付いた・・・・・・・・・狂精霊の核を取り出した。

 昏い輝きを秘めた、まるで鉱石のような琥珀色の球体だ。それを見た彼女は驚いたような表情を見せた。


「初めて見るアイテムです……これは、シテンさんが?」


「うん、狂精霊の核。これを売ろうと思ってるんだけど、ギルドじゃ良い値が付かなくて。直接買い取ってくれる所を探そうと思うんだけど、その前にどれくらいの価値があるか確認しておきたいんだ」


「それで私のところに……分かりました。【鑑定】」


 シアがスキル名を呟くと、アイスブルーの両目が淡い光を灯した。

 彼女の鑑定スキルは、素材の名前や品質。アーティファクトならば、その効果や使い方まで確認することが出来る。迷宮で手に入れた未知のアイテムやアーティファクトには、用途すら分からない物もあるので、それを調べるのが鑑定屋の仕事だ。


 これでこの素材の価値が分かれば、買い取り相手を見つけやすくなるだろう、そう思っていたのだけれど、シアの反応は予想外のものだった。


「…………シテンさん。これは解体スキルで手に入れたものですか?」


「う、うん。ちょっとした裏技があって、解体スキルのお陰で手に入れたんだ。多分僕以外には入手出来ないと思う」


 僕はこの素材を入手した経緯と、裏技の原理を簡単に説明した。特に隠していることではないが、彼女には今まで説明する機会が無かったからだ。

 最後まで黙って説明を聞いていたシアは、まじまじと狂精霊の核を見つめたあと、意を決したかのように僕にこう切り出した。


「シテンさん、この後お時間よろしいですか? 一緒に来てもらいたいところがあるんです」


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